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SS 呪いを綯う(なう)娘1 窓辺の少女

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碇浜かなえは、昔から虐待をされていた。古く暗い家はいつも陰鬱で居心地
が悪い。振り子時計がコチコチと鳴っている。かなえはその音を聞くと安心
する。一定のリズムで刻まれる音は、苦痛が永遠で無い事を教えてくれる。
時間がくれば何もかも終わる、そんな予感を常に感じた。
正座する彼女は糸を綯って(なって)いる、細い細い糸を結びながら、組紐
を作る。その組紐は奉納される予定だ。
「かなえ!」
どなり声が聞こえた、彼女はビクッと体を震わせると立ち上がる。
「なんですか」
無感情にぶっきらぼうに答えると義母はかなえをにらむ
「愛想もない、顔も醜い、気持ちの悪い子だよ」
呪詛を吐くようにかなえを痛めつける、馴れている筈なのに心が痛い。
「まだ全然足りないよ」組紐の納入数が足りないのだろうか、かなりの量を
作った筈なのにと思うが
「あと何本くらい必要ですか」
「今日中に10本追加だよ」
作るのに夜半までかかるだろう、食事を抜いての時間だ。
かなえは黙ってうなずくと、作業場に戻る。正座をして集中をして組紐を作
り続けた。
彼女の実母は他界をしている。よくある産後の体調不良だ。母の顔は知らな
いし写真を見ても実感が無い。父は仕事に忙しい、家には戻らない。
新しくきた母親は父との間で子供は出来なかった、父との接点が少ないのか
彼女は始終いらいらしている。妻としての役目らしい役目もなく名義上だけ
の妻という存在に彼女は鬱屈をしていた。
かなえの性格もあるのだろうが、義母との関係は最悪だ。かなえは家の仕事
をする名目で重労働をさせられていた。父も黙認している、かなえが作る組
紐は大事な商売道具でもある、父親は特別な仕事をしていた

『呪い屋』

この世界は奇妙なバランスで成立している、呪いは科学的ではないが、相手
が呪いと認識する事で発動条件が整う。憎まれて嫌われて疎まれて遠ざけら
れると、人間として扱われないと宣言をされるのと同じだ。
組紐は奉納という形で呪詛を組まれる。組紐を使う事で人間関係を破壊する
ための道具として使える。

どんどんと足音が聞こえると義母がそばに居る、かなえを憎しみよりもひど
い目で見る、上限の無い憎しみは殺意と同じだ。
「お前が居るだけで、お前が家に住んでるだけで、お前が・・」
義母は裁ちばさみを握るとかなえの右手をつかむ。幼いかなえの指を切り落
とす。憎いが殺せない、殺せないが傷をつけたい、不条理な感情はかなえの
体に傷をつける事で満足する。痛みとあふれる血を見ながらかなえは呪詛を
発動させた、父親の血のせいか?元からの才能なのか?組紐に血をつけると
義母に向かって投げつける。

組紐は義母の首に巻き付くときりきりと締め上げながら、天井に伸びる。
天井の梁(はり)に絡みつくとしっかりと結ばれる、義母は天井から首つり
のような状態で足を泳がせる、足はある筈もない台を探す。しばらくすると
足のばたつきもなくなる。体全体が力が抜けるようにぶらんと下がる。
かなえはそれを見届けると手当をするために薬箱を探した。
義母が死んでからもかなえは組紐を作り続けた、近所の住人が気がつく頃に
は義母の体はすっかり腐敗をしていた。
古い村で悪い噂が広がると居られなくなる、彼女は遠縁の家に預けられても
組紐は作り続けた、それが唯一の楽しみのように楽しげに編んでいる。
誰も彼女が何を目的にしているかを知らない。

