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【詩】父よ

   1

老人病棟に飛び交う幼児語に
いらだちながら
まれに機嫌のいいとき
父はヒゲをそらせる

生気をなくした肌を走るカミソリ
小さなきっかけで薄く血がにじむ
簡単に削がれる薄紙に
いのちの向こうが透けて見える

   2

天気いいよ、と看護師が言う。
起き上がれない父に見えるのは窓だけ

青空ははるかに遠い
若いころに仰いだ満州の空ほどに

   3

ざぶとん抱えて戦車の下に飛び込む
ことの意味が
子どもにはわからなかった
それが俺の人生だったとつぶやいた父の目に
浮かんでいたのは苦い雲
初老に近くなった今、失われた父の人生と声をはじめて悲しむ

   4

半透明の管が病床に伸び
不明瞭な影を落とす
わずかにつなぎとめられたいのち
うすく開かれ乾いたくちびるに
言葉は崩れ去る

その濁りの奥に
まだあの時の意志はあるのか
父よ

 (『詩人会議』2016年9月号)

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