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談義② 発注者は建築の諸要件をどう決めるか。 ー要件整理プロセスの悩みと違和感ー


1.設計者、発注者になる。


 某設計事務所に勤め、2年がたったある日、私は某企業の施設管理部へ出向となった。

 保有する施設を維持管理し、新築事業や建替、改修の諸条件を取りまとめ、設計者へ依頼する”発注者”と言う立場である。タイトル通り、突如として意匠設計者だった私は発注者となった。

 同じ建築に携わる業務なので余り変わらないのではないか?と思うかもしれないが、実態は大きく異なりギャップがかなりあった。基本的に発注者とは、①基本構想や基本計画といった建物を設計する前段階の要件整理と②完成した建物の維持管理を行う。それに対し設計者とは、発注者の作成した要件にしたがって基本設計や実施設計を行う。建築のフェーズ(図1)でみたとき、発注者は企画と運営、設計者は設計を(ゼネコン等は施工も)行うため、役割が大きく異なる。ゆえに発注者では、ほとんどCADは使わず、手を動かすと言うよりかはどちらかと言うと口を動かし、一日のスケジュールのほとんどが会議であった。設計では作図や検討が主だが、発注者はあらゆることのマネジメント能力(人と人、意見と意見、部署と部署、コスト、期間、対話によって複雑な物事のバランスをとること)が重要なスキルだと感じた。

図1

 私は2年間しか設計業務に携っていなかったからか、このギャップに案外順応し、発注側としての考え方や大事なことを純粋に学ぶことができ非常に良い経験ができたと実感している。一方で、意匠設計としての教育を人並みに受け、設計実務に携わっていたからこそ、建築の根幹ともなすべき建築の諸条件を決める企画段階のアイデアプロセスについては少し思うところもあった。

 前回の談義に続き、ここでは建築の諸条件を定める企画段階にフォーカスし発注者での実体験を踏まえながら、そのアイデアを構築するプロセスの実態について語ってみようと思う。



2.発注者になって分かったアイデアを狭めてしまうプロセスについて。


 発注者が建築諸条件を定める際、様々なしがらみによってどうしてもアイデアの可能性が絞られてしまうことを私は経験から感じた。そこで第二章では、具体的に発注者としてどんな業務をしたか実体験を交えながら、その経験を通じて見えてきた企画段階における貴重なアイデアを狭めてしまうプロセスについて話してみようと思う。


2-1.企画=発注者、設計=設計者という構造がもたらすアイデアの淘汰。


 大半の建築プロジェクトでは、先述の図1で見たときの企画と設計において、それぞれ携わるものが発注者、設計者と分離しており、私も発注者として建築諸条件を整理し、設計者へバトンタッチ(意図伝達および設計依頼)を行なっていた。私の携わっていたプロジェクトでは様々な部署、多種多様なユーザーがいたため、それらの膨大な意見や思いを諸条件として形にし、設計者へ伝えられるようにまとめなくてはならなかった。

 そこで思い出したのがプレ・デザインの思想*1という書籍だった。私が建築計画のかっこよさに魅了され、大学時代に強く影響を受けた一冊である。まさにここで語られているのが、企画段階での機能の再定義であり、ダイアグラムやコンセプトといったデザイン的な思想を企画段階に持ち込むことの重要性である。私自身発注者になった際、いかにユーザーから出てくる意見やアイデアを整理して、設計者にわかりやすい形で、かつ魅力的なコンセプトやダイアグラムにして表現できるか当時奮闘していた。

*1 小野田 泰明「プレ・デザインの思想 建築計画実践の11箇条」TOTO出版, 2013/9/20

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 突然であるが暗黙知と形式知という概念がある。知識創造企業*2という書籍によると形式知とは「文章・図表・数式など」の「言語化された客観的な知識」と述べられている。一方、暗黙知とは「表現しがたい、暗黙的なもの」であり「個人の行動経験、理想、価値観、情念に深く根ざして」おり「メンタル・モデル、思い、知覚など」と定義されている。この書籍では、極めて重要な暗黙知が経営資源からは無視されてきたことを述べ、形式知と暗黙知の相互作用が企業のイノベーションに不可欠だと論じている。

*2 野中 郁次郎, 竹内 弘高「知識創造企業」東洋経済新報社, 1996/3/1

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 先述の私が発注者として行っていたことも、暗黙知と形式知で表現するとどうだろうか。ユーザーとのコミュニケーションを通じて生まれたアイデアやイメージといった暗黙知を、私なりの考えや言語化できる範囲のダイアグラムやコンセプトという形式知にして設計者に伝えていたと言えないだろうか(図2)。企画=発注者、設計=設計者という明確な分離構造のため、どうしても発注者は建築諸条件として言語化して設計者へ意図伝達しなくてはならず、暗黙知→形式知となってアイデアの情報量がそぎ落とされた形となってしまうと言える。

