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21世紀のジャズ入門



「ジャズを聴いてみたいから、お勧めを教えて?」

こう聴かれたら、ジャズリスナーの皆さんはどの作品を選びますか?



つい最近まで私は、ビル・エヴァンス「Portrait In Jazz」ジョン・コルトレーン「Ballads」、そしてインコグニート「100°and Rising」を選んでいました。
前2者については誰もが認める名盤で且つ万人受けしそうな作品からピアノトリオ作品とホーン作品を1枚ずつ、そしてインコグニートは“ジャズのテイストを取り入れた最近の音楽”というのが選出理由です。

先日Twitterで「 #これからジャズ聴いてみたい方への3枚 」というお題タグが盛り上がっていたのですが、私以外にも多くの方が1950年代〜60年代のビバップやハードバップ、或いはマイルス・デイビス、ジョン・コルトレーンの諸作品あたりを挙げていました。
ジャズ名盤を紹介している本や特集も概ねこの時代の音楽を中心に構成されている印象です。確かにジャズといえばこの頃の作品をイメージする方が多いでしょうし、実際誰もが認める名盤も揃っていますので、ジャズの入門盤としてこの時代の作品を挙げるのは自然な成り行きと思われます。

その一方で、「Portrait In Jazz」も「Ballads」も今から60年前の作品です。「100°and Rising」もリリースから既に20年以上経過しています。

これではロックを聴くならビートルズやローリング・ストーンズから、クラシック音楽を聴くならバッハから聴けと言っているようなもの。それは音楽に対して無尽蔵に時間を裂けるごく限られた人でなければ膨大な音楽と向き合わなければならない過酷な作業になってしまうでしょう。

それを機に、もっと最近のジャズ作品をお勧めするなら何がよいのだろう、と私は考えるようになりました。



かくいう私自身も20年近くジャズから遠ざかっていました。昨年から改めて最近のジャズを聴くようになり、従来のジャズの概念を超越する多種多様な興味深い作品に溢れていることに驚かされている次第です。

ただ、あまりにも多様化したことで、他のジャンルを聴いてきた人が試しにジャズを聴いてみようと思っても一体何から聴いたらよいのか判りづらくなっているのは否めず、またサブスクリプションで何でも聴けてしまう便利な時代だからこそ逆に選ぶのが難しくなってしまっているようにも思います。

そこで今回、21世紀のジャズ作品の数々から、2022年現在のジャズの現状を反映しつつ入門編として比較的親しみやすいと思われる名盤を選び、それぞれについて僭越ながら解説を加えてみました。ジャズを聴いてみたいけれど何から聴いたら良いか解らないという方の参考になれば幸いです。

ジャズリスナーの方からは選盤について様々なご意見があると思われますが、音楽好きな一素人の見解としてご笑納いただければ幸いです。


1. Robert Glasper Experiment「Black Radio」

4ビートを基本とし、ベースxドラムスxピアノまたはギターというトリオ編成、更にサックスやトランペット等が入るカルテットやクインテット編成で各プレイヤーが順にアドリブを回すというジャズの基本形は、1990年代にはこれ以上進化しようがないところまで完成度を高めていました。

これに対して新たなジャズの模索という試みも同時進行されてきました。1980年代はジャズにロックやファンクの要素を加えたクロスオーバー/フュージョンが全盛期を迎え、1990年代はR&Bやヒップホップの要素を取り入れたアシッド・ジャズが流行しました。
アシッド・ジャズの流行は2000年代に入り衰退したようにもみえましたが、ジャズとR&B〜ヒップホップとの融合についてはより踏み込んだ追求がなされていました。それを明確に提示した金字塔といえる作品が10年前の2012年にリリースされたロバート・グラスパー「Black Radio」です。

ジャズ・ピアニストとして順調にキャリアアップを積み重ねてきたロバート・グラスパーですが、その一方で新たなジャズの探究にも取り組んでいて、「Black Radio」の前作にあたる「Double-Booked」は前半に従来の流れを踏襲したピアノ・トリオでの演奏曲を揃えつつ、後半にはデリック・ホッジ、クリス・デイヴ、ケイシー・ベンジャミンと組んだRobert Glasper Experimentによる実験的な試みを形にしました。それは例えばラッパーMos Defを迎えたヒップホップな曲『4eva』や、ヴォーカリストBilalを迎えてジャズとの融合を図った『All Matter』などでした。

