見出し画像

『人喰い ロックフェラー失踪事件』カール・ホフマン(奥野克巳・古屋美登里) 2019

#読んだらどうなる

人種、国籍、信仰、政治、異なる文化を持つ者同士が生きてゆくにはどうすればいいのか?というのはどの時代どの国でも難問だが、この本はその極限のような異文化との接触・軋轢が骨太に書かれたノンフィクション。

https://www.akishobo.com/book/detail.html?id=889

1961年11月20日、ロックフェラー家の御曹司マイケル・ロックフェラー青年が、プリミティブ・アート(盾やトーテムポールなど土着の工芸美術品)を求めて訪れたニューギニアの奥地の河川で行方不明となった。政府とロックフェラー家はその死を「溺死」と発表したが、死体も見つからないその謎の死には当時からある噂が囁かれていた。著者は文献や書簡を調べ、宣教師を始めとする当時の関係者と接触し、ついには言語を学び現地の部族「アスマット族」と生活を共にする。そしてその噂──マイケルは"人喰い"アスマット族に捕らえられ、文字通り「喰われて」しまった──こそ真実ではないかと突き止める。

……という非常にハードな内容ながら一気に読み進められた。序盤に最もショッキングな描写があり、本の真ん中くらいまでは人物の名前の区別も付きづらく読むのにやや苦労するが、後半、特に著者がアスマット族と寝起きを共にしその生活や祭りをつぶさに観察する第三章はページをめくる手が止まらない。そしてこれ以上なく血なまぐさく惨たらしい話でありながら、最後まで読めば心突き動かされるような感慨もある。著者がアスマット族の村人たちの、ちょっとした踊り方のくせや歌う歌詞の内容で各人が持つ個性を見分けるくだりなどはさり気ないが感動的だ。

その部族にとってそれぞれ物語や深い意味のある工芸品から、その文脈を無視し、純粋に造形をジャッジする美術品とみなし、安価に買い叩いていたマイケル・ロックフェラー(ちなみに父ネルソン・ロックフェラーもまたプリミティブ・アートのコレクターであり、マイケルには父親と同じ分野で父親以上の業績を上げようという目標があったのではないかとされる)が、結果として彼らの文明において最も重要な意味を持つ人肉食の儀式の対象になってしまった、という話が既に何かの寓話のような展開だが……一方で、マイケルが西側の文明に均されていない秘境の地に惹かれたのも、ロックフェラー家のことなど知る由もない人ばかりの地なら自分が単なる白人の青年になれたからではないか、という点も切ない。

そして直接的な人肉食の話のグロテスクさもさることながら、人喰いの風習は既に廃止しているという隠蔽に始まり、マイケルの失踪も政争の具として利用する当時のオランダ政府(ニューギニアを統治していた)ほか国家間の思惑の薄気味悪さ、ここにもまた「人喰い」があることが暗に示されている。

本文213pより

読み進める内に、パプアニューギニア〜工芸品の収集という点で水木しげるの存在が頭に浮かんだ(戦地をパプアニューギニアで過ごした水木しげるは、現地の村人たちと仲良くなり、漫画家として成功した後も何度か現地に訪れ交流していた。またアフリカやアジア諸国の、当地の精霊や神を象ったお面や人形を大量に買い集めコレクションしていた)。で、この本を読んでいたら実際に水木しげるの自伝漫画にも出てきたようなエピソードがこの本にも出てきたので驚いた(上画像参照)。そういった意味で水木しげるファンが読んでも興味深いと思います。

#亜紀書房 #ノンフィクション

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?