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【FGO EpLW ユカタン】第二節 十字軍遠征(クルセイダーズ・エクスペディション)

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――――縦長の窓から、細い光の筋がいくつも差し込み、建物の内部空間に荘厳な雰囲気を与えている。舞い散る埃や羽虫が光の筋に照らし出されるが、それすらも神々しさを強める。ここは、聖堂。天井は高く、装飾は少なく、柱が左右に立ち並ぶ。正面奥には内陣。そこに跪く者が一人。

この世は穢れている。
貪欲、嫉妬、欺瞞、姦淫、偸盗、殺人、冒涜。浅ましくも取り澄まして、おのが罪を知らぬふりをし……

幾度も幾度も、浄化は行われた。神は罰を下され、その度に人々は祈った。洪水、戦争、飢饉、疫病、おびただしい死。

それが過ぎ去れば、人々はまたすぐ忘れた。主よ、おお主よ、いつまで、人類の愚行は繰り返されるのですか……

激しい祈りを終え、彼は顔をあげた。目からは血涙、顔からは血の汗。深い苦悩が刻まれた、強い意志を感じる顔。じきに血涙と血の汗は蒸発し、彼はゆらりと立ち上がる。白い衣の背中の翼が、がちゃり、きりきり、と音を立てて広がる。

機械じかけの翼を持つ天使は微笑む。主なる神は、御言葉を告げられた。
新しい天と、新しい地を。この地上に、聖なる都、新しいイェルサレムを。千年王国を。人と共なる神(インマヌエル)よ、来たり給え。御国を来たらせ給え。古きものを滅ぼし、すべてを新たに。

苦悩は去り、歓喜が心に満ちる。それは『聖杯』によって成就する。災いの満ちた鉢ではなく、喜びに満ちた鉢によって。主はそう告げられた。ああ、まことに、まことに。穢れたものは全て滅び去り、よきものだけが残るのだ。裁きの時、救いの時、かの悪徳都市(バビロン)は、大いなる清めを受けるであろう。

天使の意志は、聖堂に集いし全ての兵(つわもの)に伝わる。振り返り、天使は叫ぶ。十字架を旗印とし、穢れに身を染めず、悪を討ち滅ぼす神の剣、神の軍隊として一致団結せよ。忌まわしき偶像を破壊し、聖なる宮に変えよ。呪われし民の手から、黄金を、大地を、我らの手に「取り戻せ」。
兵たちは天を仰ぎ、天使と共に鬨の声を挙げる。

「「「 Deus vult!! 」」」

◇◇◇

ここはユカタン半島の東、カリブ海に浮かぶ島「コスメル」。面積は400平方km弱。大部分はジャングルである。石灰岩で出来た平坦な島で、カルスト地形が発達し、巨大なセノーテや水中洞窟が存在する。20世紀後半から観光地として有名になったが、古くから先住民が居住し、海上遠距離交易の拠点として栄えた。またこの島は女神イシュチェルの聖地であり、重要な巡礼地でもあったという。

西暦一千年。スペイン人が到来するまでには、あと500年以上を待たねばならない。だが、今やこの島には、恐るべき『旧世界』のサーヴァントたちが集結していた。彼らは島民たちを隷属させ、ここを拠点として対岸へ……ユカタン半島本土へ、侵掠を行おうとしている。

一行は聖堂から、近くのセノーテを用いて海辺へ瞬間移動する。

夕日に向かい、岸辺に立つのは、黒髪で鷲鼻、黒髭の男。よく日焼けした顔だ。ベレー帽のようなものを被り、ダブレットに上着と外套を纏い、襞襟をつけている。下半身は半ズボンにタイツ、革靴。腰には短く幅広の舶刀。この時代には、この地でもかの地でも、こんな姿の人物はいない。彼は特異点に現れたイレギュラーな存在、サーヴァントの一人だ。

彼が両手を海へ向けて掲げ、宝具を展開する。
海上に出現したのは、数本の高いマストを備えた帆船。いわゆる「ガレオン船」だが、さほど大きくはない。船腹には幾つもの砲門が並ぶ。舷梯が降ろされ、岸辺に居並んでいた軍勢がぞろぞろと搭乗していく。全員が甲冑、槍や剣、槌矛、盾で完全武装。馬に乗る者、弓や弩、マスケット銃を持つ者もいる。彼らは全員、黒い影のような姿。サーヴァントではなく、聖杯の力で呼び出された『コンキスタドール』たちの亡霊、幻影たちである。

