ご免侍 五章 狸の恩返し(七話/二十五話)
あらすじ
ご免侍の一馬は、琴音を助ける。大烏城に連れてゆく約束をする。琴音を狙う四天王の一人は倒したが……
七
「船大工なんぞ殺してどうするつもりだ……」
平助は岡っ引きとしての勘働きをする。事件事故を毎日あつかえば、頭の中身も自然と推理するのが当然の事になる。
(手裏剣……侍か)
手裏剣は侍も町人も扱えた。棒手裏剣は町人でも道場に通い習得する事もできた。だから町人が護身術の一つとして覚える事もある。
(船大工を恨んだ奴を探すか)
とにかくまずは一馬を連れてくるように同心から言われている。一馬の屋敷について、玄関から声をかけると水野琴音が姿を見せて丁寧に正座して、お辞儀する。
「平助さん……でしたね、今日は何の御用でしょうか」
「一馬様を、番屋に連れてくるように言われまして」
平助もつられて頭をペコペコと下げる。琴音は、瓜実顔というよりは卵に近いかもしれない。透き通るような若い肌は、平助ですら虜するほど輝いて見える。
(こんな良い女と暮らしていれば……惚れるのも当然か)
平助が頭を横にぶるぶるとふると、琴音は上品に鈴を鳴らすように笑って見せる。これがまた嫌みもなく純粋な笑いで、聞いているだけで平助も幸せを感じた。
「お急ぎでなければ、夕飯もどうですか」
「え、よろしいんで」
夕飯なんぞ半時(一時間)もかからない。腹が減ってしかたがない、食べながら話をすればいい。
草履を脱いで、案内する琴音の後ろについていく。もっとも、二十年も出入りしているので間取りは自分の家のように知っている。
「平助か、どうした」
「はい、伊藤様から伝言がありまして」
板敷きの台所に座ると、昔と違って人が多い。熊のような大男が座っている、やたらと目つきが悪い若い芸者が座っている。一馬の祖父の一龍斎が座っている。そして一馬と琴音だ。
(こんなに、にぎやかな屋敷だったかな……)
箱膳が置かれると平助はたまらず箸を手に取る。
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