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ある科学者の憂鬱(7)


懇親会の席上に着くと、直ぐに浩市は大学の教授で有り
上司の大橋雅男に麗華を紹介した。
大橋は、浩市に妹がいる事は知らないみたいで、
麗華を見た時の驚きの表情を浮かべる中に、好色の目つきを麗華にあびせた。

「初めまして、君のお兄さんには、いつもお世話になっていますよ。」
と、通例の挨拶をし、麗華に握手を求めてきた。
麗華はその手をそっと握った。
麗華は、浩市からいつも注意を受けていた。
「サイボーグの力は、普通に触れても凄い力なので、全てに於いて
手加減する様に」と。

だが、教授の表情は握手した瞬間、大橋は、歪んだ表情を見せた。
大橋を見た浩市は、サイボーグのメンテナンスの必要性を感じた。

「兄が、いつもお世話になっております。私は、妹の新美麗華です。」
と、浩市が麗華の紹介をしたのにも関わらず、改めて自己紹介を
した。

「お美しい妹さんが居るとは、私は知りませんでした。
確か、浩市君は『幼い頃に、両親と別れた』と聞いていたので」
と、大橋は麗華の事を浩市の妹とは思っていない様子である。
麗華は、どの様に応えて良いのか判らず、浩市の表情を伺った。

浩市は冷静に大橋に告げた。
「実は、私の母親が見つかりまして、私と麗華は父親違いの
兄妹と言う事が判りました。
母親も病気で亡くなったので、最近妹と一緒に暮らしているのです。」
と、もっともらしい嘘をでっち上げた。

大橋も一応納得した表情に変わった。
「しかし、君の妹さんは美人だね。何処かで見た事があるようではあるが、今日初めてだよね。妹さんと会ったのは」
と、少し疑問を持った言い方をした。
「初めてですわ。お会いしたのは。」と上品な声で、麗華は言った。

(実は初めてでは無いんだよ!覚えていないのか!ボケ教授)
と、浩市は心の中では、憎しみを込め、口汚く罵っている。
だが、名俳優の浩市は、優しく見せかける演技の真っ最中であった。
浩市が、麗華をこの場所に連れて来た目的は、大橋に麗華を認識させる為である。

大橋は、60歳を超えていたが、若い頃からの好色に衰えは無く、
美人を見れば、あたり構わず、また教授と言う立場を利用して、
女性に手を出すとの、噂の絶えない人物である。

「麗華、教授にお酌しなさい。」
と、浩市は優しく言ったが、命令口調である。
麗華は、大橋にビールを注いだ。

「ありがとう。美人に注いでもらうお酒は格別だよ」
と、一気にグラスを空けた。

大橋の姿は、身長は160cmと男性にしては小柄で有る。
体重は70kgは超えている。
所謂、小太り爺さんで、頭は禿はげているのだが、カツラで誤魔化し、
見るからに女性に好かれるタイプでは無い。
顔も、アンパンまんに似ているが、可愛い感じでは無い。
「麗華君、君もどうかね?」と自分の使ったグラスを麗華に差し出して来た。

麗華は浩市の顔を見て、指示を仰いでいる。
浩市は、大丈夫だと云う表情で、縦に首を動かした。

「では、一杯だけ頂きます。」
実は道子は、お酒が好きだったのだ。
イジメを受けた時は、お酒を飲んで気を紛らわせていた。
要するに、飲んで、飲んで、飲まれて、飲んでの部類であった。

{だが、サイボーグの麗華に酒を飲ませて良いのだろうか?}
浩市は平然と麗華を見ている。

浩市は麗華と大橋が懇意になる様に仕向けた。
好色の大橋なら、麗華に手を出してくると確信している。
その時こそ、復讐が果たせるのである。

浩市の予想通り、大橋は麗華を気にいったみたいだった。
会話が楽しそうで、弾んでいる。
麗華も嬉しそうに話しをしては、お酒を飲んでいる。
(あの女、酒が好きなのか?いくらなんでも、飲み過ぎだ)
浩市は苛立ちを隠す事も無く、麗華に近寄り耳元で

「あまり飲むな!もう直ぐ帰るぞ」
と、小声ではあるが、強く言った。
麗華は叱られたと思ったのか、飲むのを止め大橋に、
「お手洗いに行ってきます」と言って場を去った。

大橋は、麗華を留め様としたが、他の男性が麗華を誘っていた。
麗華に何人かの男性が群がる様に来ていた。
大学の学生もいれば、助教授や、講師もいる。
たちまち、麗華はマドンナになっていた。

「本当に、あの娘。 妹か?」と疑って浩市に聞いてきた男がいた。
名前を佐伯孝宏という。浩市と同じ大学の助教授だ。

浩市は何も言わず無視した。浩市は佐伯が嫌いであった。
佐伯も浩市の事が大嫌いだ。
佐伯とは、同じ大学の助教授だが、才能は浩市の方が数段優っている。
比べる事が出来ない位、格段の差がある。
佐伯には、それがコンプレックスでも有り、許す事が出来なかった。
佐伯が子供の頃、地域の人達には「神童」と呼ばれ、畏敬の念で
見られていた。
だが浩市を知った時、佐伯は自分の才能が平凡な物に過ぎないと、
浩市から馬鹿にされたかの様に感じたのだ。

また、ルックスも浩市の方が佐伯より断然優っていた。
多くの女子学生が、浩市の授業を望むのに対して、
佐伯の授業は、残念な事に人気が無い。
特に女性には、人気が無かった。
そのことも佐伯が浩市に対して悪感情を懐く原因となった。

浩市は、麗華の元に行き、
「もう帰るぞ。男にチヤホヤされて嬉しいか!」
と、妹に対する言葉で無い事を言った。
嫉妬がこもった言い方である。

浩市は麗華の手を引き、誰に挨拶をする事もなく帰って行った。

https://note.com/yagami12345/n/ne4c1df3c96c4

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