そしてそのRobert Glasper Experiment名義でリリースされた「Black Radio」は、ジャズ・ミュージシャン4人によるユニットでありながら曲毎にネオソウル〜ヒップホップ界のゲスト・ヴォーカリストを迎え、ヴォーカルを主役に据えながらジャズ・プレイヤーによるネオソウルを追求した画期的な作品となりました。

アルバムの中でも象徴的に語られることの多い2曲目『Afro Blue』の原曲はモンゴ・サンタマリアのアフロ・キューバン・ジャズ味溢れる超有名曲ですが、ネオソウルの女王、エリカ・バドゥをヴォーカリストに迎え、原曲とは全く趣の異なるジャズの質感を盛り込んだネオソウルに仕上げています。
従来のジャズ・ヴォーカル作品では、主役はヴォーカルでピアノトリオが伴奏、そして間奏でピアノがアドリブを弾くという役回りがほぼ決まっていました。ですがこの『Afro Blue』においてフェンダーローズやピアノはよくあるバッキングのような奏法はとらず、間奏でアドリブを弾くようなこともせず、従来のジャズ的なアプローチとはまるで違っていて、でも出している音は紛れもなくジャズであって、単にジャズ・ミュージシャンがネオソウルをカバーしたのではない新しいサウンドがそこにはあります。

他にもオリジナル曲に加え、デヴィッド・ボウイやニルヴァーナなど、一見ジャズやネオソウルとはかなり遠い位置にいそうなアーティストの作品をカヴァー曲として採用しているあたり攻めの姿勢を感じさせます。

この「Black Radio」がリリースされた翌年の2013年に続編的な「Black Radio 2」、更に8年半の年月を経て2022年2月に「Black Radio Ⅲ」がリリースされました。この「Ⅲ」は初作から年月を経て更に熟成されたハイブリッドサウンドに仕上がり、2020年のBLM運動でインパクトを呈したKiller Mikeを2曲目『Black Superhero』にゲストMCとして招くなど、ヒップホップ的な強いメッセージ性も内包しています。今から「Black Radio」シリーズを聴こうという方は「Ⅲ」から聴いてみてもよいでしょう。

今や音楽学校で学ぶ難解で近寄りがたい音楽となってしまった現代ジャズですが、元々は酒場で見よう見まねで習得する音楽であり、人々の(特にアフリカにルーツを持つアメリカ人の)隣にある音楽でした。
その点ではR&Bやヒップホップと本来の立ち位置は変わらないはずです。

この「Black Radio」シリーズは斬新なアイデアである一方で、アフリカにルーツを持つ人々の隣にある音楽というジャズの原点に立ち返った作品でもあります。
R&Bやヒップホップを聴く感覚でこのアルバムを聴く、それはグラスパーの願うところであり、今後のジャズのスタイルの一つなのでしょう。


2. Esperanza Spalding「Radio Music Society」

“Radio”というワードがタイトルに入ったのは恐らく偶然と思われますが、「Black Radio」と同じく2012年にリリースされたエスペランサ・スポルディング「Radio Music Society」もまた、新たな時代のジャズとして鮮明な印象をもたらした作品です。

ベーシスト兼ヴォーカリストであるエスペランサ・スポルディングはジャズの名門バークリー音楽大学を飛び級で卒業すると、最年少で同校の講師になり、パット・メセニーなど名だたるミュージシャンに評価されるなど才女エピソードに事欠きませんが、ジャズ作品でデビューするとその後はブラジル音楽→管弦楽→R&B→ロック→スピリチュアルとその音楽性を作品毎に目まぐるしく変化させて現在に至ります。

「Radio Music Society」は彼女自身が「ジャズ・ミュージシャンがいわゆるポップ・ソングのフォーマットに近く分類される曲の形式やメロディを探求したもの」と語るように、彼女のアルバムの中で最もフレンドリーな作品です。プロデューサーはA Tribe Called Questの一員で数多くのプロデュースも手掛けるQ-Tip。

このアルバムに収録された音楽は、どれもジャズの顔つきはしていません。
むしろジョニ・ミッチェルやキャロル・キングなど、アメリカの王道ともいえる音楽シーンの系譜を受け継ぎ、そこにジャズやR&Bのグルーヴを込めたような、ポジティブに溢れたアメリカらしい音楽です。

