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夢枕獏「牙の紋章」(徳間文庫)

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 よく「ランナーズハイ」ということばで表現されるスポーツの極限状態。高校時代の僕にも一度だけ、100mフリーで自己ベストを出した時に訪れたことがある。その時水路は光の道のように輝いて開けていた。自分のような市井の凡庸なスイマーにすらあったのである。ましてやアコースティックスイミング(シンクロ)で、鬼の井村雅代コーチにしごかれた乾友紀子なら、なおさらのことだろう。バレーボール🏐の三屋裕子は、それを「麻薬」と呼んだ。どんなに苦しくても、その充実感を忘れられない
 顔への攻撃を禁じる日本の空手に疑問を感じる北辰館の片山草平。いくら日本の大会で優勝しても、納得はいかなかった。彼はタイ🇹🇭でムエタイのチャンピオン・ソータンクンと対戦した。攻撃的なムエタイの技と力の前に、完膚なきまでの敗戦を喫した。再戦を望むも、対戦で網膜が完全剥離して、その夢は絶たれた。しかし愚直なボクシングを極める陣内博美を見出した。彼のコーチだった三島忠治は言う「相手の倍、練習すりゃあいいんだよ」。陣内はそういう選手だった。片山は彼に自分の夢を預ける。一方でソータンクンに片八百長で勝って、やる気を失くしてしまった陣内。ヤクザ・赤石利彦の情婦・今村菜穂子に溺れ、その落とし前を片山がつける。一蓮托生となった二人に、救いの手を差し伸べたのは意外な人物だった。ひりつくような熱に取り憑かれて、周りも惹き込まれてゆく。立ち向かう者、そこに夢を賭ける者。「(人間の)屑だって、夢を見るんだよ」そのことばに嗚咽。


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