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矢部明洋のお蔵出し 日記編2000年8月


●8月某日 地べたの蟻を見る 

 朝、みえぞうを保育園を送るべく、2人で駐車場まで歩く。
 歩かせるとみえぞうは道草ばかりくう。
「あっ、ぶしぶし(虫虫)くん しんでるよ!」
と言って地べたにひっくり返ってるカナブンなどを見つけては指差し、大仰に驚いてへたり込む。
 虫の死骸には当然のように蟻が群がるもので、続いて
「あっ、ありさん! ありさん、うごいてるよ」
と蟻を指差す。
 こうして、しばらく虫の観察が続く。
 しかし、こうして地べたに座り込んで蟻を見るなんて何十年ぶりのことだろうと、感慨に浸ったりもする。見ていると蟻以外にも多くの生き物が目に入る。
 視線は低く、志は高く、暮らしてゆきたいものだと、しんみり思う夏の朝であったのだが、そうゆっくりみえぞうの虫道楽につきあってるわけにもいかず、抱きかかえ先を急ぐ。
 


●8月某日 不漁の日 

  休みだったので防府のシネコンへ映画を見に行く。
 だいたい週1回のペースで映画コラムを書いてる都合上、書くに値する映画を見なければならない。
 この日はジャッキー・チェンの新作『シャンハイ・ヌーン』が封切られたので「これでいけるかな」と見たのだが、よくない。個人的にはジャッキーはアカデミー賞特別賞をあげてもいいくらいの立派な映画人だと評価しているが、この程度の出来の作品でとりあげるのは彼のこれまでの業績に対して失礼だと思い、やめにする。
 取り上げる作品に困って、SMAPの香取慎吾なんかが出てる『ジュブナイル』を見た。最後までつきあったが、なんじゃこりゃー。特定商品やコンビニの宣伝臭が強くて白けてしまった。こういうのを見ると、我々の幼年時代は東映まんがまつりやゴジラ、ガメラの全盛期でなんて幸福だったのだろうと思ってしまう。小学校高学年になるとブルース・リーまで登場してくるし。
 来週のコラムの材料にめどがたたないまま映画館を後にする。
 夕食の後、維新公園の野音であった野外映画会に一家3人で出かけ『トイ・ストーリー2』を見る。みえぞうは劇場映画初体験。心配したが飽きることなく見ていた。私も2回目だが、よく出来ているので飽きない。野外映画会というのは子どもが騒いでいても気にならなくていいね。というか、「やったー」とか「うっわー」とかの声が上がる方が景気がついていいような雰囲気で、家族で映画を見るには最適だ。ぜひのこと夏はあちこちでやってほしい。
 


●8月某日 真夏の夜の虐待 

  寝苦しい夏がやってきた。去年の今ごろも似たようなことを書いた記憶があるが、相変わらず妻子の寝相の悪さに苦しんでいる。
 まずアル中の愚妻が「みえぞうを寝かせ付ける」と言いながら、酔いにまかせて先に寝てしまう。起き残ったみえぞうを寝かせるのは私。愚妻は早々と大口を開け、いびきなども高らかにかいている。夜半になると歯軋りが加わる。さらに屁などもこく。さらにさらに大人しく真っ直ぐ寝ていない。確実に90度には回転する。
 一方のみえぞうも、ごろごろ転げ回る。どうやら無意識のまま涼しいところを求めて動いてるようで、開け放った窓の近くを目指したり、布団から飛び出し畳の上で落ち着いたりする。
 一応布団3枚敷いて寝ているのに、極悪寝相人2人が2~3枚にまたがって寝るので、私は隅っこで丸くなるしかない。
 秋の訪れが待ち遠しい。
 


●8月某日 夏休み・京都日記1 

  朝イチの新幹線で京都に向う。車中、みえぞうは寝てくれ、吉川潮の『浮かれ三亀松』を読む。竹中労の手になるアラカンの一代記といい、マキノ正博の自伝といい戦前の大物芸人(マキノ御大は監督ですが)の話は遊び方が半端でなくておもしろい。
 京都の実家に着くと次弟の子らが来ていて、夕食後みんなで花火をした。
 


●8月某日 夏休み・京都日記2 

  親戚と滋賀県朽木村の温泉&プール併用施設に行く。あいかわらずみえぞうは無謀な水遊びぶりだった。この辺りは京都北山から若狭湾へと一本の川がながれており、川沿いの道は鯖寿司でおなじみ、いにしえよりの鯖街道として知られている。
 近年も若狭へ海水浴に行く車や、京都北山や比良山への登山客、釣り人くらいしか通らなかった所なのに、今回出かけて驚いたことには、川沿い至るところにテントが張られ大勢の家族ずれが遊んでいた。京都市内から海までは遠すぎるので川で遊べばいいんだよなー。でも川は怖いんだよね。
 


●8月某日 夏休み・京都日記3 

  せっかく名画座のある街に帰ってきたので、東寺の近くのみなみ館へ出かける。
 まず1本目は『ヴァージン・スーサイズ』。コッポラの娘が監督した映画らしく、なんじゃこりゃーの出来でした。
 2本目は『ナヴィの恋』。沖縄もので、けなす人がいないほど評判はよく、ほめる人の気持ちも分かるが、好みではなかった。あーあ、という気分で、帰って銭湯に行く。帰郷して以来、毎日あっつい湯と、気が遠くなるほど冷たい水風呂に交互に浸かっているせいで持病の腰痛の具合はいい。 


