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とどまる思想の社会デザイン論 vol.2 (後編)

03.直接性と曖昧性


 土地・建物の所有者、自治体、デベロッパーなどの関係者の様々な動機をうまく連動させて、ひとつの事業として成立させる仕組みが市街地再開発事業であり、このように複数のつながりが複合して成立している事例は他に少ないだろう。ただし、ただ複合していれば良いという事ではなく、前回までに取り上げた片町きらら★1の成り立ちを見ると必要な工夫が見えてくる【図1】。つまり、片町きららの場合は権利者自らで保留床を購入(増し床)してリーシングを行うことで、デベロッパーに任せる代わりに自分たちがコントロールできる範囲を広くとっている。当然その分権利者らが負う責任やリスクは大きくなるが、容積率や用途などの建築計画に関する部分で余力が生まれている。このように関係者をできるだけ少なくして直接的なつながりを優先することが、より自由な事業を実現することもある。逆に近年一般的な市街地再開発事業は、責任やリスクを外部に委託して分散化させる傾向が強いと考えられ、これまでの資本主義を発達させてきた社会の流れともリンクしているように思える。
 一般的な市街地再開発事業では保留床の価格によって事業採算性が左右されるが、その価格は賃料や利回りなど市場の影響が大きく、デベロッパーのリーシングに関する戦略によってもどのエリアに投資するか、すなわちどのエリアの市街地再開発事業に参加するかの考え方が変わる。この状況を変えようと権利者や自治体が何かしようとしても、コストの問題やそもそもデベロッパー内部の問題になるため現実的ではない。他方これはデベロッパー目線で見ても同様で、ひとりひとりの権利者意向まで対応しきれないことから、理想的な敷地形状にならないことなどの制約が生じかねない。つまり、間接性が高いことによって互いに自分たちの事業をコントロールすることが困難になっている。

【図1】片町きららの事業モデル比較(筆者作成)
権利者自らでリーシングを行うことで、デベロッパーを介さず直接的に市場と接続し、自らでコントロールしている
※公開情報を基に筆者にて作成しているため、
実際とは異なる可能性があります。

 ここまでは市街地再開発事業を例として、交換様式ABCの解釈、交換様式ABCが発動するキッカケ、事業のコントロールを広くとる工夫などについて考察を進めてきたが、以降では他の事業を取り上げて同様な分析を進めていく。
 交換様式ABCを組み合わせて成り立っている事例を見つけるのはなかなか難しいが、例えば(株)フードハブ・プロジェクト★2【図2】では、農作物の生産(1次産業)、加工品等の製造(2次産業)、飲食店の経営(3次産業)といった様々な事業を一挙に展開するいわゆる6次産業化の事業を実施しており、この事業からも様々なプレイヤーの様々なつながる方法が分析できる。また、この事業を徳島県の神山町という限られたエリア内で完結させて成り立たせている点は、できるだけ関係者を少なくして直接的なつながりを優先するという視点にも合致した事例だと考えられる。
 まず6次産業化が実現されている事業の特徴として、生産、加工、販売をまとめることで、短期的に利益を出しにくい1次産業を2・3次産業でカバーすることが可能となり、同時に独自の生産ルートを確保することで2・3次産業側の仕入れ値を安く抑えることができる。それぞれの産業の間に生じるコストを削減し、効率的に資源を調達する仕組みが成立していると言える。
 さらに、(株)フードハブ・プロジェクトの株主に神山町役場がおり、自治体が出資して事業の安定化が図られている点にも注目すべきだ★3。(株)フードハブ・プロジェクトの事業のなかで、何かしら神山町の住民全体にとってのメリットがなけれ自治体からは出資できないはずだが、そのメリットのひとつは地域の耕作放棄地を活用した農作物の生産を行なっているところにあり、神山町のみならず全国的な農家の高齢化や後継者不足という社会問題を解決しようとする取り組みが事業に組み込まれている。加えて、全国からの研修生を受け入れて新たな農業の担い手を育成したり、地域の小中学校と連携して食育プロモーションを展開したりと、次世代を含めた農業の持続化が目指されており、単なる農業や飲食業にとどまらない公共性の高い事業が展開されている。このような公共性の高い取り組みは、未来も含めた農業の持続化という目的に資する波及効果が高い贈与的な活動だと言え、それを実現するために自治体からの出資やレストランの経営を上手く組み合わせることで成立させている。
 このように、(株)フードハブ・プロジェクトでは交換様式ABCを組み合わせた複合的な事業である点は市街地再開発事業と似ているが、6次産業化により関係者数と事業展開エリアの両方の意味で直接的なつながりを創出している点や、研修や食育という贈与的な活動によって事業全体の持続化が図られているところに学ぶべき工夫が見られる。

