雨降星夜の話

「ねぇ知ってる?」

すれ違う心算だった僕はその声に驚き立ち止まる。表情を其の儘に振り返ると、問うた相手は妙齢の女性のようで風に揺れる黒長髪が妖艶な雰囲気を漂わせていた。暫し見惚れては瞬きを2、3回繰り返し、彼女が妖しげな笑みを此方に向けて或る御伽話を語る声に耳を澄ませる。

「雨が降っているのに星が見える夜があるんだって。その夜に望んだ事は全てーーーー」

「恰も今迄がそうだったかの様に叶う………あれ、?」

気付けば無意識に口が開き言葉を紡いでいた。意図しないその行動に不気味さを覚え目の前に居るであろう相手に目を向ける。しかしさっき迄其処にいた筈のその人は幾等見回しても視界に映らない。まるで最初から其処には何も居なかったかの様にそのヒトの存在は消えていた。

「……」

突然人が消えるなんておかしい、屹度もう先へ行ってしまったのだろう。しかも此処数時間は風なんて吹いていなかった、もしかしたら僕が疲れていて幻覚でも見たんじゃないか? 紛らわそうにも拭えぬ不審に冷や汗を流し、それでも僕の知る“現実”に於いて起こり得ない現象を認めたくない僕は無理矢理にでも頭を納得させようとする。笑い飛ばそうとでもしたのか、顔に浮かんでいる引き攣った笑みを消し乍その場を後にした。
“雨が降っているのに星が見える夜”
何処かの御伽噺の様な状況だな。と軽く嗤いを零し、歩を早める。早く家に帰ろう。そう思案すれば誰の目とも合わない様、お気に入りの帽子の鍔を強く掴んで深く被った。

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