●8月某日 直木賞 

  直木賞を受賞した『GO』を読む。『岸和田少年愚連隊』を世に送り出した「本の雑誌」の好きそうな読みやすい物語だった。集中すれば2時間で読めます。しかし、これじゃ良く書けたシナリオといった方がいい出来で、小説としては? と疑問符もつく。これが賞を取って、なんで何年か前は『血と骨』が落選したのか解せない。
 


 

  


●8月某日 プールのみえぞう 

  休日の午前中は、寝ている極妻を放置して、みえぞうと市営プールに行く。みえぞうは背も立たないくせに深い50mプールに入りたがる。足だけ出して腰掛けられる浮き輪に乗せ引っ張り回しているうちに、何と浮き輪が転覆した。普通の浮き輪がひっくり返っただけなら、体はスルリと脱け出るものだが、足穴に腿まで突っ込んでいるみえぞうは浮き輪と一心同体の状態で、足だけ水面に突き出し(映画『犬神家の一族』状態)し、上半身は水面下に。間違いなく溺れており、あわてて元の状態に戻そうとするが、慌てるとスムーズに事は運ばないもので、浮き輪を横にゆすったり無駄というか事態を悪化させる救助活動の末、十秒後には(多分)みえぞうは大気圏に復帰できた。すぐ側で見ていた監視員のネーチャンの視線は「バカな親子っ」と言っていた。 


●8月某日 フグ追悼 

  K―1の人気者、アンディ・フグが亡くなった。午後7時のNHKニュースで知り、びっくりした。
 フグを初めて見たのは、10年ほど前の、緑健児が優勝した時の極真の世界大会最終日だった。場所は当然のごとく東京体育館。やはりK―1にその後、進出したフィリォと対戦し、審判のジャッジに忠実過ぎる余り不運なKOを喫した。前回の世界大会で松井章圭・現館長と決勝を争った選手だけに注目はしていたが、深く印象に残る選手ではなかった。
 その後、正道会館に移ったフグは、翌年の同館主催の「格闘技オリンピック」に現れた。正道の柳沢相手に、かかと落としを決めまくり、極真の強さをみせつけた。同時に闘技場のおいて醸し出すムードや、武道の美を体現したような挙措に格闘技ファンは魅了された。極真はやはり独自の文化があり、外に戦いの場を求めた時の輝きは尋常ではないとその時、思った。
 当時はバブルがはじけ、日本人の多くが、「この国は何かおかしいゾ」と思い始めた頃だった。青い目の武道家が、日本人以上に日本人らしいパラドックスも、ファンの感情移入を促したと思う。加えてフグは極真で頂点に迫っただけあり、技量と共に、そのハートも本物だった。
 それから正道会館の売り出しが始まった。対村上竜二選、対角田選と、私もご多分に漏れず見にいった。当時「フグは見逃せない」とファンに思わせたのは、彼の技量が美しく、かつ強かったことは無論だが、バブルに踊って見失った何かを、空手という日本の伝統美に求めようとした衝動も観客の中に確実にあったと思う。
 空手家相手のグローブマッチを数戦こなし、アンディはK-1に参戦する。しかし顔面有りという、極真空手とはルールと技術体系が天と地ほど違うキックボクシングの試合に彼は苦戦する。顔面を殴り合うボクシング技量で彼は明らかに他のキック選手に劣っていた。2年続けて1回戦KO敗の彼を見て、その後まさか優勝するとは誰も思わなかったのではないか。優勝した大会は、組み合わせ的に恵まれた面もあったが、あのメンバーで頂点に立ったのは事実であり、敗れて以来積み上げた努力は見上げたものだ。
 例えK-1のリングであっても、格闘技ファンはいつもアンディの戦いに「極真」を見ていたのだと思う。人気選手になっても「押忍」の精神を体現していた彼は、日本人以上に日本人らしい特別な選手だった。おそらく日本人が一番愛したスイス人だったろう。
 合掌。
 


●8月某日 いじらし、みえぞう 

  最近、帰宅すると、極妻がいつも酔っ払っている。
 先日注意すると、何と「酒やめる」と宣言した。
 ところが翌日帰ってみると、日本酒をコップ酒でやっている。追及すると「やめたのは焼酎」だという。ウソつきである。
 みえぞうも幼心に酔っ払いの母親は嫌いなようで、ついに焼酎の1升パックを押入れに隠すようになった。
 いじらしいのー。
 反省して、早くHPを更新しろ! この極妻め。 


●8月某日 いい映画 

  『サイダーハウス・ルール』を見た。いい映画だったなー。筋書きは、よくよく見てみれば、予定調和の、お決まりの展開で、監督も『ギルバート・グレイブ』の甘口監督なんだが、原作・脚本が、あのジョン・アービングで、得意のグロテスクな設定、エピソードが、監督のタッチとうまい具合に中和され、えもいわれぬ、いい出来になったようだ。今年のアカデミー賞は本当に、ウェルメイドないい映画がそろってたんだなー、と思った。『恋に落ちたシェイクスピア』がオスカーを独占した前年とは大違いだったようだ。間に合うなら、是非のことご一見を。

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