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月に吹く風

久しぶりにスーツケースとパスポートを用意する。
行先は日本から南へ3,210㎞。
パラオ。

九月の空。天気は良いがそこまで気温は高くない。窓の外には作られたような青空と積雲。五時間目。教室に物理の教師のチョークの音がいつもより遠くに聞こえる。
隣の佐伯さんが机にうつぶせになりながら僕に顔を向け、小さな声で言う。
「この感じ、授業なんかどうでもよくなっちゃうし。なんでかな」
教室のカーテンを心地よい風が揺らす。カーテンから床に漏れる日差し。周りには寝ている子もいる。誰からも何からも縛られていない気がする。
佐伯さんが言う。
「夏の終わりっていう授業があってもいいよね」
「それって何するの?」
「お昼寝」
佐伯さんは小さな笑みを浮かべながら、ごそごそと何かを書き留めた。
紙切れに書いたメモが来る。
「月の風、見に行こうよ」

高校の入学式早々、委員会がクラスの中で割り当てられる。図書委員は二人。佐伯さんと僕だ。佐伯さんとは教室でも隣の席。髪はミディアムショート、とても似合っている。でも本人はあまり気を使っている様に見えない。時々、というか結構寝ぐせをつけてくる。
図書委員の当番日は二人で受付業務をする。しかし受付に関してはほぼ電子化されており、カウンターにいる僕らはさしてやることがない。話をすることが多くなる。佐伯さんの声はいつもちょっとだけ大きい。
最初は当たり障りないお互いの部活、佐伯さんの天文部、そして僕のテニス部のことを話していた。
佐伯さんはテニスについて色々聞いてきた。
「松村くん、一人で試合やるってどうなの?」
「ダブルスなら二人だけどね」
「ねぇ、そんなこと、知ってるよ、一人で試合している時、不安とかあるの?私ね、小中バスケだったから個人スポーツの事、あまり知らないのよ」
「不安かぁ、緊張ということなのかな?」
「えとね、不安。緊張ではなくて不安」
僕は少し考える。試合中に不安の様なものに忍び寄られた事は結構あるからだ。それが嫌で勝負にこだわらない様にしている。そしてその不安について佐伯さんに話すのは自分の弱い部分をさらけ出すようで躊躇する。いつの間にか下を向いていたようだ。佐伯さんは僕を下から覗き込み、言う。
「あ、ごめんなさい、話しにくいことなのかな」
佐伯さんの顔が、近い。
「大丈夫、大丈夫。試合中、不安が来る時はあるね。調子がいい時はその不安が小さくなるけど、リードしている時に追い上げられたり、後は勝ちビビりって言うのがあってさ、勝ちが見えた時にその不安が来てさ、身体動かなくなるんだよね、リードしている時が多いかな」
「そんな時はどうするの?」
「一人で頑張るしかないよね、意識を他にそらせたりして」
「それって不安だけでなく恐怖ともいえるのかな」
「人それぞれ呼び方はあるかも」
「その不安とか恐怖とかの最中に、救いの手みたいな、何だっけ蜘蛛の巣?」
「もしかしたらそれって、芥川龍之介の蜘蛛の糸のこと?」
「そうそう、試合中、目の前に降りてきたら、松村君、その糸つかまる?」
僕は結構長い時間考えて、答えた。
「つかまらないと思う。その糸につかまったら、その糸に別の何かを奪われたり、言うことを聞かなければならないような気がする」
佐伯さんはしばらく黙って、そして素敵な笑顔で僕を見た。