【図2】フードハブの事業モデル(筆者作成)
※公開情報を基に筆者にて作成しているため、
実施とは異なる可能性があります。

 もうひとつ、また趣向が異なる事例からも共通点と新たな工夫を見出すことができる。それは「まほうのだがしや チロル堂」★4【図3】であり、これも交換様式ABCが組み合わされている点が共通していながら直接的なつながりが更に強く、それゆえ新しい工夫を発見できる。
 奈良県生駒市にある駄菓子屋であり弁当屋であり酒場であり、子供から大人まで幅広く受け入れる店舗で、その支払いシステムに特徴がある。例えば子供たちが駄菓子などを何か買いたい時には、はじめに100円を支払いガチャガチャを回して店内通貨(チロル)と交換する必要がある。ガチャガチャなのでどれだけの数のチロルが出てくるかは運次第で、100円相当の1チロルから3チロルまでランダムに出現する。3チロルがでたらラッキーだが損はしない仕組みになっていて、子供達はこの1チロルがあれば駄菓子を購入できるだけでなく、ポテトフライやカレーなどの食事もできる。ここだけ見ていると100円と3チロルが交換されてしまうと店側の損失になってしまうが、その分はチロル堂で大人が飲食する際の料金から賄われている。つまり、大人が食事をしたりお酒を飲んだりするときに、その飲食代金に寄付金を混ぜ込んで支払ってもらう仕組みになっている。これによって、大人たちによる少しずつの寄付がチロル堂を介して子供達に行き渡る仕組みで、貧困対策の一助となっている。
 子供にとってはガチャガチャを介してチロルを手に入れることから、支払った100円と比べて多くのチロルが手に入ったとしても、子供たちはそのゲーム性に一喜一憂するだけで誰かにチロルを貰ったとか自分のために誰かが贈与や再分配をしてくれているという事を認識しないため、後ろめたさを感じることが低減されている。仮に、その子供の親が後ろめたく思ったとしても、寄付は全てチロル堂を介して再分配されることから当事者の顔は見えず、何か返礼しようとしたらチロル堂でカレーを食べたりお酒を飲んだりしてこの仕組みを駆動させる手助けをすることくらいで、子供も親も贈与の権力性を感じることなく、明日もチロル堂に行ってみようという気持ちで居続けられる。
 視点を変えてチロル堂に訪れる大人の側から見た時には、シンプルに子供達の事を思って純粋な贈与として寄付を支払う人も居れば、例えば子供をもつ親にとってはチロル堂で寄付した分は巡り巡って自分の子供に返ってくる場合が想定されるので、再分配を期待して寄付を支払う人も居るだろう。このように、チロル堂に関しては交換様式ABCのそれぞれの要素が含まれているものの、参加する人の属性によってつながる方法が切り替わり、それぞれが混ざりあって明確に仕分けられない部分が残る。こうした状態を狙ってデザインしているかは分からないが、結果としてこのような工夫が見られる。
 このように、チロル堂ではゲーム性によって事業の仕組みを覆い隠し、飲食代金に寄付を混ぜ込むことで無理なく続けられるつながりを創出している。さらに、関係者が比較的少なく直接的な関係性が主となっていることから、交換様式ABCのいずれかに仕分けることが難しい曖昧な状態ができている点が面白い。