例えば5曲目『Black Gold』は分類するならR&B〜ファンクですが、ジャズの流儀を継承するきめ細かな音粒とビートが洗練された印象を与え、彼女の天性の持ち味である天空を突き抜けるようなオーガニックで開放感溢れるヴォーカルとグルーヴィーなベースが実に心地良い曲です。日頃ポップミュージックやヒップホップ、R&Bを聴く人も自然と親しみを持てるのではと思います。

今でこそエスペランサ・スポルディングをはじめ、ミシェル・ンデゲオチェロ、ヌバイヤ・ガルシアなど女性ジャズ・ミュージシャンが活躍するのは当然のこととして受け入れられていますが、1990年代以前はそもそもヴォーカリスト以外の女性ジャズ・ミュージシャンは希少な存在でした。このように女性ミュージシャンが新たなジャズを切り開く存在となったのも21世紀の新たな潮流といえるでしょう。

最近はスピリチュアルな方面に突き進んでいた彼女ですが、「Black RadioⅢ」では久々にQ-Tipと共にグルーヴ全開の曲を聴かせてくれています。


3. Brad Mehldau「Jacob’s Ladder」

90年代から活躍し、今や最も注目されるジャズ・ピアニストの一人となったブラッド・メルドー。彼は叙情的なプレイスタイルで人気を集める一方で、レディオヘッドの曲やビートルズの曲をカバーしたかと思えば、バッハの平均律にインスパイアされた「After Bach」や聖書の世界を題材にした「Finding Gabriel」など想像の斜め上をいくコンセプトアルバムを手掛けたりなど、独自路線の音楽を提示しています。

彼自身はフロリダ出身の生粋のアメリカ人ですが、音楽の背景はクラシック音楽やブリティッシュ・ロックなど、どちらかというと欧州の音楽の影響をうけているらしく、彼のプレイスタイルもその辺りを反映している印象です。

あまりにも幅広い音楽性から、一体どの作品から聴いたら良いのか迷うところですが、全ての作品に共通するのはメルドーの研ぎ澄まされた美意識の高いピアノ。彼のピアノには不協和音に顔を歪める場面がありません。そのため、扱うジャンルが変幻自在であっても安心して聴けるピアニストともいえます。

そんな彼が2022年3月にリリースした「Jacob’s Ladder」は新旧プログレッシブ・ロックのフレーズをモチーフにジャズとの融合を図った作品です。

冒頭曲『maybe as his skies are wide』はメルドーのピアノとヴォーカルのヴォイシングが織りなす崇高な調べが印象的ですが、この曲はプログレッシブ・ロック・バンドRushの『Tom Sawyer』という曲のサビのフレーズを反復しながら展開しています。この『Tom Sawyer』は7曲目にも収録されていて、こちらは原曲に近い構成でありながらジャズの趣きを所々に散りばめていて、両者と更に原曲を聴き比べてみても面白いです。

また『Cogs in Cogs』はGentle Giantによる原曲のフレーズを元に『Dance』『Song』『Double Fugue』の3パターンの音楽を提示しています。どれも原曲の持つプログレの香りを漂わせながら、表現形は全く異なっており、実に面白い試みだと思います。

プログレッシブ・ロックの有する構成力とクラシカルな旋律はゴシック調の格調高い音楽を演出しやすく、それはメルドーのテーマのひとつである聖書の世界の表現にも呼応するものであったのかもしれません。
このアルバムに収録されている音楽一つ一つはどこか神々しく、最後の『Heaven』は正にその極地。まるで天空の音楽のような純度の高い美しさです。

プログレxジャズというメルドーの試みはジャズの可能性をまた一つ広げてくれたように思います。


4. Sam Gendel and Sam Wilkes「Music for Saxophone and Bass Guitar」

LA出身のサックス奏者サム・ゲンデルは国境もジャンルも超えて現在最も多くの楽曲制作に参加するミュージシャンの一人です。

彼は自身のサックスの音色に独自のエフェクトを施し、多重録音とポストプロダクションの技術を駆使することで独自の音を構築しています。21世紀において多重録音やポストプロダクションを施したジャズ作品は珍しくなくなりましたが、加工した音自体が個性となっているジャズ・ミュージシャンはそう多くないように思います。

ゲンデルの音楽性について説明しようとするとどうしても抽象的になってしまうのですが、各楽器の音の輪郭をぼかして一体化させたような、例えるなら暖色系の水彩絵の具をパレットの中で混ぜ合わせて不均一に滲ませたような、あるいは目に映る光や色彩を表現した印象派の絵画のような、そんなイメージで自分は捉えています。