「もう一つ、聞いていい?芥川つながりで。杜子春で」
「うん」
佐伯さんは立ち上がり図書室受付のカウンターを挟み僕と向かい合わせになった。
「杜子春が仙人の弟子になりたくて。そしたら仙人が『弟子入りしたければ、例えどんなことがあろうとも声を口を利いてはならぬ』。幻覚で杜子春の前に虎だの雷だの神将が現れて口を割ろうとするんだけど杜子春口利かない。最後に閻魔大王が杜子春のお父さんとお母さんを馬にして連れてきて、目の前で滅多打ちにするんだよね。杜子春それでも口利かないのだけど、滅多打ちにされたお母さんがかすかな声で『心配をおしでない。私たちはどうなつても、お前さへ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだから』」
「佐伯さん、原文覚えているの?」
カウンターに手をついて佐伯さんは言う。
「うん、というかここいいところなんだから静かにしてね。それ聞いて馬になったお父さんとお母さんを抱きしめて、杜子春思わず「お母さん。」って口を開いて言うんだよね。松村君、どう?」
僕はまた、結構長い時間考えて答えた。
「家族を痛めつけられるのはしんどいな、僕なら馬になったお父さんとお母さん出てきた時点で声、出してしまうかも」
佐伯さんは、そうだよね、と言いカウンター越しに僕の肩を柔らかく軽く叩き書庫に向かった。
途中で振り返って微笑んで僕を見た。

走れメロスを読んでいた佐伯さんが言う。
「こんな単純な人を兄にもった妹とそのダンナはその後の人生大変な事になるな」
「それはさ、正義と友情の話だからその辺はいいんだよ」
佐伯さんは何故か勝ち誇った笑みで言う。
「それじゃ、松村君がメロスだったら私は最後に出てくる少女になってあげるよ」
そしてその部分の朗読を始めた。
「ひとりの少女が、緋ひのマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ」
佐伯さんは自分で朗読し、顔を真っ赤にした。

いつもの図書室で佐伯さんに聞く。
「さっきのメモ、月の風ってなに?月に風って吹くの?」
「松村君、知ってるかな?月にはね大気は無いんだよ」
「わかってるよ、そんな事。で、月の風ってどういう事なの?」
「太陽風って知ってる?」
「それは何となく」
「では天文部であるこの佐伯が説明しよう。太陽風とはだな、太陽から噴き出す電気を帯びたガスであります、プラズマとも言い、オーロラを起こしたりします」
「ほうほう」
「松村君、馬鹿にしてるでしょ」
「そんな事はありません、先生、お願いします」
「よし」
佐伯さんは少し鼻を膨らませる。手をたくさん動かす。それが大きい。
「その太陽風が一年に一回、月に向かってたくさん吹くのです」
「ほうほう」
佐伯さんは僕をみて動かない。黙ることにする。
「月に向かった太陽風のおかげで月はより明るくはっきりと見えるのですが」
「見えるのですが?」
「時と場合によっては、二つの月が重なった様に見えるのです」
「どういう事?」
「あたかも月は元々二つあるかのように、そしてそれが風に吹かれて重なった様に見えるのです。それを月の風と言うのです。天文の素養がないと見ることは難しいです。しかし秋のお月見にその現象に時折見ることが出来ると言われています」
「初めて聞きました、先生」
「月の風、見たいですか?」
「はい」
「相当厳しい条件が幾つか重ならないと見えませんよ?多分」
「はい、見たいです、それはいいんですが、佐伯先生、なんか緊張してませんか?」
「そんなことはありません、松村君、あなたは追試でふ」
「でふって何ですか」
佐伯さんは顔を赤くした。

中秋の名月。親には友人達みんなで見ると言う。僕は親父のキャンプ道具からコンパクトに畳めるヘリノックスのアウトドアチェアを二つ借りた。5時に佐伯さんの家まで迎えに行く。迎えに行くということは佐伯さんの家族にも会うことになるかもしれない。家に出張帰りの親父が買ってきた、仙台の銘菓「萩の月」があったのでそれを一箱持って行く。
佐伯さんの家からお母さんが出てくる。僕はしどろもどろ、ごにゃごにゃ言いながら萩の月をお母さんに渡した。お母さんは言う。
「手土産持ってくる高一男子って凄いね!これ、ご両親に持たされたの?」
「いや、自分で持ってきたようなもので」
「はー、凄いね、私ね、萩の月大好きなの。君、物凄い点数稼いだわよ、聡美、松村君って彼氏なの?」
佐伯さんと僕は同時に首をぶんぶんと振る。それをみてお母さんは、あなたたち同時に首振らなくてもいいのよ、と笑いながら家に入っていった。

