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防災DXで、グロースハックでも、ボランティアでもない官民共創による社会のアップデートを考える。

防災でカネを稼ぐなんてけしからんという人がいるが、金稼ぎで良い。そうでないと持続しない。

NewsPicks Studios「THE UPDATE」2023年8月29日

JX通信社/WiseVine 藤井です。JX通信社では、公共戦略部門で、自社の持つ防災ビッグデータを活用した官民連携の取り組みを広げています。

関東大震災から100年の節目となる今年は、テレビでも多くの関連特番が放送されていますが、弊社代表の米重も、先日NewsPicksさんのインターネット番組に出演し、民間プラットフォームを活用した自助・共助の意識向上についてお話ししました。その番組の中で、(弊社もお世話になっている)東京大学目黒教授が上記の発言をしていたのが、非常に印象的でした。

(動画はNewsPicks会員でなくても、NTTデータさんの協賛で、無料で見られます!)

実にそのとおりだなと思っており、防災に限らず、準公共分野とも呼ばれる「官民が一体となって解決すべき分野」については、ちゃんとビジネスとして成立し、企業が参入したくなる状況を作ることが重要です。そうでないと、「民間に押し付けた結果、すごくサービスレベルが低くなった残念な公共サービス」になるだけです。図書館とかプールとかならまだしも(いや、よくありませんが)、防災のように生命に直結する分野では、それは許されません。私たちJX通信社も、単にテクノロジーだけを作るのではなく、持続可能性のある事業として、いかに産学官民一体となって、平時から仕組みを回していくことができるか、に力をいれています。

グロースハックとボランティア、どちらでもない。

スタートアップではよく「グロースハック」という言葉が使われますが、ソーシャルゲームなど、CPAを強く意識して大漁のユーザーを効率的に獲得することが、ビジネスに直結するBtoCビジネスから広がった言葉だと認識しています。この言葉だけが独り歩きした感もあり、公共営業をベンチャー企業でやっている私のところには、時々「効率的な公共リードの獲得方法を教えてほしい」というご相談をいただくのですが、基本的にそんな魔法は無いと思っています。最近は公共団体側でスタートアップ向けのピッチイベントなど開催されている例も増えてきましたし、各種政策・補助金などのスキームを活用する「手法」はありますが、基本的には愚直に、一つ一つの団体に赴いて、相手の課題を理解し、課題解決に資する事業構造を作り、提案し、それを運用することの繰り返しです。

他方、Z世代を中心に、働くことへのモチベーションが「社会貢献、問題解決」「ミッション・ビジョンへの共感」に変化してきた中で、NPOやボランティア団体、あるいは明らかに収益性に課題のありそうな起業(ディープテック的に、開発に時間がかかる、ということならいいのですが、開発難易度は概ね低く、社会実装や事業化の手法が浅い、というパターン)、といった進路を選ぶ人が増えているように感じます。
「社会貢献や問題解決と事業の成長を紐付ける」という最も高難易度な部分が、社会経験の低い学生にイメージできないことが原因だと思いますが、SDGsいいよね!みたいな社会の風潮の中で、それを良しとするのは、あんまりいいことじゃないように思います。

「グロースハック」「ボランティア(ないし儲からない仕事)」どちらでもなく、ちゃんと儲かって、ちゃんと社会がいい方向に回る。それが大事だと思うのです。

持続可能で成長性のある社会課題解決の例

そんな中、「持続可能で成長性のある」社会課題解決を、「旧来の業界構造を破壊せず、内部から自らアップデートしながら融和して」実践している例として、オーディオストックが挙げられると思います。

