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【FGO EpLW ユカタン】第三節 逢魔時(トワイライト)のプラヤ・デル・カルメン

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「おいでなすったね」
日暮れ時。東の空は、もう星空だ。だが、夜目はきく。あちらから満月が昇ろうとしている。

10km向こう、コスメル島の浜辺に、小型のガレオン船が出現した。やがて船は岸を離れ、こちらへ向かってくる。風や潮流とは異なる動きだ。歯ぎしりして、舌打ちする。サーヴァントが何騎いるか知らないが、一騎ってこたァないだろう。たぶん対岸にも。嫌な気配もたくさん。こちらは、ひとり。多勢に無勢だ。だが、不敵に笑う。

「ククルカン、チャーク、イツァムナー、キニッチ・アハウ……『十三層(うえ)』の方の神々は、お忙しいかい」
褐色の肌に、肩まで伸びたウェービーな黒髪。露出度の高い、黒い服。背はスラリと高く、肉付きは豊満。砂を踏みしめるのは裸足。
「『九層(した)』の方も、結局アタシ一柱(ひとり)かい。ヘッ、嫌われ者の半端神だしねェ」
魂の付け届けが足りなかったか、とんだ汚れ仕事を任されてしまった。いやいや、こういう仕事こそアタシ向きだ。相手は亡霊。不死の神々ならいざしらず、半神の英雄程度なら、アタシでどうにかなる相手だ。

「そいじゃア、このアタシ……アサシン(暗殺者)様が、目にもの見せてくれようじゃあないかい!」

気配遮断スキルを持つアサシンならば、ルーラーが相手でも具体的な座標の隠匿程度は可能だ。が、彼女はそれをあえてしない。ここに、この場所に、敵を引きつけるために、わざと殺気を垂れ流しにしているのだ。付近の漁民たちは逃した。カンクン(エカブ)、シカレ(ポレ)、シェルハ、トゥルム(サマ)など、主要な沿岸都市への連絡もされている。ここで食い止め、誘い込み、上陸部隊を皆殺しにする。のちに「プラヤ・デル・カルメン(歌の浜辺)」と呼ばれるようになる、この場所で。

◆◆◆

ガレオン船からも、対岸から発する殺気が感知される。ライダーとセイバーは望遠鏡を構え、アーチャーも透徹した視力で、揃ってそちらを見る。

サーヴァントの女が一騎、こちらを睨んで堂々と、腰に手を当てて待ち構えている。明らかに、罠だ。迂闊に上陸すれば碌な事にならないという脅しだ。が、翻って考えれば、それなら背後の森の奥にでも引っ込んでいればよい。ここに罠があります、と触れ回って何になる。

「どうするね。素敵なレディのお誘いのようだが」
「かはッ! 自分と罠だけじゃ対処仕切れないから、よそへ行けって雰囲気かね? 罠は嵌まって踏み潰す、なんて理論もあるが」
愉しげなセイバーの意見を聞き流し、アーチャーはポツリと言う。
「ここから、罠ごと薙ぎ払えばいい」

セイバーとライダーが顔を見合わせ、笑う。それが一番だ。
「ははは、よろしい。まずはレディにご挨拶と行くかね」

◇◇◇

上陸可能そうな岸から500mほどまで近づくと、ガレオン船が横腹を見せ、砲門を向ける。眉根を寄せ、鼻を鳴らす。魂の篭っていない攻撃は苦手だ。

 DDOOOOM! DOOOOOM! DOOOOOOOM!!

砲門が火を噴き、砲弾が抛物線を描いて飛び、岸辺で爆発! 白砂が撒き散らされ、岩が抉れ、樹木が吹き飛ぶ!
「大したことはないね、挨拶代わりかい」
振り向かずに背後の森へ駆け、ふわりふわりと宙を跳びながら、砲弾の破片を巧みに避ける。
と、そこへ。

ぴゅう、という甲高い音。ざあっ、と雨音。空に雲はない。否、今曇った。否! 空を覆うほどに、何かがガレオン船の甲板から発射されたのだ。これは……『』!
「おっとっと、アーチャーもいるのかい!」

無数の矢が暗雲のように空を覆い、竜かイナゴの群れのように森へ降り注ぐ。一本、頬を掠めた。頬を拭い、指の血を舐め、ペッと吹き出す。目を据わらせてガレオン船を睨み、右掌を上へ向け、四本の指でクイクイと招く。そして船から充分に距離を取り、気配を遮断する。来やがれ、マヌケども。ケンカの時間だ。

