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親愛なるクソ上司へ

4月ですね。新社会人として歩みだした方、あるいは転職先で新しい仲間たちと出会った方、さまざまな方々がこの季節に胸を震わせていることと思います。

私は今春、新社会人として世に出てからは11年目、フリーランスになってからは6年目、法人成りしてからは3年目を迎えます。年齢はかぞえで33歳、社会人として未熟という意識はいまだありつつも、ある程度はキャリアを重ねていると認識されるお年頃になってしまったなぁ、と正直焦っています。

こうして春になると、毎年ふと思い出す人がいます。私が新卒で入社した会社の上司です。

私はその上司のことがめっちゃくちゃ嫌いでした。

当時自分のセンスや思考力が人よりすぐれていると勘違いしていた私は、入社初日からずいぶん横柄な態度を取っていたのを覚えています。もちろん、名刺交換の仕方だとかビジネスのイロハだとかは全く知らないので、そういったレクチャーを受ける時間はじつに従順にふるまっていたのですが、「ハイハイそういうチュートリアルね、とっととハードモードの本番をやらせてくれや」という奢りが常にあったのです。

その本心を見抜いてか、上司は嫌がらせかと思うくらい丁寧にしつこく、細かな業務指導をしてきました。「早く私に任せてくれよ」と急けば急くほど、ブレーキをかけるような指示を出してきます。私は苛立ち、若い才能を見抜けないクソ上司め……と心の中で毒づいていました。

直感と勢いで押し切ってゴールに向かって最短でたどり着きたいと思う私に対し、上司は石橋を一万回叩いてようやく一歩進むような人でした。私が地雷だらけの挑戦の平原に向かってスタートダッシュを切ろうとすると、上司は全力でそれを止めにかかる。そして繰り返し言いました。

「その行動の先にある100通りの失敗を思い描け」

そんなことしたら何もできなくなるじゃんか。私は不貞腐れていましたが、それでも立ち止まったのは、その上司が社内で誰よりも信頼されていて、社外でも極めて評価が高かったからです。上司は自身の業務範囲ではミスを犯さない人でした。期日を破ることも、要件を落とすこともない。120点は取らない代わりに、1点も落とすことなく100点をしっかりと取りに行くスタイルを徹底していました。あれほどパーフェクトな成果物を出すビジネスパーソンを、私はその後ひとりとして見ていません。

ビジネスというフィールドにおいて、確実にタスクを完遂する人間がどれほど貴重な存在か。それを私が思い知るのは、その後ずいぶんと経ってからのことです。

上司は私がひとつミスをするたびに、平均2時間の説教をしました。理詰めで自分の弱みや失敗を言及し続けられるうちに強固だったプライドや自信はへし折れ、入社半年もすると、私は静かなロボットになりました。私が出した成果物をゼロから手直ししてほぼ同じ作業時間をかけている上司の背中を見て、「私を雇ってる意味なくね?バカじゃね?」と鼻で笑いながら悔しくて泣いた日々を今でも思い出します。

それはよくある「ダメなマネジメント」の一例かもしれないし、あの上司の人材育成方法が正しかったとは今でも思いません。良い成果物を出すことよりも、その上司に叱られないことだけを意識して虚無の日々を送った私は、約2年でその会社を辞めました。

辞めようと決心するまでの間、上司には一言も相談しませんでした。上司を飛ばして社長に辞めると伝え、最低限の引継ぎだけしてほぼほぼ逃げるようにその会社を去った形です。そのとき、上司はまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてから、私と一度も視線を合わせることなく、こう言いました。

「もっと早いうちに相談してくれればよかったのに」

その表情を見たとき、その上司のことを、初めて自分とおなじ人間なんだと認識しました。人には得意・不得意があるんだから、この上司はもしかしたら人を育てることが死ぬほど苦手なタイプだったのかもしれない。そんなことを、辞める直前になって想像しました。

でも、若かった私は「あばよ、クソ上司!!」と心の中で中指を立てて、次の転職先にはればれとした顔で向かいました。

その転職先では尊敬できる、かつウマがあう上司と出会い、私は水を得た魚のように仕事を楽しめました。でも、地雷原にジャンプインするようなアクションを取ろうとすると、足が勝手にすくむのです。

「その行動の先にある100通りの失敗を思い描け」

思い出したくもないのに、大嫌いだった上司の言葉が呪いのように自分を縛り付けている。そんな気がしてイライラしつつも、私は何かしら新しいことにチャレンジするときは、100通りの失敗をノートに書きだして、それに対してリスクヘッジしてから最適な道を進むようになっていました。それに加えて、期限を守ること、成果物に必要な条件を満たすこと、そのために相手の真意をつかむことに関しては、これでもかというほど注意を払うようになりました。もともとの性格がズボラかつメンタルも不安定だからこそ、そこに対して人一倍リソースをかけていたのだと今では思います。

