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じいちゃん、私のことだけは忘れんでよ。

「米淵のじいちゃんが病気になったら、私が一生面倒みるけんね」と、確かに私はそう言った。親戚が大勢いる場で。「ほぉ…」と砂月のおばさんが感心した。でも、少しだけ意地悪に微笑んでいるように見えた。

私は、おじいちゃんが大好きだったし、おじいちゃんだって三人いる同世代の孫の中で私を一番かわいがった。4歳の私から見てもその溺愛ぶりは他の二人対してすこし残酷で、私はじいちゃんの中で一番であること、愛されている自信があった。だから、私はじいちゃんの1番の味方でいるつもりだった。一生。

しわしわでカサカサで厚みがある、角ばった手。男性なのに、綺麗な爪の形をしているその手を、じいちゃんの顔よりもよく覚えている。どこに行くにもべったりとくっついていた。炭鉱で真っ黒になった砂の海や、山の上のお墓までのじゃり道をよく二人で散歩した。大好きだった濃い紫色のすみれを摘んだ。とても穏やかで優しい人だった。

私が幼稚園になった頃、おじいちゃんはたまに声を荒げてばあちゃんに怒るようになった。そして、いろんなことを忘れた。認知症だった。家族からは行動を制限され、お散歩も自由にはできなくなった。

私はおじいちゃんが色々忘れてしまうのはタバコのせいだと思った。散歩中に両手を後ろで組んで歩くおじいちゃんの、右手に握られたタバコの火を、素手で握りつぶして消した。火をすりつぶした右手の人差し指と親指はじんじんした。
じいちゃんはいつの間にか消えたタバコの火をみて、不思議そうに首をかしげていた。

そんな私の努力も虚しく、おじいちゃんは、どんどんと忘れていった。私のことだってちょっと怪しい日があった。私はいつか、完全に忘れられることが怖かった。あんなに穏やかだったじいちゃんが、荒々しく不満そうに声を荒げて何かに抗議することが増えて、怖かった。そして、私はおじいちゃんと積極的に関わるのをやめてしまった。

一生面倒見ると、約束したのに。

じいちゃんとのお散歩コース。春はすみれが毎年同じ場所に咲く。

***

牛深を題材に、何かをつくりたいと編集の先輩(福永さん)に相談した。先輩は「自分のために、書きなさい」と言った。当初は「自分のために」がよくわからず、違和感として私の中に残っていた。ただ、牛深に関する何かを「残したい」という感情はしばらく私を掻き立てた。

ある日偶然、仕事で記憶と認知症を題材にした本を読む機会があった。そこには人間の記憶やヨーロッパでの認知症との向き合い方について紹介されていた。いま周囲に高齢者がいない私にとって、普段の暮らしでは触れることのなかった「認知症」という一番馴染みがあるけれど、どこか遠ざけていた病名。いつもこの病名を聞くと、ほぼ反射的に深く思い出さないように心が構える。でもやっぱり、米淵のじいちゃんのことを思い出した。

このときだけは、はっとした。

自分の「残したい」という欲求の源がわかった気がしたから。

どうして、こんなに強く何かを残したいと思うのか、忘れてしまうのが怖いのか不思議だったけれど。私のどこかに、誰かに忘れられてしまう寂しさがしっかりと焼き付いているからかもしれない。


米渕家は最近、屋根が傾いたのでもう誰も住んでいない。あんたのばさんの家はそろそろ倒れるぞ!と近所のおじさんに言われたことある。笑

私の周りには、私が残したいもので溢れている。今回の味噌天zineに出す自分の作品のことを考えながら、心から思った。

もうすでに忘れていること・思い出せないこともたくさんあるなとも感じた。

もっと自分の大切なもの・景色やできごと、地域を残したい。そしてそれを誰かと共有したい。

その欲求はなんとなく三大欲求に似ていて、強く、疑いようのない力で私の中からわき上がってくる。

そしてそれは、私だけの欲求ではないと確信している。


味噌天ZINEがはじまったよ

もともと別のテーマでつくろうとしていたんだけど、途中で方向転換。今回つくった「めしんしゃー」にはテーマにあわないなと思ったので、掲載しなかったお話を公開してみました。

イベント中に他の作品を手に取りながら、30人みんな、こんなに大変なことをやったんだな〜と思った。中にはとてもパーソナルなものもあって、ニヤッとしてしまった。1回目の頃よりも作家さんのことを知っているから、もっと作品をたのしめました。


写真や文章は何かを記録したり、残したりする機能もあるから。きっとみんなが今感じている、残すべき何かが、この一冊一冊のなかにぎゅっと詰まっているんだよね‥すごい‥。



私はこんな感じのつくりました↓

めしんしゃーは牛深弁(?)で「ごはんのおかず」
母のレシピ(たぶんこれだけじゃ作れない。ごめん。)とわたしのコラムがのってるよ
シールはパール紙でいわしがキラキラするよ。


\味噌天zineは〜4月16日まで|玉名のHIKEへ!!/

土曜日はトークイベントもあるよ〜〜〜〜お見逃しなく。


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