冬の月の夢

 夜半に目を覚ますと、電気を消した薄暗い部屋でボソボソと低い話し声がする。北海道の赴任先から父が帰ってきているのだ。石油ストーブの灯りがほんのりと周囲を照らす二組の布団が敷かれた十畳間で、父と母が酒を呑みながら会話している。
 潜り込んでいた布団を撥ね除け、ストーブの近くにいる彼らのもとへ這い出していった。
 近づいていくと、ストーブの鉄板の上で銀杏が焼かれている。
「あちっ。」
 慌てたような父の声。膝の上にのると銀杏の硬い殻を剥き、口に入れてくれた。苦くて甘い、不思議な味わい。
「そっちのも、ちょうだい」
 アルミホイルに包まれた銀杏の横で、みがきニシンが皮目を下にして焼かれている。香ばしい、いい臭いがする。
「小さいくせに、お酒のおつまみが好きな子」
 久しぶりに朗らかな母の声。
 兄と姉は明日も学校があるから隣の部屋で寝ているが、わたしは明日も学校を休むつもりだからずっと起きていても平気だ。部屋の中はむわっとした臭いが充満して暑いぐらいになってきた。
 つと、母が立って、西に張り出した窓を開けた。冬の清々しく冷たい空気が頬に触れる。
(あ、雪?)
 西の窓のすぐそばに白木蓮の大きな枝がのびて白くふかふかとした冬芽をたくさんつけているのが雪のように見えた。何重にもはりめぐる枝の向こうには白く輝く満月が真っ暗な空に浮かぶ。
 開けた窓から白く細い腕をのばし、木蓮の冬芽に触れる母の姿が銀白色のまばゆい月の光に照らされていた。

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