ここで突然音楽著作権ビジネスの話を挙げるのは、私が元ラジオマンで、利用楽曲の全曲報告システムという非常に難解なものの開発に関わっていたからです。

少しだけ、前提をご説明します。
オーディオストックは、映像制作などに便利な音楽素材を、アーティストから預かり、サブスク型で提供しているベンチャーです。市販楽曲などの利用はどうしても権利処理の手間が多いので、非常に重宝されて拡大しています。
ところで、放送局はご存知のように、JASRACや日本レコード協会に一括で使用料を支払って、都度権利処理せずとも楽曲が利用可能な仕組みになっています。とはいえ、これだけだと各団体で使用料の分配ができないので、基本的には「使った全曲を使用分数、レコード番号、JASRAC番号と共に報告する」ことが求められています。が、そんな大変なこと、できない!という局もいます。私はこの報告データを作るためのシステムを、ラジオ局で保守したり、新しく立ち上げる放送局向けに作っていました。
その経験がある中で、ある日人づてにオーディオストックの西尾社長にお会いして、「放送局で使ってもらうにはどうしたらいいだろう」と聞かれたので、「むしろどう楽曲報告したらいいのかわからなくて、使うほうが大変じゃないですか」とにべもないことを10年前にお話した記憶があります(取り付く島のない言い方をしてしまったと思い、今は反省しています)。

ここまでの仕組みは、音楽ビジネスに興味のある方はご存知だと思うのですが、実は放送局は、音楽著作権を管理するJARACやNexTone(作曲家、作詞家にお金を分配しています)、原盤権を管理する日本レコード協会(録音をしたレコード会社にお金を分配しています)の他に、著作隣接権を持つ実演家(楽器を演奏したり、歌唱したりした人たち)の団体に対しても、使用料を払っています。それが芸団協CPRAというところです。

今回、オーディオストックは、ちゃんとその著作隣接権についても費用分配を受けるために、レコード会社の団体だったり、実演家団体だったりの既存の仕組みにも加入して、プラットフォームを使っている人たちにしっかり分配をしようとしているわけです。

一方、実は私がああ言っていたにも関わらず、放送局でのオーディオストックの利用は、同社の営業努力もあって大変広がっているのだそうで、実際に分配を受けるためには、「使った人に使ったことを報告してもらう」必要があります。(たまに「著作権料が全然入ってこない」とアーティストがぼやいているのは、報告漏れが原因の可能性があります。ライブハウスでも紙に書いてJASRACに送ったりするのですが、ソロライブならともかく、DJ MIXとかだとどうしても漏れちゃいますよね)
そこを、オーディオストックさんはフィンガープリント技術で自動報告するソリューションを放送局に同時に売り込んで、「楽曲報告の大変さ」というペインとセットで解決することで、解決したみたいなんですね。くわしくは上記のnoteを読んでいただくといいと思うのですが、この仕組み、私も技術としては知っていましたが、どうしても「開けてはいけない全曲報告のパンドラの箱を開ける」だけで、放送局にとって解決するメリットがあまりない仕事なので、「オーディオストックの楽曲を使いたいなら、これとセットで」というのは、とても画期的な提案だったと思います。

課題を「ソリューション」ではなく「プラットフォーム」で解決する

つまり、何が言いたいかというと、オーディオストックの課題解決には次の3つの特徴があります。

  1. 既存の業界団体は駄目だ!と文句を言ったり対立するのではなく、既存団体が抱えている構造上の課題を自らソリューションを持ち込みつつ、その普及まで自ら努力してアップデートしていくアプローチをとった

  2. その努力は単にボランティアではなく、自社や自社ユーザの利益につながる、金儲けそのものだった

  3. しかも、単にソリューションを売って利益を出すのではなく、自社のプラットフォームの利用が継続的に拡大する仕組みづくりをしたことで、長期的な持続可能性のある事業になった

実は冒頭の東大目黒先生も、番組の中でこんな事を言っています。

「ソリューション」だけ提示しても、そのソリューションの関係者しか興味を持たず、広がらない。最近は「プラットフォーム」を作ることで、広げていくことにした。

ソリューション、というと、どうしても「作ったらおしまい」で、せいぜいそのソリューションの利用料がビジネスになるだけです。他方、プラットフォームとして広げていけば、様々な関係者やソリューションがそこに接続され、自然と取り組みが社会に実装されていく、ということです。

