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夕遊の言の葉

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言葉や外国語、海外生活に関する記事をまとめてみました。
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記事一覧

平安時代、最大の対外危機『刀伊の入寇』関幸彦

今年の大河ドラマは、私の好きな清少納言が出るというので、楽しみにしていました。見る時間はないけれど、SNSでいろんな感想やら解説があふれてくるのを見つつ、全体像を想像するのが毎週楽しいです。 平安知識があんまりないので、清少納言が使える中宮定子が、父親を亡くして、兄弟の藤原伊周と隆家がやらかしたせいで、どんどんつらい立場に立たされて、しかも叔父の藤原道長が権力者になって、彼の娘彰子が入内したから、悲しい最後を遂げた……くらいしか知りません。 もちろん、道長だって最初から権

中国国家レベルのプロジェクト「全球漢籍合璧工程(世界漢籍統合プロジェクト)」に協力した時のこと

 ナカシャクリエイテブが取り組んでいる文化財関連の業務は、文化財のデジタルアーカイブやレプリカ作成、アプリ・WEBサイトの開発、博物館展示支援など様々ですが、資料の整理や学術調査のサポートもおこなっています。  お客様としては日本国内の博物館や図書館、自治体様が多いのですが、実は海外のお客様とお仕事をさせていただくこともあるんです(海外に出張することもしばしば…)。そこで今後、NOTEでは海外との業務や海外の博物館事情などもご紹介していきます。  それは2018年のこと。

ファンタジーと歴史とSFと。ケン・リュウ『母の記憶に』古沢嘉通他訳

有名すぎるくらい有名なケン・リュウの小説。これまで、なかなか時間とタイミングがなかったですが、とうとう読めてよかったです。短編集なので、ビギナーにもやさしいですし、いろんな物語がまとめられているので、タイトルを確認しつつ、好きなから読めるのもいいです。 ケン・リュウは、中国出身の作家さんでアメリカに住んでいて、たくさんの作品を書いているうえに、英訳した『三体』を各方面に宣伝して世界的大ヒットにしただけじゃなくて、各地の作家さんの作品が国境を国境を超えて読まれ、メディア化され

奈良と鹿と初夏の散策。『空海―密教のルーツとマンダラ世界』奈良国立博物館

友だちと久しぶりの奈良デート。行先はもちろん奈良博。空海展ということで、混んでいることを予想。早起きして、開館前に到着するように待ち合わせ。奈良公園では、鹿たちがすでに、せんべい屋さんの前でスタンバイ。どちらも気合充分です。 さて、「空海」展ですが、すごくよかったです。ほとんど撮影不可だったので、詳しい内容を知りたい方は、公式サイトをどうぞ。平安時代(9世紀)の五智如来蔵とか、十二天像、不動明王坐像などなど、大きくて迫力ありました。 珍しくておもしろかったのは、インドネシ

南の島の生命力と詞の世界。『雨の島』呉明益(及川茜訳)

台湾の呉明益さんの小説は、日本語訳がいくつかあります。現実とフィクション、現在と過去が行き来する独特の文体と世界観で、私が好きなのは『自転車泥棒』。台湾原住民の言い伝えと、日本植民地時代の銀輪部隊の歴史、現代台湾の自転車王国状況が入り混じった、不思議な小説です。 『雨の島』は事前情報がなくて、時間があれば……という程度で読み始めたら止まらなくなりました。なんせ、台湾の自然描写がすごい。木や植物、動物の野性的な生命力と、その源泉の太陽の強さとまぶしさ、圧倒的な水分の多い筆力が

耽美をめぐる社会情勢と魅力『BLと中国』周密

以前から興味を持っていた分野なので、すごく読みたかった本ですが、発売前から重版がかかるほどとは。ドラマ『陳情令』の原作『魔道祖師』や『天官賜福』の作者・墨香銅臭さんのインタビューが掲載されていた『すばる』2003年6月号もすごかったですから、当然といえば当然なのかも。 さて、周密さんの『BLと中国』は、日本でいわゆる「BL」とされる物語が、中国では「耽美」(Danmei)と呼ばれている、その語源からたどります。日本が新しいもの=外来語を使って新しさや付加価値つけて表現し、そ

(ある時代の、ある身分の)女性の名前のこと

初対面の人とあえば、○○ですと互いに自分の名前から自己紹介をはじめる。そんなとき、僕は頭の中で、この人の名前をどう書くんだろうと自分のなかの音訓の知識を駆使してあてようと試みるが、これがなかなか難しい。 それは現代の人々の名前で用いられる漢字と、常用の漢字とでは訓が(ときには音も)かけ離れていることが往々にしてあるためである。 しかし、それはなにも今にはじまったことではなく、古来、日本において名前に用いられる漢字の読み方は尋常の読みとは異なっていたらしい。近世の考証随筆を見て