二人で夜の住宅街を歩く。
佐伯さんは何故か農作業スタイル。首にはタオルを巻きどう見てもダサいジャージ。おまけにJAのロゴが入ったキャップまでしている。笑いがこらえきれない。
「ダサい、ダサすぎる」
「だってさ、松村君、夜少し寒いし、蚊に刺されない様にって言ったよね」
ふくれっ面する佐伯さん。
「そりゃそうだけど、JAのキャップってそれなに?夜だし、夜だから要らないよね」
「帽子はさ、狙った」
佐伯さんと僕は顔を見合わせて笑った。

住宅街から歩いて15分ほどで森に覆われた小高い山があり、頂上にコンクリートの小さな見晴らし台がある。濃い森の香りがする。中秋の名月、そして日曜日だけど明日が祝日なので他に一組家族連れがいる。空には雲がかかっている。月が見えない。でも僕は雲があろうとなかろうとどうでも良かった。ヘリノックスの椅子を出し、持ってきた蚊取り線香を焚く。
「松村君、蚊取り線香って気が利くね」
「うん、でも農作業スタイルで来るんだったら要らなかったね」
「ねぇ、農作業スタイルじゃないからこれ。月の風スタイルって呼んでよ」
佐伯さんはJAのキャップのつばを後ろにして僕に聞く。
「松村君、親友っている?」
「なにそれ」
「友達はいる様に見えるけど、親友っているのかなと思ってさ」
「どこまでが親友なのかわからないけど」
「私と色んな話するじゃない。同じような話をする友達いるのかなってこと」
「それはいないな、それが親友というものだったらいないよ」
「いなくてもいいのかな、親友」
「そんなことはないよ、そんな人がいれば嬉しいな」
佐伯さんは口に出して言う、ふむふむ。

雲が晴れない。飽きてきた家族連れが望遠鏡と双眼鏡を街に向けて盛り上がっている。お父さんとお母さん、そして小4ぐらいの女の子。お母さんが僕らに言う。
「お盆が終わったらハロウィンまで何もイベントがないんですよね。10月まで。だからうちは毎年お月見やるんですよ」
アウトドアチェアとテーブル。その上にはお菓子や食べもの。誘っていただく。可愛らしい月餅がある。お父さんが言う。
「作ってみたんだけど、どうかな」
月餅は嫌いじゃないけど重いから避けていた。
「これ、すっごく爽やか、何が入っているんですか?」佐伯さんが言う。
「干し柿を入れてみたんだ、マスターキートンって言うマンガ読んでやってみたくて」
中国の革命家、孫文が日本で作ったとお父さんが言う。
「日本で作ったんですか」僕が聞く。
「細かいところはわからないんだけど。でね孫文、モテたらしいんだよ。中国に奥さんがいて日本でも結婚して、おまけに愛人までいたの」
「なっ!」佐伯さんが言い、なぜか僕をにらむ。
「日本での愛人は余計だとしても、孫文も中国から日本に来て寂しかったのかな」お父さんが言うが横で聞いていたお母さんがにらむ。
「遠く離れても同じ月をみて、何かを想うのは素敵ですよね」
佐伯さんもお母さんもお父さんもうなずく。起死回生の一打を放った様だ。

小4の女の子が僕達に興味があるようだ。佐伯さんの手を引っ張って少し離れたところに連れて行く。女の子が僕を見ながら佐伯さんの耳に手を当てひそひそ話をしている。佐伯さんが言葉にならない声で呻いている。二人が戻って来る。女の子はスキップ、佐伯さんは神妙な顔つきだ。
僕は女の子に聞く。
「ねぇ、何の話していたの?」
女の子が佐伯さんを見ながら笑顔で言う。
「ないしょ!ないしょよね!」
佐伯さんの方を見る。神妙な顔つきを保つ佐伯さんがいる。
お父さんがカメラで写してくれるという。お母さんが言う。この人写真が趣味で、いいっ!と思えば誰でも声掛けて撮るのよ、撮らせて貰えないかしら。こんなに暗くてもこの人、腕はいいから大丈夫よ。
僕はてっきり佐伯さんの事だと思い、少し離れた。その家族3人が笑う。
「一人じゃなくて、二人の写真を撮らせてよ」
佐伯さんと僕が並ぶ。小4の女の子が言う。
「遠い遠い!二人もっと近づいて!」
かなり近づいたと思うけど、女の子はさらに、もっともっとと言う。
お父さんが並んだ僕らを撮ってくれた。住所を教える。写真を送ってくれるそうだ。