彼の代表作については迷うところですが、彼とたびたびタッグを組んでいるギタリスト、サム・ウィルクスとの作品はゲンデルらしさを余すとことなく表現された傑作といえるでしょう。

その一つ「Music for Saxophone and Bass Guitar」は2018年リリース当初カセットテープとレコードのみ発売されるも再プレスを繰り返しても即ソールドアウトを繰り返す幻の名盤として知られ、3年後CDリリースに至ったというエピソードを有している作品です。

サックスとベースによる作品ではありますが、初聴ではジャズというよりシンセサイザーを駆使した環境音楽のようでもあり、緩やかに流れていくミニマル・ミュージックはスピリチュアルとかアンビエントとかそんな形容詞が相応しく、その一方で音響の手法を除けばそのアプローチはやはりジャズに分類される音楽と思われます。

ゲンデルはジャズ・スタンダード曲を彼の世界観で表現したアルバム「Satin Doll」を2020年にリリースしています。半世紀以上前に一世風靡したジャズの巨匠達が聴いたら、これがジャズかとさぞかし驚くことでしょう。マイルス・デイヴィスには「どうやってこの音を出しているのか」と質問攻めにあうかもしれませんね。


5. Makaya McCraven「Deciphering The Message」

ビートサイエンティストと称されるドラマーかつビートメイカーのマカヤ・マクレイヴンの2021年話題作は、1950年代〜60年代のブルーノート・レーベルの作品をサンプリング素材とし、新たに録音した自らも含めたジャズ・ミュージシャン達による演奏もサンプリング元として織り込みながらリミックスしたという画期的な作品です。

1990年頃からジャズの音源をサンプリング素材とする様々な試みが本格的に行われるようになり、1993年リリースのUs3「Cantaloop」ではハービー・ハンコック「Cantalope Island」をほぼそのままヒップホップ・ビートに乗っけた斬新さが注目を集め、その後もマッドリブ「Shades Of Blue」をはじめその手法自体は今や珍しいことではありませんが、この作品がここまで話題になっているのはその作り込み方が半端ないからです。

私自身がサンプリング手法に詳しくないので上手く説明することができませんが、曲の構成自体を一から見直し、組み替えたり、重ねたり、更には足したい音源を録音して付け足したり、アナログ音源をDTM的発想というかパズルのような感覚で再構築されている印象です。そして当時のジャズの雰囲気を極力損なわずに違和感なく丁寧に現在進行形のビート・ミュージックに仕上げています。

そしてサンプリング元の原曲が、ハンク・モブレー、ケニー・ドーハム、ホレス・シルバー、デクスター・ゴードンetc、当時のジャズの味わい深さを堪能させてくれる燻銀の名曲ばかり。

例えば8曲目『Frank’s Tune』の原曲はピアニストJack Wilsonの1967年録音のアルバム「easterly winds」に収録されていますが、こちらはジャズ名盤リストの常連とは言い難い知る人ぞ知るアルバムです。私も原曲を聴いたことがなかったのでアルバムを通して聴いてみましたが、リー・モーガン(tp)、ジャッキー・マクリーン(as)、ガーネット・ブラウン(tb)による3管編成が効いた聴きどころ十分な味わい深い作品でした。

このように本作品は、タイトル通り先人達のメッセージをマカヤ・マクレイヴンが現代の文脈で解読してくれたことで、リスナーとしては現代ジャズとして聴きながら当時のジャズの香りを堪能できる、一粒で二度美味しい作品なのです。

ジャズが誕生して100年以上、その全ての音源に触れることは困難ですが、このようにリメイクした姿でご対面できるというのはジャズの新しい楽しみ方といえるでしょう。過去と未来の融合という取り組みは、まだまだ未知の可能性を秘めていそうです。


6. V.A.「Blue Note Re:imagened」 

前述のマカヤ・マクレイヴンはブルーノート作品をサンプリング元として再構築することで現代ジャズとして蘇らせましたが、所変わってUKの若手ジャズ・ミュージシャン達も過去のブルーノート作品を彼等流にアレンジすることで再解釈を試みました。それが2020年リリースのその名も「Blue Note Re:imagened」 というコンピレーション・アルバムです。

ジャズ発祥の地アメリカとも、クラシカルで美意識の高い欧州ジャズとも一味も二味も異なるUKのジャズ、実は今、急速な盛り上がりをみせています。

元々UKでは1980年代〜90年代にブリット・ファンク〜アシッド・ジャズが流行し、クラブミュージックとの密接な関係がありました。アシッド・ジャズという単語は21世紀に入って用いられることが少なくなりましたが、その土壌は更なる音楽を育み現在に至ります。

