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井上洋介の俳句 その二

井上洋介さんの誕生日の三月七日に投稿するつもりだったのに、すっかり遅くなってしまった。前回の続きで二〇一一年から二〇〇六年の分を収録した『朝日俳壇』を調べたところ九句見つかった(年鑑には掲載された日付までは載っておらず、縮刷版で確認する時間もなかったので日付は後日改めて追記する予定)。いずれも金子兜太選。

匙を手に春の闇を食べる人
(2010年4月第1回)

金子評「濃く生暖かい春の闇。それを睨んで大匙で食べている一人の男。生臭く独特の存在感」。井上さんの絵画世界がそのまま句になったかのよう。

がらんどうの頭に蓑虫ぶら下り
(2009年11月第1回)

金子評「個性的な美趣を味わう句」。「がらんどう」ということは蓑虫がぶら下がっているのは頭の中なのだろうか。

老人と蛞蝓(なめくじり)ただただ静か
(2009年6月第2回)

この両者を結びつける視点。

今宵の蟇(ひき)は庭いっぱいに膨らむ
(2009年5月第1回)

宮崎アニメにありそうな絵が浮かぶ。

天高し鉄棒の老人そつとゆれ
(2008年11月第1回)

金子評「まさに「老人」」。前出のものといい、老人の時間感覚をうまく捉えている。

寒卵ひたひに当てて諦める
(2008年1月第2回)

金子評「寒卵に愛嬌がある」。ひたひに当てるまでの諦め切れない時間を思う。

がちやがちや鳴いて頭ゆるくなり
(2007年10月第4回)

金子評「後半のとぼけた韻律に興趣あり」。これも老人ものだろうか。いずれみなゆるくなる。

春の蠅物喰ふ男を睨みたり
(2007年4月第3回)

蠅視点。遠近をぐっとひきよせる。

ダリの時計ぐにやりと千住の駅の闇
(2006年10月第4回)

金子評「前半は普通。「千住の駅」で独自に」。ダリの名前を出してしまったのがちょっともったいない。

十年で十三句はまあまあ常連といってもいいのではないか。もう少しさかのぼれるかもしれない。

句集『大階段』(トムズボックス、2007年)も入手した。階段をテーマにした木版画三十点、それぞれに句が付されている。木版画のイメージが先導しているような印象だが、三句を選ぶ。

石段の居眠り魂出したり入れたり
段に餅の黴こすり取っている
闇はどろりと階段軟かくなる

食べ物と異形。絵と同じく井上さんの魅力の源泉だと思う。

3月25日から31日まで東京都美術館で開催される第43回人人展で、井上洋介作品の特別陳列があるとのこと。

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