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言い続ける

心の底から信じたこと、同じことをずっと言い続けることは重要だと思います。十年も、二十年も。
 
私は「ハッピーサイクル」という言葉を掲げて、工場の現場生産性改善に取り組んでいます。

従業員が俯いて仕事をしている。挨拶も無いし元気も無い。だけど業務設計が素晴らしいから成績はいつも良好、そんな現場を私は見たことがありません。
 
現場のメンバーが活き活きと働いていることと、会社が数字で業績を上げていることは必ずセット。であるなら、まずは皆が活き活きと働く環境を作るには何をすべきなのか。そのことを考えることが最初に来るはずです。
 
私の製造現場との出会いは学生の頃でした。経済的に若干苦しかった私は、工場の夜勤で働いて授業料を稼ぎながら大学に通っていました。アルバイトのような非正規労働力は、あらゆる現場を転々とします。明るく、笑顔の絶えない現場や、皆がしかめっ面で下を向いているような現場。

この違いはどこから来るのだろう?「モノ作り大国ニッポン」にあって、この問いは、一生を掛けて追及する価値がある、と感じました。
 
製造業に就職し、製造現場での仕事を希望しました。生産設備の運転や修理・故障対応。とても泥臭くて体力的にきつい仕事です。周りを見ると大卒の総合職入社でそのような勤務場所を希望する者は皆無でした。しかし私には、現場に居続けなければ先程の問いに対する回答は得られない、という強い確信がありました。
 
答えは分かりました。結局は人の気持ちです。「工場の作業員」と聞くと世間の人々は「ロボットのような無機質な単純作業をしているのか?」と思うかもしれません。
 
本当に無機質な単純作業があるのなら、それはとっくにロボットに置き換わっています。現代のコンテクストにおいては、工場内作業とはリアルタイムの判断やプロセスを俯瞰した課題解決力を必要とする、とても「スポーティー」な行為なのです。
 
スポーツと同じで優秀なリーダーやコーチがあり、チームの結束力や士気が結果を大きく左右する。ならば「製造現場」というフィールドにおいてチームの意識を、パフォーマンスを活性化するにはどんなアプローチが必要か?私はそういうことばかりを考えては試行錯誤するようになりました。
 
やがて、その経験を携えて海外工場の生産性改善指導に従事するようになりました。
初めて訪れたあるASEAN主要国の工場幹部に、私がやりたいことを熱心に説明します。その方はこうおっしゃいました。
 
「言いたいことは分かった。何かその、君がやりたいことを一言で表す、分かり易いキャッチフレーズが欲しいんだ。」
「キャッチフレーズ、ですか?うーん、ちょっと考えさせてください。」
 
一晩考えた私は次の日にこう言いました。
「『ハッピーサイクル』で行きたいと思います。」
「うん、それはいいな。それで行こう。」
二十年前のことです。それ以来、私はこの言葉を言い続けてきました。
 
ただ、それを言い続けて、何かが魔法のように変わることはありません。二十年間それを言い続けて人から受ける反応は、ひと言でいえば、「冷笑」でした。
 
もちろん表面上に罵る人はそういないのですが、九割九分の人は「それは素敵な考えですね。」と無難な賛辞を述べ、その実、眼の奥の光には冷笑の感情が見えます。私は人が心にも無いことを言う時に、それを眼の光で判別する感覚がなぜか異様に鋭いです。
 
良いことだけではありません。あらゆる非難や抵抗を受けることもありましたが、それでも私が言い続けるのは、体験に基づく確証があるからです。私はそれが起きることを見たし、起こさせる方法も知っている。
 
これが茨の道であることはある意味当然で、会社の経営陣、すなわち方向性を決める権限を持った人に現場出身の人なんてほぼ皆無なわけですから、私が目撃したことを彼らは目撃していないわけです。
 
表向き「安全第一、従業員第一」とか言っておきながら、限られた幹部の空間になると「ああいうレベルの奴らは時給の百円二百円の違いだけで生きているだけだからさあ」と言う。そんな出世コースのエリートなんて幾らでもいます。口惜しい思いもたくさんしました。
 
さて、そんなことも二十年間、愚直に言い続けました。そして先日。
 
私はテキサス州の工場にいました。工場の係長以上のマネージャー40名が、一日時間を空けて私を待っています。
 
私はこの数年間、米国のグループ工場、主に西海岸の4工場を順番に滞在しながら組織風土改革に取り組み、利益改善を達成することに成功してきました。その方法論、私が設計した製造現場チームビルディングのワークショップを体験したいということで私はテキサスに呼ばれたのです。

一日のワークショップの終わりに、私は幹部たちに向けて、こんなメッセージで結びました。
 
「皆さん、この工場には250名の従業員がいます。仕事は人生の全てではありませんが、人生の多くの時間を私たちは職場で過ごします。皆さんリーダーの仕事は、この250人を幸せにすることです。今日も一日、良い仕事をした。私はチームに必要とされている。そんな充実感を持って帰宅すれば、それは自宅で待つ家族にもきっと影響を与えるでしょう。そう考えれば、私たちは1,000人の人々を幸せにする仕事をしているのです。誇るべき仕事だとは思いませんか。」
 
いかにも無骨なテキサス風アメリカ人たちが、固唾を飲んで聞いています。「今私たちが一番必要としているヒントをこの日本人は言っている」、そんな色が顔の表情から見て取れます。
 
アメリカ人はビジネスに対してはドライだ、そんなイメージ先行で思っていらっしゃる方がいるかもしれません。日本のような浪花節は通用しないだろう、と。ですが実際の実践の経験からすると、こういうコンテクストは、今やむしろ日本よりはるかに米国の方が受容性が高いと感じます。
 
単純なことも二十年間言い続けてみるもんだなあ、というお話しでした。


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