と、そこへ。
背後から物音と声。おやおや、まだいたのかい。それも、サーヴァントがふたり。挟み撃ち、にしたってどうにかなるが、奇襲にしちゃマヌケだ。こいつらはひょっとして……。

浜辺を向いたまま、首筋から数本の黒い縄を背後へ伸ばす。それが何かに弾かれ、背後で「うおっ!?」とマヌケな声がした。

振り返る。声の主は、マヌケそうな人間だ。まだ若い、白人の男。
掌に水晶髑髏を持ち、傍らに白い亡霊を従えている。服装から何から、全く場違い、年代違いだ。流れ矢が彼らにも飛来するが、白い亡霊が素早く動き、何かの力で弾き返しているようだ。
「おいおいおいおい、えらいとこへ出てきたな。カンクンじゃねぇのか、どこだここァ、キャスター」
『あいつだ。あのあまっこだ。ええと、アサシンのサーヴァントだ』

人間が、手に持った水晶髑髏と会話している。あいつと白いのがサーヴァントで、こいつがマスターらしい。で、あっちは確か、チャーク・トゥン・セノーテの方向か。ってことは、やっぱり。
「ああ、話はククルカンから聞いてるよ。あんたが、カルデアのなんとかってやつかい……」
「全く不本意だし、俺もあずかり知らねぇところなンだが、今はそうなってる。お取り込み中かい、ホットなねえちゃん」

男の答えに、鼻で笑う。足手まといが来ただけ、なんてことにならなきゃあいいが。
「ご覧のとおりね! でもまあ、すぐ済むよ! もうちょい下がってな!」

再び気配を消し、爆炎と硝煙の彼方に目を凝らす。
艦砲射撃と矢の雨がやみ、黒い軍勢が舷梯を降り、ガレオン船から上陸し始めた。馬に乗ったサーヴァントも二騎、降りてくる。船を操っている奴は、きっとライダーだろう。とすると、片方がアーチャー。もう一方は、別のライダーか、ランサーか、セイバーか。馬に乗った奴の片方が、腰の剣を抜き、軍勢の一部をこちらへ向かわせた。たぶん、セイバーだ。

サーヴァントを仕留めるのが目標だが、分遣隊のこいつらは雑魚、亡霊の類のようだ。まあいい、食事にはなる。充分にひきつけ、かつ距離をとったところで、用意しておいた罠、宝具を発動させる。

「『奇妙な果実(ストレンジ・フルーツ)』!」

森の木々から、一斉に無数の黒い縄が伸びる。踏み込んできた亡霊どもを縄が捕らえ、次々に宙吊りにしていく。呻き声ひとつあげないまま、そいつらの擬似的な霊魂が縄に吸い込まれ、糧になる。うん、まあまあの味だ。
さっきの人間は、青褪めたマヌケづらでその様子を見ている。
「アタシがいる限り、あんな連中にここを通させやしないさ。対岸の敵地へ攻め込むにゃあ、ちょっと不足だけどねェ」

◇◇◇

なんてこった。夜のカンクン・ビーチでくつろごうと思ってたのに、いきなり戦場へ来ちまった。鍾乳洞から出て、森の中へ出た途端、これだ。どうも向こうのビーチから攻撃されてるらしい。で、ホットなベイブに出会えたはいいが、アサシンとかいう物騒な奴。なんだよ、あの縄は。

『対岸の敵地へ攻め込む。それをさせるために、神々がおらたちをここへ寄越しただな』
「俺とお前とマッシュルームに、何ができるってんだ。このねえちゃん一人で充分じゃねぇのか」
「だといいけどねェ。アタシだって万能じゃあないんだよ、向こうにけっこうサーヴァントもいるようだしさ」

そこらじゅうで黒い縄が触手みてぇに跳ね回り、動き回り、次々に甲冑野郎どもを木々に吊り下げていく。ベトコンみてぇに、森の中にトラップワイヤーを仕掛けていたってわけか。それも、さっきのマジックロープを。アサシンはタフに笑う。彼女の放つヤバいオーラが強まって行く。首筋から何十本も、さっきの縄が伸びた。ちらりと見えた頬には、黒い斑紋。

「一応告げとくか、アタシの真名は『イシュタム』。自殺者とかを天国へ導く女神様。武器はこれ、首吊り縄。野良サーヴァントってことになってるけどさ、ここアタシの地元なんだよねェー。パワー全開! 魂を喰った分だけ魔力も増すし、入れ食い状態なの。だから、あんたが魔力供給する必要もないよ!」