結果として、私は二社目でずいぶんと高く評価されました。つまり、クソ上司の呪いと私が受け止めていたものは、会社を辞めたあとの私をずいぶんと成長させてくれたのです。一度だけ、二社目で働いているあいだ、クソ上司から携帯電話に着信履歴が残っていました。何とも言えない感情に襲われ、折り返そうかと数日間悩みに悩み抜いたすえ、私は結局、折り返すことができませんでした。

あのときもまだ若かった私は「ありがとうございます」の一言を素直に伝えられるほど、成熟してはいませんでした。今はもう電話番号そのものを変えてしまったので、なぜ上司が私に電話をしてきたのかは、いまだにわからずじまいです。

そうして二社目もいろいろ事情が重なって辞めたとき、私は未経験の職種でフリーランスになることを決意します。これぞまさしく地雷原にダイブ!という感じの決断ですが、不思議と不安はありませんでした。というのも、私はそこまでの間に何度も何度も100通りの失敗を思い描いてきたから、自分が選ぶ道筋の落とし穴を避けるスキルに対して自信をつけていたのです。ここからどんな挑戦をするにしても、きっと大丈夫、死なない。そう思えました。

それから6年後の今、予想した通り、ちゃんと生きています。そして、いまはっきりとわかったことがあります。

上司が尋常ならざる慎重さで守り抜いていたのは、会社の信頼だったんだ。無鉄砲に飛び出す私を上司が全力で止めていたのは、その後起こりうるであろうトラブルとダメージを回避するためだったんだ。自分がフロントに立って取引先とやりとりするようになって、小さな一匹狼の会社ながら法人成りしてみて、上司のふるまいや信条の合理性が手に取るようにわかるようになってきたのです。

もちろん、会社の方針や事業領域によって、人材の最適なふるまいというものは異なるでしょう。それを前提として、私が新卒で入社した会社においては、絶対にミスを犯さずプロジェクトをゴールまで導く上司は、他には代えがたい重要な存在だったのです。

そして最近、何回か若い方々と仕事を共にしようとしてみて、痛感したことがあります。私もまた、あの上司と同じように、人材育成がクソ苦手なタイプだったのです。

昔の自分のように根拠のない自信を振りかざす若さを前にすると、ついストレートな物言いで相手の弱みについて言及してしまい、傷つけるシーンを何度か経験しました。相手に対しては本当に申し訳ないと思っているんだけれど、自分が失敗するたびに上司のことを思い出します。ああ、逆の立場ではこういう感じだったのか、と。2年間私の面倒を見てくれた上司は、さぞストレスを抱えながら頑張ってくれていたのだろう、と今更泣きそうになるのです。これは難しいね。ごめんなさい、と。

だから、これを読んでいる世の“クソ上司”たちに、私は伝えたいことがあります。

まだ何も知らなかった私に、根気強くビジネスのイロハを教えてくれて、本当にありがとうございました。社会人としてどうふるまうべきか、どう自立していくべきかを教えてくれたおかげで、今は自分の強みをうまく活かしつつ、仕事ができています。

きっと”クソ上司”にあたる人たちは、そうやって辛酸舐めて育てた人材がようやく独り立ちする姿を、そう多く見ないのではないでしょうか。私のような大人を舐め腐った元・若者は、多くの場合すぐ会社を辞めるだろうし、その教えがいかに正しかったかを知るには、ずいぶんと時間がかかるから。
でも、安心してください。誇ってください。不器用ながらあなた方が教えてくれたことは、必ずその人の人生をなんらかの形で良い方向に変えていきます。

そして、これを読んでいる人のなかに、逆に”クソ上司”に悩まされる日々を送っている方、あるいはこれから送ることになる新社会人の方がいるのだとすれば、伝えたいことがあります。そのつらさ、我慢しなくていいです。つらいものはつらい。たとえ言っていることが正しくても言い方がマズい上司は、やっぱり美談としてまとめるのには無理があります。上司との間に人間同士の相性の良し悪しもあるし、あなたの強みを活かしきれない環境からは早々に逃げちゃいましょう。

ただし、そのつらかった日々があなたにとって何の意味もないとは限りません。いつか忘れたころに何かをもたらしてくれるかもしれないのです。だからどうか落ち込みすぎず、ちゃっちゃと次に進んでください。

春が来るたびに、私は今もどこかで石橋を叩いているであろうクソ上司に対して、深々と頭を下げています。100通りの失敗を描きながら一筋の成功に向かう自分を、誇らしく思いながら。

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