特に、現代においてプラットフォームとして成長させていくために重要なのは、「相互接続可能なデータを整備すること」です。オーディオストックの場合は、「楽曲利用報告データ」と「権利処理のためのメタデータが整備された楽曲データ」を紐付けるところに、プラットフォーマーとしての収益の源泉があり、「楽曲利用報告データ」を作る、という”利用者側に”人件費のかかる負担部分を極限まで低下させようとしたところがポイントです。

防災分野でも、整理されたデータにすることの事業性が乏しいために、プラットフォームとして広がっていないものが山のようにあります。意外なところで言えば、全国の避難所の場所データは、自治体ごとに異なる形式で整理されていて、全国一律のデータベースは、ファーストメディアさんが自力で整備したものを販売している他には、一切オープンなデータベースがありません。(Yahoo!防災アプリであなたが見ているそれは、ファーストメディアさんが手作業でデータを繋いで作ったものです!)
そんなデータ、国がお金を出して作ればいいのに、と思われる向きもあるかもしれませんが、他にも整備すべきデータは山のようにあり、内閣府が、「日本版EEI」として提言をまとめ、今年リプレイスされる内閣府防災情報システムを皮切りに、相互接続を進めようとしています。一応、取り組みはしているのだけれども、あまりに課題が膨大なのです。

しかも、こういったデータは一度整備すればいいものではなく、持続的にメンテナンスが必要なものです。特に発災時には、データをいかに迅速に流通させるかがキモです。そこに事業性をもたらし、官民、そして住民自身も参加して、リアルタイムに課題解決していく持続可能な仕組みを作るべきである、ということを、「AI防災協議会」や「防災DX官民共創協議会」を通じて、当社では提言しつつ、自社の「FASTALERT」や「NewsDigest」を通じて、実践しています。

これからの生成AI時代には、日本語LLMだけでなく、「構造化されたデータ」のプラットフォームが超重要

先日、Wolfram|Alphaの開発者であるスティーブン・ウルフラムが書いたChatGPTの解説本を読んだのですが、同書はその半分が、「ChatGPTは平気で嘘をつくけど、Wolfram|Alphaには構造化された計算知識があるから、それを使えばいいんだよ!」という説明に費やされていました。

生成AIの隆盛に伴って、大規模言語モデルにもっとたくさん日本語を食べさせないと、日本語のAIだけ世界のレベルから置いていかれてしまう、という懸念があちこちで言われていますが、同時に生成AIを実用的に使うために必要なのが、「最新のファクトを集めた構造化データ」です。それがないと生成AIは知らないことや最新のことを適当に喋ってしまうわけです。

それらのデータは、政府や行政機関が出すオープンデータや、Wikipediaのような集合知からも得られると思いますが、官民どちらにも属さない領域では、プラットフォームとして提供する民間企業の創意工夫が光るのだと思います。実際、すでにインターネット旅行手配会社やグルメ情報会社は、せっせとChatGPTにAPIを提供しています。旅行や食事の手配をChatGPTに頼んだら、構造化された旅館やレストランのデータを探して、そのデータを基に予約してくれれば、自社のプラットフォームの収益になるからですね。そういう、ちゃんと経済の回る形で最新の正しいデータを整備するべき分野が、旅行やグルメだけでなく、あらゆる領域に広がっていくのではないかと思うのです。

というわけで、長くなりましたが、

  • ちゃんと金儲けしながら社会をアップデートしていく事が重要

  • 構造化されたデータは、人にも、GPTにもやさしい

  • 既存の業界の仕組みを叩くのではなく、内側から自ら汗をかいてアップデートしていきたい

という3点が、今日書きたかったことでした。


告知:ぼうさいこくたい2023でセッションをやります
我が国最大の防災イベント「ぼうさいこくたい」が今年は横浜国立大学で開催されます。JX通信社では、浜松市における産学官民連携での防災DXの取り組みについて、セッションを企画しています。参加無料です!ぜひご来場ください。


自分の仕事(地方自治、防災、AI)について知ってほしい思いで書いているので全部無料にしているのですが、まれに投げ銭してくださる方がいて、支払い下限に達しないのが悲しいので、よかったらコーヒー代おごってください。