真名判明

ユカタンのアサシン 真名 イシュタム

「そりゃ、ありがてぇ……」
「伏せて、なんか来る!」

「◇◇◇」

俺とアサシンが咄嗟に伏せると、マッシュルームが前に出て、でけぇマジックシールドを展開した。瞬間、浜辺からこちらへ向けて、無数の矢の雨! それも、火矢だ!
「おいおい、焼き殺す気か!」
「アタシの縄は、火にも強いんだけどねェ……的確に縄のついた樹木を狙いやがるし、矢に『浄めの火』がついてやがる。この火はちょっと嫌だね、縄が動かしにくい。このまま後退してもいいけど、ユカタンじゅうが焼畑(ミルパ)になっちまうねェ」
「火と煙が後ろまで回ってるぞ! お前らはいいが、生身の俺はウェルダンだ!」
マッシュルームとアサシンの背後に隠れ、焦る俺を冷静にするように、キャスターがぼそりと告げた。

『ちょっとツーニングが合っただ。こいつのクラスは「シールダー(盾兵)」。攻撃を防いでくれる、盾のサーヴァントだ』

シールダー。そうか、それなら、少なくとも俺は無事だ。俺は少し落ち着き、冷静で的確な判断を下す。
「対岸ってこたァ、ここはたぶんプラヤ・デル・カルメンで、敵のアジトはコスメル島だな。千年も後に来りゃあ、一大リゾートなんだが」
『あっちにもセノーテはあるだが、そンな状況じゃあ、たぶン島の霊脈も抑えられてるだな。渡る方法は後から考えるとして、まンず、ここを切り抜けるだ。後ろの火を乗り越えて、もと来たセノーテまで逃げるだ』
「今来てるのは、みっつ。船から艦砲射撃してくる奴、矢の雨を降らせる奴、それと……」

ブエナス・丿チェス。お顔が見えないので、参上仕りました」
「げっ」
俺の目の前に、敵が出現した。矢の雨と火と煙に紛れて来やがったのか。馬に跨り、鎖帷子を纏い、マントをはためかせ、両手に二本の輝く長剣。顔の上半分を覆う、ド派手な羽毛つきの仮面。どこのコスプレ会場から来やがった。アドレナリンが溢れ、ニューロンが加速し、周囲がスローモーションで見える。ヤベェ。死ぬ。
「このダメな感じの青年が、マスターって奴かい? 遠路はるばる、ようこそォー」

『おらの掌!』
キャスターが叫ぶと、瞬時に地面から石の柱が何本も伸び、でけぇ手の形になる。仮面野郎の剣が、石の掌に遮られて止まる。キャスターめ、意外にやるじゃねぇか。前を向いていたアサシンとシールダーが振り返る。

石の掌は粘土に変わり、砂に変わって崩れ去る。長持ちはしねぇか。

「おやおやおやおや、少しはやるご様子。そうでなきゃ、面白くない」
仮面野郎は馬を消すと、両手の長剣を軽々と振るい、四方八方から襲いかかる縄を次々に斬り捨てていく。目にも留まらぬ早業。地面からの縄もダメだ。斬られた縄は黄金色の炎に包まれ、音もなく消え去る。なんてこった。
「ここら一帯の罠は焼き払ったよ。アーチャーとライダーは、支援射撃と砲撃のために待たせてある。私の馬は……的が大きくなってしまうからね。ここでは引っ込めておいたがよさそうだ」

アサシンが縄を引っ込める。相性の悪い敵のようだ。こいつがいて煙がある間は、向こうも矢の雨や砲弾を降らせねぇだろう。そう願いてぇ。
「ご丁寧にどーもよ、ドン・キホーテ野郎。サンチョ・パンサはどうした」
スペイン語を話したってこたぁ、スペイン人だろう。俺の粋な問いかけに、仮面野郎は爽やかに笑い、芝居がかって告げた。背後で森が赤々と燃える。

「はは、サンチョ、サンチョね。どのサンチョだったか。それではご一同、名乗りを上げさせて頂こう。私のクラスは『セイバー(剣士)』。名は『ロドリゴ・ディアス・デ・ビバール』。異名をば『カンペアドール(戦場の勇者)』。人々からは『エル・シッド(旦那様)』と呼ばれておる」

真名判明

コスメルのセイバー 真名 エル・シッド

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