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花村萬月「槇ノ原戦記」

花村萬月「槇ノ原戦記」(徳間書店)。電子書籍版はこちら↓
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 羣馬県の僻地である上槇ノ原。そこで生まれた美しい双子の姉妹、靜と綾。その二人は神がかった力を持っていた。そんな上槇ノ原に、日本で初めてボーキサイト鉱が発見された。戦争に向かって突き進む日本は、戦闘機需要の国策として大規模な開発を行い、多くの兵隊と鉱夫(実は極道の囚人たち)を送り込んだ。しかし戦火の中、次第に配給物資も途絶えて、上槇ノ原は飢餓地獄となる。しかも槇ノ原地区は、綾が張った結界に閉じ込められていた。だからだれもどこにも逃げられない。食べる物が尽きた後は、死んだ人を生きた人間が喰らう阿鼻叫喚が待っていた。残された食糧は人間しかない。いつも間にか上槇ノ原を指導する立場となった靜と綾。攻めてくる下槇ノ原との闘い。下槇ノ原住民を皆殺しにして食い尽くすと、今度は上槇ノ原住民と兵隊・極道との殲滅戦となる。生き残った者だけが、打ち倒された者たちを貪り食う権利を有する。やがて戦争が終わり、上槇ノ原は復興の道を歩むことになる。
 この作品は、まさに食人小説である。大岡昇平「野火」、武田泰淳「ひかりごけ」などの先例があるが、「槇ノ原戦記」は熾烈さに於いて群を抜く作品である。その地獄図は目を背けたくなるほどの浅ましさである。しかし生きてゆくためには、人間は何でもやるのである。これだけの悲惨さを描きながら、物語には美しさと母性が大河のように流れている。靜と綾という、夜半獣なる神から力を与えられた二人の巫女。彼女たちを、夜の金剛石や紅玉の夜などの精霊が力を与えて、オーロラのように神々しく彩っている。お互いを縛り合い、お互いを愛おしむ存在の姉妹。女ばかりが産まれる上槇ノ原。女たちは種の保存のために、他所の男たちを迎え入れるが、結局は女による女のための女の上槇ノ原である。特に靜の獅子奮迅は、やっていることのえげつなさ故に、むしろ健気ですらある。そんな中で、靜と綾をリスペクトして支える少年の鉄と鋼、下槇ノ原のリーダーである昇平、靜を愛する心ある極道・大賀の親分など魅力的な男たちも登場する。ゲテ物小説のようでありながら、ヨハネの黙示録を経て神の国にたどり着いたような清冽な読後感に満たされる。

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