男はふうっと息を吐き、背後を振り返って告げる。
「これで、制圧出来ましょう」
天使が答える。
「鉄器も知らぬ偶像教徒の土民どもなら、容易いでしょう。しかし、他のサーヴァントが相手では……」
「我らの他にも、いるというのですな。すると、これは様子見と」
「今のところ、向こう側にいるサーヴァントは四。うち一処に固まっているのは、二です」

天使のお告げに、男は首を右へ傾げ、次いで左へ首を傾げる。ゴキゴキと首が鳴る。
「はぐれが二、と。では、固まっている方は」
「『カルデア』が送り込んで来た連中でしょうね。マスターもいるはず」

ふむ、と男が顎髭を触る。本土側に四。そして、こちらも四。天使が続ける。
「はぐれ二騎のうち、この島の対岸に今、一騎います。本来のサーヴァント知覚能力の、範囲内ギリギリに。やや強力な反応です。よって、『ライダー』。『セイバー』と『アーチャー』を連れて行きなさい。まず、対岸の一騎を全力で排除します。カルデアの連中と合流する前に」

「ほう」
「あッは、やっぱり我らの出番ですか、『ルーラー』。まあ、もう乗ってますがね」
ガレオン船の甲板から、二つの声。前者は少女のようで、後者は陽気な男の声だ。両者が顔を出す。銀髪碧眼で冷ややかな表情の少女と、褐色の肌の黒髪の青年。
「ライダーはこの船がなければ、そう強くもないですしなァ。上陸戦を行うなら、当然、我らが必要です!」
「…………」

青年、セイバーの言葉に、天使は頷く。
「ええ、よろしく。残念ですが、私は今のところ、この島から動けません。軍勢を制御し、聖杯を抑えておかねばなりませんから。深入りはなりませんが、可能なら敵マスターを捜し出し、排除すべし。悪霊どもの抵抗も続いていますが、カルデアのマスターを失えば……」
あの軍勢は、この天使……ルーラーが操っているもののようだ。そしてその能力は、聖杯によって強化されている。

「もしも、奴らがこの海を渡り、この島に攻め込んで来たら?」
「当然、私が排除します。主はそのための力を、私にお与えになりました」
少女、アーチャーの問いかけに、ルーラーは即答する。そして続ける。

「サーヴァントや、邪教の偶像、悪霊、悪魔、土民どもを殺し、その霊を聖杯に捧げれば、聖杯の力はより強まります。聖杯が掌握している霊脈の範囲をさらに広げ、この地域で最大の『穴』に接続すれば……この『新大陸』全土を手に入れることも可能になるでしょう。主はそう仰せになりました。新しい天に捧げる、新しい地。そこに屯する悪霊たちを封じ込め、浄化する時がやって来たのです……」

セノーテは、地下水脈と霊脈の上に空いた穴だ。この特異点の聖杯は、コスメル島の、とあるセノーテのひとつを利用して顕現している。本土側の神々は、霊脈を通じて侵食してくる聖杯の霊力に、総力を挙げて抵抗しているのだ。そして、このユカタン半島で最大の「穴」と言えば―――

直径160km。半島北西部から海底にかけて痕跡が残る、途方もなく巨大な穴。6550万年前、白亜紀末の大量絶滅を招いた、巨大隕石の衝突痕。

すなわち、『チクシュルーブ・クレーター』である。

◆■◆

ヘイ、ヨー! ピーポー、リッスン! シェマ・イスラエル!アッラーフ・アクバル!ナマステ・アーメン!ジャー・ラヴ!

一方その頃、カルデアの中枢管制室には、謎の通信が入っていた。人を虚仮にするような、憐れむような、タバコと酒で焼けたような、嗄れ声。
唖然とする職員一同。ダ・ヴィンチは眉根を寄せ、叫ぶ。
「何者だ!」

一拍置いて、シシシシシ、と歯の隙間からせせら嗤うような声。
『オレは神。いや、悪魔。いや、精霊。いや、人間。そのどれでもあり、どれでもない。おわかり?』

巫山戯た奴だ。愉快犯か。魔神柱か、メフィストフェレスか、人類悪か、それとも。思い当たるやつが多すぎる。否、相手のペースに飲まれるな。ダ・ヴィンチは大声で答え、さらに問う。
「知らん。お前が、このカルデアにちょっかいをかけている犯人だな? 藤丸立香とマシュ・キリエライトと、サーヴァントたちを、どこへやった? なぜこんなことをする?」

