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伊豆大島、結局人との交流が一番の思い出になる。

黒い海を見ながら、一人フェリーで伊豆大島に向かっている。念願だった伊豆大島。小田急線の車内で見た御神火ライドの広告を見た時から、ずっと行きたかったんだ。こんな素敵な景色がこんな近くにあるんだと。

元々天気予報は良かったはずなのだが、前日から激しい雨。朝も雨はまだ続いていた。伊豆七島のうち六島への便は欠航。大島も直前で引き返してくるかもと。なぜか大丈夫な気がして黒から灰色に変わっていく海をずっと眺めていた。

なんとか岡田港に到着。着いたらしっかり雨が降っている。く~、ちょっと前まで天気予報は晴れだったのに。でも次の日は確実に晴れそう。私の目的はサイクリング。あの素敵な景色を自分の眼で見るのだ。それは明日にとっておこう。

今日は次に行ってみたかった三原山にどうしても行きたい。これから雨が止んできそうだしなんとかなるんじゃない? そう思って、三原山行きのバスに飛び乗った。

乗客はカップル2組と私だけ。三原山に近づけば近づくほど、雨ではなく霧が立ち込めていく。徐々に20メートル先がやっと見えるくらいの霧の中へ。こわっ。運転手さんよく普通に運転しているな。ビクビクしながら乗り続ける。景色がまったく見えず霧はさらに濃くなり、不安が募っていく。

バスの終点、三原山山頂口。うおー、全く何も見えん! しかも次のバスは3時間後。霧で何も見えないのが不安すぎて、思わず運転手さんに確認してしまった。3時間、何をしたらいいんだ?!

そういえばカフェがあるとどこかで見た気がする。手探り状態で歩く。見つけた。お店に入るととても感じのいいお兄さんが出てきてくれた。ほっとした。客は一人もいない。することがないのでとりあえず昼食を食べる。よく煮込まれて野菜の甘みがしみだしたカレー。お兄さんの優しさと相まってとても美味しかった。他にお客さんもいないのでお兄さんがいろいろと教えてくれる。本当はここからこんな景色が見えるんだよって写真を指差す。噓でしょ? こんな綺麗な景色が見えるんですか? と言ってしまった。だって本当に何も見えない。

ちょっと歩くのも危ないですかね?と聞くと、道がちゃんと幅があるししっかりしているから上の神社までは安全に行けるよといい情報を教えてくれた。3時間もすることないし、ちょっとだけでも見てくるか。お兄さんに感謝しながら歩き出す。雨は完全に止んでいて問題は霧だけだった。

本当に先が見えないので自分の半径数メートルを見ながらゆっくり歩く。3時間つぶさねば。先や遠くの景色が見えないおかげで、自分の周りに生えている植生を楽しみながら歩くことができた。う~ん、なんか本土で見る山や木と違う。木が全部低い。別の種類が生えているというよりは生え方が違うというのか。これが火山ってことなのかな。

標高が高くなり風を遮る木がなくなってくると同時に風が強くなる。だんだんかがみながら歩く自分がいた。これは…戻ろうかな。いや、でももう少しで神社だし。迷いながら前に進む。油断すると足元がすくわれそう。霧で1メートル下も見えないので、風に吹き飛ばされたら雲の上から地上に落ちるんじゃないか。本気でそんな心配をしていた。

やっと山頂に到着。神社は山頂から数メートル下ったところにあった。下りの道の先に鳥居。その1メートル先は何も見えない。めっちゃ風が吹きつける。え~、本当に下に落っこちない? 恐る恐る通ってなんとか参拝。地上には落っこちなかった。良かった。

三原山ハイキングのハイライト、お鉢巡りは…と思って火口の方へ体を向けると、「こっちへ来るな!」という勢いで凄まじい風が向かってくる。立っているのがやっと。これはもう「神様がこっちへ来ちゃいけないよ」と言っているな。すぐに下山することにした。

標高が下がるとほっとした。風を遮ってくれる木々ってこんなにありがたいのかと。自然と生きてきたはずなのに、そんな当たり前のこと都会に住んでいると忘れているのだな。


地理好きにたまらない地層大切断面

帰りのバスまでまだ1時間以上ある。さて、どうするか。カフェのお兄さんに白い建物の中にジオパークという展示館があって、ガイドんさんもいるよと言われたのを思い出す。
中に入ると先着のご夫婦が話を聞き終わるところだった。一人で展示を見ているとガイドのおじさんが話しかけてくれた。

小さいころニュースで見ていた三原山の噴火。どのように起こったのか、どんな威力だったのか、どのように避難したのか教えてくれた。
「溶岩を避けるだけなら安全な地域はあったんだよ。でも、溶岩が流れ出た方向がこっちだろう? 港が2つとも使えなくなってしまう。だから全島避難になったんだ」
とてもリアルな話だった。

地理や歴史が大好きな私はおじさんと20分近く話していただろうか。おじさんは植物にも詳しくてずっと話していられた。他にお客さんもいなかったので長いこと相手をしてくれた。別れ際に「もし明日も天気が悪かったら、私は歴史資料館にいるから遊びにおいで」。そう言ってくれた。

帰りのバスが来るまであと30分弱。さて、カフェのお兄さんに御礼を言って、コーヒーでも頂こうか。カフェを除くと立派なおじさま7,8人がいた。「なんで急に人が?」。なんとなく邪魔してはいけない気がして、もう一軒あった食堂へ。

食堂のおばさまにコーヒーを飲ませてくれないかと言うと、愛想よく「どうぞ」と。「隣のカフェに町の偉い人と、北島康介さんが来ているのよ。うちでコーヒーでいいの?」と言われたので「じゃあ、ここで!」と返すと笑ってお会計をしてくれた。

お土産コーナーの奥に、驚くほど広い食堂が。100人ぐらい食べられるんじゃあ。「はい、リモコン置いておくね」とテレビのリモコンを渡される。お客は私一人。テレビをつけながらあったかいコーヒーを頂く。冷えた体と強風で緊張していた心がゆるんでいく。

帰りのバスが来た。来た時と同じ運転手さんだった。お迎えに来てくれた感じがした。町に下りると空が明るくなっていた。山頂の天気が嘘のよう。

三原山山頂口にはカフェとジオパークと食堂しかない。山頂で出会える大島の方、すべての方にお世話になった。三原山の壮大な景色はそのかけらも見れなかったのに、不思議な満足感が胸に広がる。

お客さんだからと媚を売るわけでもなく、ただそのまま目の前の人に親切にする。そんな素朴な優しさが忘れられない思い出に。

晴れたら近くの島や富士山も見えるサイクリングロード

「秋はね、一面すすきでね。幻想的で素晴らしいんだよ」

カフェのお兄さんが教えてくれたのを思い出す。
「またおいで」ってことか。
次は両親と来ようかな。あったかいこの空気を教えてあげたいんだ。

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