現行UKジャズの担い手はアフリカやカリブにルーツを持つミュージシャンが多く、UKファンクのみならず、ネオソウル、ハウス、ドラムンベース、アフロビーツ、レゲエ/ダブ等々、ソリッドなビートの効いた正に踊れるジャズがシーンの中心となっています。

こちらの作品で取り上げられているのは『Maiden Voyage』『Footprints』などお馴染みのジャズ・スタンダード曲からフランス人DJ、St Germainによる『Rose Rouge』などアシッド・ジャズ色の強い作品まで様々ですが、これらのブルーノート作品を4ビートではない上述のビートに乗せた現行UKジャズらしい音楽に仕上げています。

参加メンバーはシャバカ・ハッチングス、ヌバイヤ・ガルシア、エズラ・コレクティヴをはじめ、UKジャズを牽引するミュージシャンが勢揃いしています。中にはジョルジャ・スミスなど、どちらかというとR&Bに属するミュージシャンも参加しているのがUKジャズらしいセレクトといえます。

曲毎に異なるアーティストが演奏しているので飽きさせず、UKジャズのミュージシャンについて知ることもできます。
普通にお洒落なBGMとして流すもよし、興味を持ったらそのミュージシャンのオリジナル曲を聴くもよし、その曲の原曲を聴くくもよし。
様々な形でジャズの世界を広げてくれる、そんなアルバムだと思います。


7. Ezra Collective「You Can’t Steel My Joy」

前述の「Blue Note Re:imagened」にも参加しているUKのジャズバンド、エズラ・コレクティヴの2019年リリース1stフルアルバム「You Can’t Steel My Joy」は、UKジャズの美味しい所をもれなく網羅した充実度満点のアルバムです。

全13曲中同じビートパターンの曲はほとんど見当たらず、1曲目がアシッド・ジャズ、2曲目がアフロビートをベースにしたポリリズム、3曲目がレゲエ/ダブ、その後もUKガラージ、ドラムンベース、アフロビート、サルサ、ヒップホップといった具合。そしてその各々異なるビートを全て手打ちで叩いているという凄まじさで、でもそのサウンドはエズラ・コレクティヴのそれと判る統一感があり、眉根を寄せて挑むというより楽しんで取り組んでいそうな雰囲気があります。

ジョルジャ・スミス、ロイル・カーナーをゲストに迎えた曲以外はインストゥルメンタルで、これ一枚でUKジャズの全体像が朧げながら把握できる、UKジャズ入門に適したアルバムだと思います。

エズラ・コレクティヴは5人組のユニットですが、各メンバーは他のUKジャズのミュージシャンの音楽活動にもそれぞれ参加しています。鍵盤奏者のジョー・アーモン・ジョーンズはソロ・アルバムもリリースしていて、そこにはヌバイヤ・ガルシア、モーゼズ・ボイド、ミュタレ・チャシといったUKジャズ・シーンを動かすミュージシャン達が参加しています。

コラボレーションが活発なのもUKジャズシーンの面白さで、化学反応に次ぐ化学反応で続々と新しい作品を生み出し変化し続けるUKジャズの今後が益々楽しみです。


8. GoGo Penguin「GoGo Penguin」

ピアノ・トリオなのにバンド名がついている時点で只者ではないマンチェスター出身のGoGo Penguin。初めて聴いた時はこれがアナログなピアノ・トリオの音とはにわかに信じられませんでした。

彼らが自らの名称をタイトル名とした2020年リリース「GoGo Penguin」を通して聴いていただくとその独自性が伝わると思います。

ブレイクビート的なジャストで叩く複雑なドラムス、ループを多用したミニマル・テクノのような構成、ブルーノートスケール(半音下げた3度、5度、7度を入れた音階)を使わずアヴォイドノート(スケールにない、不協和音に聴こえる音)を排除した旋律、透明度を上げて体感温度を下げて先鋭化させた音処理の手法など、様々な特性がジャズらしさを薄めてエレクトロニカやアンビエント的な佇まいを強調しています。