【図3】チロル堂の事業モデル(筆者作成)
※公開情報を基に筆者にて作成しているため、
実際とは異なる可能性があります。

04.むすびに


 ここまで見た三つの事例(市街地再開発事業、フードハブ、チロル堂)は、関係者の属性や人数、扱う社会問題、事業形態、市場や国家との関わり方といった様々な観点から異なっているが、交換様式ABCをうまく組み合わせて事業を成立させている点が共通している。
 あらためて振り返ると、市街地再開発事業で見たように、交換様式ABCを発動させるそれぞれの利己的な動機をうまく組み合わせる事でバランスをとっているという理解がひとつあり、これは他の二つの事例とも共通している。また、フードハブ ではそれぞれの産業を近づけていることや、一定のエリア内の関係者で事業を完結させているところが要だ。さらに、チロル堂の場合は、ガチャガチャのゲーム性や飲食代金に寄付を混ぜ込むなど、つながりの正体を見えにくく曖昧にする工夫が画期的である。
 つまり、はじめに交換様式ABCを発動させた先に、「直接性」と「曖昧性」といったキーワードに含意される工夫を加えることが、「とどまる思想」で事業を組み上げるためのつながる方法だと整理できる【図4】。

【図4】「直接性」と「曖昧性」のイメージ(筆者作成)

 これは、本論を書き進めながら解像度が上がってきた理解となるが、前回までは事例分析を通して社会の認識の仕方を整理するための内容になっており、今回(vol.2)は具体的につながる方法を見つけ出すための考察を目指してきた。前段でも触れたように、前回まではどのように事業を分析して社会を認識するかという視点で考えて「とどまる思想」を見出したが、本論ではその「とどまる思想」を実装するために、どのようなキッカケをつくり、どのように工夫することが必要かを考えてきたとも言えるだろう。

【図5】本論全体の整理(筆者作成)

 ここまでの論点を振り返りながらまとめると、次のようになるだろう。
 まずはじめに「社会」を構成する単位として人と人との間にある「つながり」を捉え、それらのつながりが発動するキッカケを考えてきて、いずれも利己的な動機からはじまると考察している。また、「つながり」を発動させたとしてもひとつのつながり方に偏ることは望ましくないとしており、さらに「直接性」や「曖昧性」という工夫を加えることが重要だとした。つまり、自分でコントロールできる範囲を広げることと、つながり方を混ぜ合わせたり覆い隠したりして曖昧にすることを意味している。
 このように考察してみると、やはり交換様式ABCという概念は社会をどう読み解くかの認識に関するキーワードであり、どのような社会を目指すべきかの「とどまる思想」は常に目標として考え続けるべき理念だと言える。そして、考えるだけでなく行動するためには「つながる方法」からはじめなければならず、その具体的な事例を検討してきたことになる。

 さて、ここまで「とどまる思想」を実現するために検討してきたが、これを実現した先にはどのような意味があるだろうか。ひとつは、個人が自発的に他人と関係を結ぶことができるのと同時に独立することもできる、このような意味での自由だという考察までは行っていた。
 これをもう少し進めると、これまでの社会における「自由」とは、競争の自由でありお金によって客観的な価値が担保されていることで生まれる自由だと言えるだろう。しかしながら、本論の考察の流れで考え直せば、これからは自分でコントロールできる自由や、お金だけでなく多様な方法でつながることができる自由を目指すことが重要だと考えられる。また、もうひとつ「公共」という言葉の意味についてもニュアンスが変わる。これまでは国や自治体が担うものという感覚が大きいと思うが、ここまでの事例のように社会課題を解決することは自分たちでもできる。こうした共助や互助といった感覚で公共を捉えることも、目指すべき方向性として想定できる。さらに、これは昨今の環境問題に関する議論などで一般的になっているが、「持続」の意味についてもイメージが変わった。これまでは成長して拡大し続けることが良しとされ、金融システムなども右肩上がりで生産性が上がり続けることが前提の仕組みになっているが、地球規模で考えればすでに破綻しつつあることは多くの人が気付いている【図6】。
 「とどまる思想」を目指すその先には、以上のような「自由」「公共」「持続」という言葉の意味が変わるような、そんな価値観を共有したい。

【図6】これからの価値について(筆者作成)




★1:木島一宣、登根哲生,「ダウンサイジング型事業による中心商店街新陳代謝方策の一考察~地権者がまちづくりの一員として事業を担った片町A地区を通じて~」,『再開発研究№33』一般社団法人再開発コーディネーター協会,2017
★2:(株)フードハブ・プロジェクトHP(http://foodhub.co.jp/
★3:第三セクター経営健全化方針(https://www.town.kamiyama.lg.jp/office/soumu/info/2019/07/post-80.html
★4:まほうのだがしやチロル堂HP(https://tyroldo.com/

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