9時近くなってその家族連れが帰る。女の子はまた佐伯さんにひそひそ話をして、手を大きく振って行った。
相変わらず雲は晴れない。二人で椅子に座り、空を眺める。佐伯さんに気になることを聞く。
「あのさ、さっき女の子と何話していたの?」
佐伯さんは少し下を向いて手をごしごしさせる。
「それ、言わなきゃいけないのかな」
「気にはなるね」
「えっとね、二人は付き合っているんですかって」
「それさ、なんて答えたの」
佐伯さんは僕を全く見ない。
「えっとね、まあ、そうかなって、そうならいいなって」
ここでちゃんと言わないと、後悔するような気がした。秋の夜と月の気配が言わせてくれた。
「佐伯さん、付き合ってください」
「あ、はい」
沈黙が続く。
「でも、他にもあの女の子とたくさん話していたよね」
佐伯さんはまた少しだけ下を向いて言う。
「二人はいつキスするんですか、今日ですかって」
僕は親父のヘリノックスの椅子をがりがりと強引に佐伯さんに近づけJAのキャップが邪魔だったので佐伯さんからそれを取り、キスをした。
いつの間にか雲が晴れ、夜空に満月がふわりと浮かんでいた。

帰り道、自然と手を繋ぐ。僕がJAのキャップを被る。真夜中の誰もいない夜の住宅街を歩く、時折思い出したかのように蝉の声が聞こえる。昼間の熱がアスファルトから伝わる。夜風が優しく頬をなでる。佐伯さんが言う。
「私、バレンタインデーって好きなの」
「何で」
「義理チョコと本命ってあるじゃない、どっち渡しても私はあなたのことがとりあえず嫌いではありませんよ、って行けるじゃない。だからさ、いきなり告白とかギャンブルしなくてもいいじゃない。で、新しくさ、秋のお月見でも同じことするの。秋のお月見は男女問わずで。いかがでしょうか」
「佐伯さん、マーケッターになれるんじゃないの、今日僕はなんかのせられたのかな」
「そんな事はありませんよ、松村君。でさ、お菓子業界とかまた勝手に盛り上がって月のお菓子なんか作るの。で、それをみんなが義理でも本命でも男女問わず送ったりするの。松村君、料理得意なの?」
「あ、僕本当に苦手なんだよ、料理って。よくある適量って何なの。僕の適量と佐伯さんの適量は違うよね」
「そうそう、大さじ一杯ってどこの家庭の大さじも同じなのかな。という事で私たちはお月見もバレンタインもコンビニとかスーパーとかでいいよね」
「もちろん」
「お父さんが言うの。今の子は少子化でお互い距離があるしお見合いおばさんもいないからって。アプリでしか会ったことない相手ってちょっと危険だし。だからお月見、バレンタインみたいにしてもいいんじゃないかって」
佐伯さんはそう言って僕の手をぎゅっと握った。遠くのコンビニがぼんやりとした明かりを放ち、秋の虫たちが誰にも遠慮なく鳴く。

佐伯さんが僕に聞く。
「さっき松村君、『遠く離れても同じ月をみて、何かを想うのは素敵ですよね』って言ったよね」
「うん」
「あれって本当?」
「うん、距離が離れるって大変だと思うけど、それでも、そう思う」
佐伯さんは微笑みながらしばらく僕を見てくれた。

佐伯さんに聞く。
「そうだ、月の風って見るの忘れたよね」
佐伯さんは含み笑いをして黙っている。
「どうなの、月の風って」
佐伯さんは息を大きく吸って言った。
「私たちは、もう、見ました!月の風!まさか私もそこまで体験することが出来るとは思いませんでしたが!」
「え!」
「口実!月の風、松村君を誘い出すための。ごめんなさい。これ10日ぐらい考えていました」
世界で一番最高のごめんなさいだった。