調和のとれた美意識高い端正な音楽は、とことんクールである一方で、エレクトロニカを手弾きでどこまで実現できるかという内に秘めた野心も感じさせます。

ジャズ以外の音楽、特にエレクトロニカやミニマルテクノ、アンビエント・ミュージックを好んで聴く方には聴きやすい音楽だと思いますし、BGMにも適している音楽です。とりあえず何かカッコいい音楽を聴いてみたいというニーズにも合うのではと思います。


9. Antonio Loureiro「Só」

欧米以外の地で古くからジャズと深い結びつきのあった国の一つがブラジルです。「Getz/Gilberto」「Native Dancer」など、ジャズ・ミュージシャンとブラジルのミュージシャンが共演した名作もあれば、ジャズ・ミュージシャンがボサノヴァやサンバなどのブラジル音楽を演奏した作品も数知れず。

そして近年のブラジル出身ジャズ・ミュージシャン達も素晴らしい作品を世に送り出しています。その一人、SSW・マルチ奏者のアントニオ・ロウレイロはその芳醇なブラジル音楽を土台にしてジャズの要素を取り込んだ力強く美しい独自の音楽を生み出し、最近は国境を超えた共演やプロデュースでもその音楽性を発揮させています。昨年は日本人ギタリスト、笹久保伸の「CHICHIBU」に参加していました。

2018年にリリースされた彼の代表作「Só」は1960年代から発展したブラジルのポピュラー音楽MPB (Música Popular Brasileira) にみられる壮大なスケール感と繊細な侘び寂び(ブラジル流に言えばサウダージ)、ジャズとクラシック双方の要素を感じさせる端正なピアノの旋律、そして彼のエモーショナルなヴォーカル、これらが織りなす珠玉の美しさは唯一無二です。

21世紀は米英以外の音楽にも非常にアクセスしやすくなりました。同時に各地のアーティストが積極的に他国の音楽を取り入れてより興味深い音楽を世に送り出すようになっているようにも思います。

例えばブラジルの隣国アルゼンチンでは、土着のフォルクローレの味わいを残しながらジャズやクラシック、インディー・ロックなど多様な音楽を取り込んだ新世代フォルクローレと呼ばれる一連の音楽が注目されています。
あるいはアルメニア出身のティグラン・ハマシアン、イスラエル出身のアヴィシャイ・コーエンなど、欧米や南米以外の出身で世界的な知名度を誇るジャズ・ミュージシャンも出てきています。

世界各地のこういったミュージシャン達の作品を聴いていると、自国の音楽のストロングポイントを客観的に理解していて、そこにジャズ的な音楽手法を用いつつ正面から向き合っているような印象を持ちます。単なる切り貼りではなく、独自の調合により新しい音楽を自ら創造していく、そしてそこには自国の音楽に対する愛が溢れています。

その辺りを意識した日本のミュージシャンはまだまだ少ないような気がしていて、もっと日本人が日本の音楽を誇れるきっかけとなる作品が世に知られたらと思わないでもないです。

そんなこんなで今後も世界各地の多種多様なジャズに注目していきたい所です。


10. Ambrose Akinmusire「on the tender spot of every calloused moment」

今や変化球ジャズが主流派となってしまった感のある21世紀ジャズですが、そうではなく生粋のジャズを聴きたい、という方にお勧めしたいのはトランペット奏者アンブローズ・アキンムシーレのアルバムです。

彼自身は音楽背景にジャズ以外の様々なジャンルを経ているようですが、彼のプラットフォームはあくまでもジャズ。2020年にリリースされた「on the tender spot of every calloused moment」はジャズの王道ワンホーンカルテット作品で全てオリジナル曲であり、ヴォーカル入りの曲もありますが大多数はビバップから脈々と受け継がれ先鋭化した生粋のジャズです。

各種コンペティションで優勝したトランペッターとしての実力と、彼と長年共に演奏を重ねてきた朋友であるバンドメンバー達との緊張感に満ちた音の競演は実に素晴らしい。
ビバップに始まった個と個のぶつかり合うジャズの醍醐味をこれ以上ないレベルで存分に楽しませてくれる彼らの演奏は“狭義のジャズ”の最高峰といえそうです。


以上、21世紀のジャズ入門という観点から、10作品挙げさせていただきました。
これからジャズを聴いてみたいと思っている方に向けて、なるべくジャズの文脈を使わずに書いたつもりですが、自分に合った音楽かどうか判断するのは実際に聴いてみるのが一番だと思いますので、是非リンクから辿って聴いてみてください。
あなたの音楽の世界を広げてくれる1枚が見つかるかもしれません。






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