「おはよー玲子」

いつも元気な舞子は毎日が楽しいのかなと羨ましい。もっとも彼女の家は金
持ちだ、なに不自由も無い生活で不満があるとか逆に腹が立つ。
ちょっといじわるを言いたくなる。
「舞子は、今なんか生活に不満とかある?」
なんか語尾がすべってる、普段は言わない台詞だと気持ちが乗らない、芝居
みたいで言ってて不自然な感じ?
舞子は気がついてないのか「不満?んーんとね、もっと幽霊とか見たい」
この娘はどんだけ幽霊が好きなのだろうか、少しだけノンキで羨ましい、霊
現象をポジテブに解釈できるのは特技かもしれない。
「あとそうね、彼氏?」ウィンクをしながら私を見た。
「男が欲しいのね」直球すぎる表現で自分で半笑いになる。
「玲子ひどーい、笑う事ないでしょ」舞子が怒って見せる、もちろん本気で
はないだろう、「でもね、本当に好きな人が出来たらいいかなぁと」
舞子は夢見るような顔をする。私は舞子ならすぐ出来るように思えた。
「告白できそうな男子は居ないの?」
彼女の容姿と性格ならば大半の男子がOKを出しそうだ。
舞子はちょっと黙ると真剣な表情をする。
「ねぇ従兄妹の・・・武雄君ってどんな感じなの?」
「どんな感じってどんな事を聞きたいの?」
私はいきなり武雄が出てきて驚く。武雄とは長いつきあいだ、彼のことは大
体は判る。
「何聞きたいの?教えられる範囲よ」
舞子は私の顔を不思議そうに見ている。ん?なんか変な事を言ったのかな?
「玲子は、武雄君の事をどう思ってるの?」
なぜか私の話になる。「どうって彼の感想というなら、そうね、まず無愛想
でしょう、除霊が雑というか力業って所もあるわ、前にホテルの鏡を壊した
事もあるし、口数も少ないし、なんか格好つけているし、若い癖に稼いでる
から金は持ってると思うわ」後半は決して羨ましいとかじゃないからね。
「あとそれに乱暴よ、いきなり手をつかむし、抱きつくし本当に扱いが雑な
のよ、私をそこらの荷物みたいに感じてるんじゃないの?確かに私はあいつ
よりは力が無いけど、エリート教育を受けてる武雄と私じゃ差があって当然
でしょ?」舞子に同意を求めた。

舞子は「好きなの?」

え?少し驚く「別に好きとかは無いかな」本音だ。「ただ嫌いでも無いわ、
あんたの所の写真部の部長の敬一だって、私は苦手だけど、死んで欲しいと
かまったく思わない。彼が困ってるなら助けるのは当然よ、それが人として
正しい行為と思ってるからね」後半はなんか道徳みたい言い草だ。
舞子が少し考えている様子で「恋愛対象じゃ無いんだ」とつぶやく。
「当然でしょ?あいつは従兄妹なんだからさ、やっぱり血がつながっている
と、なんて言うか違うのよ」
私は私を誤魔化しているのかな?と少しだけ思う。
好意がまったく無いわけではない、彼は私よりしっかりとした霊能力者だ。
尊敬もしているし、頼りにもなる、そして信頼もしている。彼が間違った
事をしないのは直感で判る。
でも?男性として好き?私は判らない、実感が無いからだ。
私の容姿でも告白してくれる男子は居た、おとなしそうだからという理由も
判る。言いなりになりそうとか、クラスメイトより落ち着いているので安心
感もあるのだろう。でも断った。違うと感じている。同年齢の子が望む女性
を演じられない。私は私でしかないからだ。好意に対して好意で返せない。
不器用で意気地なしで臆病な私を自分で理解をしている、たとえOKを出して
も私は相手と良好な関係は保てないだろう。
それは武雄との関係でも同じだ。
舞子が私の目を見ている、ずっと見ている緊張に耐えられない
「なに?嘘は言ってないけど?」言い訳のようにつぶやく。
朝のチャイムが鳴ると、この話は中途半端で終わる。

先生が入ってくると転校生を紹介した。舞子の時と同じ雰囲気がある。
「碇浜かなえです」
美しい少女は、威圧するかのようにクラス全員に微笑んだ。

続く



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