二拍置いて、低い声。
『……質問はひとつずつにしようぜ、荒木飛呂彦、土方歳三、否、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」。なあオカマ野郎、「なぜ、なぜ(ペルケ、ペルケ)」の癖は死んでも治らねえかい』

白い立方体に変化しているカルデアスに、大きな一つ目が開いた。皆が振り仰ぐ。次いで目の下に歯並びの悪い大きな口が開き、ぐにぐにと準備運動をした後、喋り出した。
『まず第一。お前は誰だ? オレ様は「観察者(ウォッチャー)」。お見知りおきを。真名は隠しとくぜ』
ウォッチャー。サーヴァントのクラスには、エクストラ・クラスを含めても……見当たらない。過去に現界した記録もない。だが、真名と言った。であればサーヴァントか、それに類する者、なのか。

『第二。お前が犯人か? そのとおりでございます。
 第三。彼らはどこへ? オレ様がちょいと誘拐しました。どこへってのは、ちょっと言えないねえ。生きてはいるさ、いずれ返してやってもいい。サーヴァントはどうだか知らねえが……』

生きている。それを聞いて一同は、ホッと安堵する。しかし、誘拐とは。
レイシフト中のマスターとサーヴァントを、マシュごと? 他のカルデアのサーヴァントをも、同時に全員? いかなる仕業か不明だが、やはり、あの特異点自体が罠だったと、考える他ない。

『第四。なぜか? なぜか? なぜか?』
ウォッチャーの声が、耳障りにエコーがかかって響く。一同、唾を飲み込む。
『そうねえ。……どこぞの蜘蛛野郎がメンテに何ヶ月もかけやがって、待ちぼうけ食わされてたから暇つぶしに……ってのは、冗談として』
小声の早口で何か囁いた後、うほん、とわざとらしい咳払いの音。
『―――ま、お前さんたちゃ、ちょいとやりすぎたのさ。人間や人間あがりの分際で、思い上がって地球や歴史をどうこうしようなんてさ。オレの主人(マスター)が、そう告げたのよ。彼は創造主。つまりオレ様、天使ってわけ……』

創造主。天使。それを聞いて、聖人と呼ばれたサーヴァントたちを思い出す。彼らが聞けば気色ばみ、ブチ切れ寸前だっただろう。だが、声だけで実体のない相手に手出しは出来ない。相手はマスターとマシュとカルデアスを、人質とモノ質に取っているのだ。もっと言えば、人類世界の命運を。
ダ・ヴィンチがウォッチャーに、自分なりの推測を告げる。

「要は、『抑止力』か。ガイアの側の」
『ヒヒ。その言い方、あんまり好きじゃないなあ。ガイアだのアラヤだの、誰かお忘れでない?』
「我がカルデアは、人類の存続のために活動する機関。創造主にしたって、人類滅亡は御心じゃあるまい。大洪水の後に反省なさったはずだ。それともいよいよ、最後の審判が来るっていうのかね」

ダ・ヴィンチが平静を装い会話を続ける背後で、職員たちはウォッチャーの正体を探ろうとするが――――
『ヘイ! てめーら、オレ様を解析しようなんて、大それた真似すんなよ! 電脳と生脳がBOMBよBOMB!』
BOMB!と本当にモニタの一つが爆発! 職員は悲鳴を上げ、床に転がる。ウォッチャーの哄笑が響き渡る。

だが、こいつが何者であろうと、おいそれと従うわけにはいかない。我らは人類の、人理の守護者だ。

「人類は、万物の霊長、地球(エデン)の管理者として、他ならぬ創造主に造られ、選ばれたんじゃないか。善悪を知る知恵まで授けておいて、今更何を言おうというんだい」
ダ・ヴィンチの回答に、立方体の口が舌を出す。人類とは、なんと傲慢なのかと、呆れるように。
『それが、思い上がりだってのさ。……まあいい、安心できるように、特異点の様子を見せてやるよ。ただし、介入は許可しない。見るだけだぜ。しばらくは観察者じゃあなく、観客(オーディエンス)になってみな!』

ウォッチャーがそう言うと、立方体から目と口が消え、どこかのビーチを映し出した……。

◇□◇

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