図2

 このように考えて、プレ・デザインの思想を改めて捉え直してみると、書籍内ではせんだいメディアテークの事例が記されているが、発注者/設計者という分離構造ではなく、小野田氏が行政、設計者の中間的な立場に立ち、つなぎ合わせコミュニケーションしたからこそ、イノベーティブなコンセプト、建築が誕生したと理解することができる。

 発注者がコスト、期間、対立する意見等様々なことをマネジメントしながら建築諸条件として、まとめ上げるのはとても大事な役割であるが、イノベーション、”一歩先”に進めるためには、その分離構造を打破することが必要ではないだろうか。


2-2.建築諸条件を定める過程で起きてしまう2つのアイデア淘汰。


 次はもう少し解像度をあげて、企画段階において発注者がどのような流れで建築諸条件を決定していくかについて述べながら、アイデアが淘汰されてしまうプロセスについて語ってみたいと思う。まず経験に基づき、建築諸条件が完成するまでの流れを図3のように整理する。

図3

 下記の期間に大まかに分けられると考える。
 ①方針決定期:社長の一声で始まるプロジェクトもあれば、社内的な方針が変わり、その変化に合わせて老朽化と合わせ新しく施設を作ることもある。もちろん単純な老朽化による維持改修も多かった。
 ②発案期:方針が決まれば、予算をつけ、ユーザー部署がやりたいことをイメージ等でまとめる。
 ③具体化期:予算とユーザーの要望を合わせ、まずはボリュームやプログラムを施設管理部が作成する。それを元に定例会等にてユーザーと何度かやりとりし、精度をあげていく。 
 ④合意形成期:具体化期を経てラフプランが完成し、最終的に各ユーザー部署と合意形成をとる。

 さて本題に入るが、私は実体験から2回のアイデア淘汰が起きてしまったと感じた。

 一つは具体化期におけるボリューム・プログラム化するために、社内で保有する施設と”横並び”に考えるというところである。大きい企業であればあるほど、自分たちの保有する建物の情報が豊富に蓄積されていて、一人当たりのスペース(ボリューム)やこういう用途はこういう部屋(プログラム)というような建物に対する考えが固定化されていると思う。(設計者であれば経験があると思うが、発注側から提示される標準的な仕様・マニュアルはまさに一端である。)今までそれで成立していたことと、社内・発注者のみで考えていることもあり、世の中での変化に気づかないことにより、少々凝り固まっていて抜本的に変化する体制になっていないように感じた。

 そして二つ目は、合意形成である。私が携わったプロジェクトでは多様なユーザー部署が存在したため、合意形成にはかなり苦戦した記憶がある。例えば、一人のユーザー部署代表が反対するとそのアイデアは無くなり、複数の部署をまたぐようなコンセプトこそ面白いアイデアになり得るが、各部署の合意が得られなければ、ただ壁で区切るだけの空間になってしまう。時に合意形成が弊害となり、どうしても最大公約数的なアイデアになってしまう。とは言え、合意形成が必ずしもよくない訳ではない。ユーザーと一緒に話し合いながら建築を作っていくことで愛着も生まれ、長い間大事に使ってもらえる建築になりえると思う。近年では公共建築でも民主制の担保や市民参加による持続可能な仕組みづくりの観点から、市民との合意形成を重要視する傾向も見られる。その一方で、あくまでその市民参加のプロセスが重要であって設計自体の詳細まで決めるものではないという意見もある。つまり、合意形成による最大公約数的なアイデアになってしまうことも問題であるが、うまくユーザーの意見を汲み取りながらコントロールできるファシリテーターの存在が発注側に少ないことも問題だと感じた。

 このように二つのアイデア淘汰により、図4のイメージのように当初それぞれが持っていた独創的かつ個性的な考えやアイデアも具体的に形となる段階で、アイデアが削ぎ落とされ普遍的で平均的な”丸い”ものになってしまうのではないかと例えることができる。

図4


3.これから


 最後にここまでの内容を少し俯瞰して考えてみると、2-1や2-2で述べた発注者や設計者の分業化や効率的に生産するがゆえの普遍化や平均化は、どちらも人口増加、都市・建築の高度化や企業の成長により、複雑かつ大規模な建築を大量生産していく時代に適したシステムとも表現できる。しかし今は人口が減少に転じ、経済や都市が縮小に向かっている時代に突入しており、そのシステム自体を見直すことが必要な転換期にきたのではないだろうか。設計業界でも、昨今では企画側(コンサルティング業務)に領域を広げていることが散見されるように、発注者も設計者も分離することなく一緒にその建築に向き合いコミュニケーションすることがトレンドになりつつあると思う。

 縮減時代だからこそ、丁寧に実際の施設の使い手であるユーザーからの独創的で個性的な生の声を拾いあげ、様々な登場人物をつなぎファシリテートし、そして設計まで一貫する存在が必要ではないだろうか。

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