佐伯さんは口ずさむ。
「バスの揺れ方で人生の意味が解った日曜日」
「それ、スピッツ?」
僕に顔を向けて、佐伯さんは微笑んだ。
「愛はコンビニでも買えるけれど もう少し探そうよってすごい歌だよね」
僕も一緒に歌う。金木犀の香りが僕たちを包む。相変わらず空には月がふんわりと浮かぶ。
このまま時間が止まればいいのに。

それから一か月ほどして佐伯さんはいなくなった。他の生徒に聞いたり佐伯さんの家まで行ったりしたが佐伯さんの行先がわからない。しばらくしてわかったのがお父さんが経営していた会社が潰れたらしい。それも犯罪まがいな計画倒産。誰もが連絡を取れない。

あの夜は月夜の幻だったのだろうか。
いや、確かにあの夜、僕は佐伯さんとキスをした。
自分が波打つのがわかる。収まるのに何ヶ月かかかった。
僕はこのように考える事にした。
「佐伯さんは僕の知らない場所で強くしっかりと生きている」
繰り返しそのように考えた。繰り返し考えることで16歳の僕はようやく2本の足で月のない場所で立つことが出来た。

教室の一つ空いた机、あの夜3人家族のお父さんが撮ってくれた二人の写真、そして僕の手元に残されたJAのキャップ。

大学を卒業し、映像制作会社に入った。各自治体などから請けたプロモーション動画を作り、それと共に小さなキャンペーンまで一括で請ける。丸ごと任せされるし、小回りの利く会社なので重宝がられる。

広告代理店に呼ばれる。大使館経由の仕事だそうだ。
パラオ。
夏の終わり、秋に差し掛かる。古いビルの会議室で古い空調が唸る。パラオは大幅な貿易赤字を抱えている。さしたる産業がなくアメリカなどからの援助が歳入のほとんどだ。そのため観光に力を入れている。そのプロモーションの依頼。今使っている動画がスクリーンに映し出される。ナレーションが入る。
「国旗の青地は太平洋の海の青と主権を表し、黄色の円は夜空に昇る満月を描いており、愛と平和と静寂を表すといわれています。人口は1万8千人。世界で3番目に少ない人口です」
既にある動画に良いものが多く、それを組み合わせて作れば現地まで行く必要がない。その動画の権利も使えるようなのでなおさらだ。
そんなことを考えてスクリーンに映し出されるパラオの街並みの動画をぼんやりと見る。
画面右端に小さく女性が映し出されている。レトロな形の青いワンピース。
「すみません、今のところもう一度見せてもらっていいですか?」
日本人の様だ。髪型はミディアムぐらい。一瞬横顔が見えるぐらい。もう一度同じところを遡って見せてもらう。
「何か気になるところありますか」
「もし、よろしければこの動画お借りしてよろしいでしょうか」

会社に戻り、サーバーにあげてもらった動画を繰り返し見る。青いワンピースの女性を拡大する。
佐伯さんだ。
拡大され粗くなった、その上辛うじて横顔が見える程度の画像。でも佐伯さんだ。さっきは気が付かなかった文字がある。
建物にある「Moon breeze」という看板。月の風。
パラオ。国旗に満月が昇る国。
今抱えている仕事を急ぎ引継ぎ、2週間の休みを取る。飛行機のチケットを取る。直行便で4時間半。


佐伯さんがパラオにいるのであれば良いのだが。
佐伯さんに会うことが出来れば良いのだが。
佐伯さんに会って話が出来れば良いのだが。
佐伯さんに会ってまた一緒に月見が出来ればよいのだが。
あれから僕たちは同じ月を見ていたのであればいいのだが。
そうでなくても声ぐらいかけたっていいだろう。

イヤホンをかけ機内の音楽放送にアクセスする。
フランクシナトラ Fly Me To The Moon。

パラオの日差しは強いだろう。降り立つときには帽子が必要だ。被るのはもちろんあの夜のJAのキャップだ。







※画像引用元/フォトライブラリー https://www.photolibrary.jp/

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