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『侵入者たちの晩餐』の感想と最近バカリズムさんに痺れている私の心情

新春スペシャルドラマ『侵入者たちの晩餐』、とても良かった。最近バカリズムさんが脚本を手掛ける作品を好んで見ている身としては、ぜひおすすめしたい作品である。

まず、会話劇がいい。これはバカリズムさんの他作品『ブラッシュアップライフ』や『殺意の道程』でも共通することなのだが、ストーリーの合間に挟まれる会話のリズム感と内容がめちゃくちゃ好き。

ふだん気兼ねない間柄の人と話す会話って無駄が多かったり、論理の飛躍があったりする。まるで台本がないような自然すぎる会話のやりとりからは、登場人物の性格や趣向がにじみ出てくる。そしてそんな会話の一部があとあとのメインストーリーの伏線になっていたりするから、見逃せない。捨てシーンや捨て会話がひとつもない。

『侵入者たちの晩餐』の主たる登場人物である侵入者の女三人は、全員犯罪からは縁遠い。うち二人は家事代行サービスの従業員として働く平凡な女性で、もう一人もサスペンスドラマが好きという素地はあるものの、ヨガ教室に通うただの友人だ。そんな三人がある理由から豪邸への不法侵入を試みるのだけれど、当然その計画はあってないようなもので、本人たちには犯罪行為に手を染める自覚もあんまりない。実際やっていることは犯罪なのに、なんだかほのぼのしてしまう三人のやりとりがすごく好き。

会話劇のほか、物語の展開がすごく整っていて観やすいのも魅力のひとつだ。『侵入者たちの晩餐』は大きく「侵入前」「侵入当日」「侵入後」に段落を分けることができるのだけれど、そのバランスがとても良くて、ぐいぐい引き込まれる。そしてメインとなる侵入当日の出来事は何層にも分けて人物ごとの視点で観るような構成になっているので、まるでミステリ小説を読んでいるような感覚だった。ドラマだけれど小説みたい。

さて、ここから先は多少のネタバレ要素を含むので、これから何も知らずに本作を観たい方はここでそっと画面を閉じてください。

↑見逃し配信がありました!(2024/1/6現在)


三人の女のほかにも次々と侵入者たちが登場するのが本作の見どころで、全員共通で不法侵入という犯罪に手を染めている。が、いざ家主に不法侵入したことがばれると、それぞれ自分の正しさを訴え、なんとか赦されようとする。このやりとりが、『侵入者たちの晩餐』の一番おもしろいところだった。

「ほかに正しいこともやっているから悪かったことは見逃してほしい」「悪いことはしたけれど倫理的にヤバいわけではないから他の人よりはマシ」「倫理的にヤバい理由で悪いこともしたけれど命を救ったからチャラにしてほしい」……。自分のことで頭がいっぱいになった人間たちが窮地に立たされて吐く言い訳。その重なりがおもしろおかしく描かれる一方、「正しさの境界線ってどこにあるんだろうね」と冷静に問いかけてくる。

そもそも、不法侵入のきっかけとなる冒頭の女たちのやりとりが印象的だ。「不正によって浮いた金を盗んで、その大半を困っている人たちに寄付すれば、それは悪行じゃなくて善行じゃないか」という問いは、普通に考えたら「否」だけれど「否」の理由をちゃんと説明できるかと聞かれれば自信がない。

この自信のなさから、本作の主人公も不法侵入という犯罪に手を染めることになるのだけれど、物語が進行していくなかで主人公はずっと「これって正しいことなんだっけ?」と考えていて、考えた結果、突拍子もない行為に及んでしまう。私もこのドラマを観ながら、「もしも自分が正しくないことをしてしまって後から正しくないと気付いたとき、それを綺麗に回収・処理することなんて到底できないよな」と考えてしまった。

さらに不法侵入者たちに寛容な心を持って赦しを与える家主も、物語の最終局面で裏の顔を垣間見せる。「赦す」という行為が、イコール正しいわけでもない。ほんとうに、正しさって難しいよな。


正しさの境界線を揺らしてくるこの感じは、バカリズムさんの作品にたびたび登場しているテーマだと思う。

先に挙げた『ブラッシュアップライフ』では、「徳を積まないと次の世で人間に転生できない」という縛りを起点に、同じ人生を繰り返しやり直す主人公が「徳を積もう」と奔走する。それを見る視聴者は「そもそも徳ってなんだろう」と考えるきっかけを得られたはずだ。そして『殺意の道程』では、「最愛の家族を死に追いやった人間を殺していいのか」というシンプルな問いの中で、あまりにも純朴な善意をもつ主人公が揺れる。

このテーマを全面に出して、じっくりことこと煮込むとかなりヘビーなドラマになりそうだが、バカリズムさんはそこをホッコリする会話劇と、憎めない登場人物たちの抜け感で緩ませてくれる。根底には深いテーマがあるのに、深いということに気付きもしないで渦中に巻き込まれていく人物たちが物語を勝手に進行させていく……というような。

でも人生ってそもそもそういうもんだよね、とも思う。自分が向き合っている人生の深刻さにはみんなそれほど気付いていないし、何か大きなドラマが動き出す瞬間を当事者は意外とわかっていない。


最近「バカリズムさんすごいな~天才じゃん……」と思ってついつい動向を追ってしまっている。きっかけは確か、パートナー宅で見せてもらった『火曜は全力!華大さんと千鳥くん』というバラエティ番組にバカリズムさんが登場していた回だった。

企画内で問われた「○○したら国からボーナス…何がベスト?」というお題に対し、バカリズムさんが「10年間違法行為をしなければ」という回答を出していて、痺れた。「まじめな人が評価される社会であるべき」というコメントも含めて、まじで、痺れた。

もしも国が何かしらの条件で国民にボーナスを出すならば、あらゆる立場の人、あらゆる正しさを持つ人たちが、等しく納得できるものでなければならない。誰かにとって正しくて、誰かにとって不平等なルールならば反発が出る。一方で、あまりに汎用性の高すぎるルールだと、そもそもボーナスではなくて“ばらまき”になるので、国が税金をつかってまで支給する意味がなくなる。そういう観点から考えて、バカリズムさんの回答はあまりにもスマートで的確だった。

たぶん、バカリズムさんは日ごろから正しさの境界線をあらゆる角度から考察しているのだろう。そして、さまざまな立場の人たちがどんな思考で、どんな正しさを信じていくのか、その道程を想像しているのだろう。だから、あんなドラマを書けるんだ(と思う。あくまで私の妄想だ)。痺れる。

かれこれ10年以上テレビを観ない生活を続けてきたから、芸人さんやドラマといったジャンルにはてんで疎かったのだが、こんな出会いがあるならばもっと早くテレビを観ておけばよかったな、と思った。これからもリスペクトの精神でバカリズムさんが脚本を手掛ける作品や、出演する番組をできるだけ追っていきたい。

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