好みすぎる中国古代史ミステリー。『蘭亭序之謎』唐隠著、立原透耶監訳

中国の長い歴史の中でも、一番華やかな時代のイメージがある「唐」。7世紀から10世紀まで、日本でいえばざっくり奈良・平安時代です。このミステリーの舞台は、めちゃくちゃ栄えていた唐が、楊貴妃を愛したことで有名な玄宗皇帝の時代に起きた安史の乱の後、だんだん力が弱まって、帝国としてのまとまりが崩れていく時代です。 そして、この本の謎の中心になる「蘭亭序」は、有名な書聖・王羲之の作品。王羲之は4世紀前半の人なので、日本でいうと大和朝廷の頃。前方後円墳が作られていた時代です。王羲之の死

あまりにも台湾的な探偵物語。『台北プライベートアイ』紀蔚然(船山むつみ訳)

最近は、評判のいい中国語の本がガンガン翻訳されて、読むのが追いつかない、嬉しい悲鳴の日々です。こちらの本も、もうタイトルだけでも、絶対おもしろそう。そこに、『辮髪のシャーロック・ホームズ』を翻訳した船山むつみさんの名前が加われば完璧です。今回読んだ『台北プライベートアイ』は、日本語で翻訳されるより先に、フランス、トルコ、イタリア、韓国、タイ、中国(簡体字)で翻訳されている作品だとか。 『台北プライベートアイ』は、原作が『私家偵探』という台湾のミステリー小説。台湾の輔仁大学と

ことりっぷな外国語チャレンジ。『ことばの白地図を歩く』奈倉友里

この本は、迷っている人におすすめです。例えば、大学には行きたいけど、何を勉強したらいいのかわからない人。大学には入ったけど、自分のやりたいことが見つからない人。そして、大学は卒業したけど、何かまた別のことを勉強して自分の方向性を変えてみたい人、などなど。 今井先生の『英語独習法』とは真逆ですが、勉強っていうのは目的が明確な場合と、そうでない場合があります。目的がはっきりしていれば、回り道をするのはアホらしい。でも、目的がゆるっとふわっとしていたら、ゆるふわなりにスタートしな

傷ついたからこそ、美しく輝く。台湾ドラマ『茶金 ゴールドリーフ』2021年

出張先の夜に一気見。評判以上のすばらしいドラマでした。植民地時代の日本語、台湾の人たちの台湾語、主人公一族の客家語、そして中国大陸からやってきた人たちの国語(Mandarine)や上海語、蒋介石の国民党政権を支えるアメリカ人たちの英語がいきかいます。そして、登場人物たちのセリフ以上のものを使い分けられる言葉たちが表現します。 主人公の張薏心(チャン・イーシン)は、茶虎と呼ばれる台湾最大の茶輸出会社「日光」の社長張福吉(吉桑:ジーさん)の一人娘。台湾の新竹県北埔鎮が彼とその張

英語的感覚を可視化する。『英語独習法』今井むつみ

最近、ラジオ代わりに聞いている言語学系のyoutubeに出演されていた今井先生。めちゃくちゃおもしろい方だったので、本を読んでみました。期待どおりに著書もおもしろかったです。 今井先生を知らないと、タイトルの「独習」の文字を見て、「ゼロから一人で英語を勉強できる本」と勘違いしてしまいそうです。でも、この本をざっくり読んだ印象は、そこそこ英語のできる人が確実なレベルアップを目指す本です。しかも、ライティング重視。この本を読んで、自分に足りない部分に気づいて、英語レベルを自分な

台湾グルメと鉄道の旅と百合。『台湾漫遊鉄道のふたり』楊双子(三浦裕子訳)

予告されたときから、すごく楽しみにしていた本。『台湾漫遊鉄道のふたり』というタイトルもそうですが、表紙のデザインがレトロかわいくてステキ。台北駅がモチーフになっていて、昭和のおしゃれな女性2人が楽しそう。広告のキャッチコピーも「グルメ、鉄道、百合」って情報量多すぎで、わくわくしかありません。 舞台は昭和13年5月、作家の青山千鶴子は台湾の講演旅行に招かれます。妖怪と言われるほど食いしん坊な千鶴子は、台湾の珍しい食べ物に興味津津で、片っ端からチャレンジしたがります。でも、当然

中国ドラマや小説を楽しむために。『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』柿沼陽平

出版直後からすごく話題でしたが、ようやく手に取ることができました。きっかけは、中国ドラマ。とりあえず、古代中国の基礎知識が欲しかったので。絶対おもしろいことはわかっていたのに、期待の3倍おもしろかったです。 この本でいう古代は、秦漢(紀元前3世紀~後3世紀)+αです。私の見たドラマでは『羋月(ミーユエ)』あたり。あと、『三国志』関係は本もマンガも結構読みましたが、『三国志』は戦争とか政略がメインなので生活方面の記述はあまり出てきた記憶がありません。どうでもいいですが、この時