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テキーラを飲みほして(4)



あれから数日経ったのだが
メグミはこの店には現れる事は無かった。

ある日の夕方一本の電話が店にかかる。
見知らぬ男の声。
ママさんに用事があるみたいだ。
ママさんの携帯の番号を知らないと言う事は、
余り深い付き合いのない人かも知れない。

話すママさんの声が聞こえてくるのだが、
嬉しそうでもあり、沈みがちの声でもあり、
不思議な会話に聞こえた。
電話を終えた後のママさんが何だか嬉しそう。

「あれは、ママさんの良い人ね」
と、サチコが僕の耳元で囁く。
…パトロン?だったら携帯に掛けてくるだろう。
一体誰だろう。…
僕は一瞬嫉妬の炎が上がったが直ぐに消化した。
僕は浮気症みたいだ。
一途な男と思っていたのだが。

「今日、私用ができたから休むわ。
お店もおやすみよ。もう帰っても良いわよ。」

時刻を見ると午後の6時前だ。
店に来たばかりなのに「帰ってくれ」と、
言われても直ぐに帰る気持ちになれなかった。

ママさんは手鏡を見つめながら念入りに
化粧をしている。
余程の人に会うのだろうか?
そんなママさんがいじらしく思えた。

…今日、あの人に会える。待っていたのよ私。
もしかすると、「よりを戻そう」と言ってくるのかも知れない…

そんな事をママさんは思っていた。

帰り支度をしている時、後ろから声が聞こえる。
爺さんの声だ。爺さんはあれから2階で暮らしている。
「まだ帰らなくれも良いだろ、店を閉めてこ
こで飲んでいけば。俺が奢るよ。」
と、ママさんは爺さんの声が聞こえたのか、
「父さん、飲んでも良いけどあんまり飲まないでよ。この前みたいになったら、困るからね。『奢る』と言っても父さんお金持って無いでっしょ!」

「良いじゃ無いか、俺が出世したら払うよ。」

と、ニンマリ顔の爺さん。

化粧しながらママさんはこちらを観ている。
そしておもむろに化粧を再開する。

女性の苦労が、手に取る様に解る。
女性はいつも身だしなみを大切にしている。
僕なんか、顔を洗うのがやっとだ。
散髪も安いところで済ましている。

「アスカは、きっと元の旦那に会いに行くんだよ」

と、僕の耳元で囁く様に云う。
「ママさんの元の旦那?・・・・
ママさん、バツイチなの?子供はいないのですか?」

「子供か・・・・。」
と、フェードアウトするかの様に小声になる。
…聞いてはいけない事を聞いたか?…
と、思ったのだが、爺さんは答えてくれ
た。
「居たのだが、男の子でな。6歳の時交通事故で亡くなったんだ。
生きていたら君と同じくらいだろうな。」
と、哀愁を込めて話してくる。
「そうなんですか。僕と同じぐらいの年齢ですか。」
と、僕も哀愁を込めて言った。

「ねえ、私も居ていい?こんなに早く帰っても、する事ないのよ。
付き合ってる彼も居ないし」
と、聞いてはいないのに彼氏いない宣言をさりげなくしてくる。

「いいよ、サチコ君もいるといいよ。」
好色爺さんが、嬉しそう。

「じゃあ、私コンビニでなんか買ってくるわ。」
と、はしゃぐように言い、コンビニへ出かけて行った。

「あれから、彼女と会ってのかい?」
と、爺さんが聞いてくる。

「彼女?誰ですか、そんな人、僕にはいませんが・・」

「隠さなくてもいいよ。この前この店に来た娘だよ。あの綺麗な娘だよ」

…メグミの事か!この爺さんも勘が鋭い…

「あの娘とは・・会った事無いです。
此処にも来ないし・・・
それに、僕とはつり合っていません。
あの娘、美人だし・・・。モテモテだし」

「やはり、俺の目に狂いは無いの〜
おまえさん、惚れていたんだ、その娘に。
心配しなくても良い。その娘もおまえさんに惚れているよ。
目を見りゃ解るよ。」

「からかわないで下さいよ、僕はメグミに
振られたんだから。だって、・・・」
と、僕は強く言ったのだが最後の言葉は出なかった。

「男は顔じゃないよ。女もだ。
容姿じゃ無いよ。心だよ、愛嬌だよ。
中身だよ。わしの女房は気持ちの優しい女だったよ。娘と違ってな。」

「ママさんも優しい人ですよ。
僕には解ります。」

「誰が、優しいって(^ ^)」

化粧を終えたのか、ママさんが知らぬ間に僕の隣にいた。

「じゃ、行ってくるから、お客様は入れたら駄目よ。
今日は休業だから。解ったわね。」

「はい、解りました。ママさんはどこに行くのですか?」

「野暮な事は聞くなよ。男のところだよ。」

爺さんが僕を嗜める。

「そうじゃなくて、何処の場所に行くのかな?と思ったので・・・」

「遠くじゃ無いわ、近い所よ。
じゃ、行って来るね」
と、心浮き浮き感がある。

「可哀想に、・・・。
上手くいけばいんだが・・・(*´-`)」

と、小声で呟く爺さん。

僕は、ママの後姿が何故か細く悲しく見えた。

「大岸君はモテるな〜。」
突然、僕の顔を見て爺さんが云う。

「何ですか?急に・・・モテないですよ・・」

「それは、女心が解って無いからだよ。
あのサチコさんだって、あんたの事を好いとるよ。
ワシには解るよ。年の功だなこれは。・・・」

「サチコさんが?僕の事を!冗談でしょ」
と、言いがら満更でも無い気持ちなった。

そして、紙袋を抱えてサチコさんが帰って来た。
嬉しそうに笑顔を見せて。

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