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210819【夏が終わった】

言葉だけ並べるとキレイに見えるかもしれないが、ちっぽけである自分の野球人生、高校野球最後の夏の大会は、サヨナラ負けで終わった。というオチを早い段階で書いてみる。そして、そのマウンドには自分がいた。その事は、紛れもない事実である。

高校3年生の7月、既に1学期は終わり、夏休みに入る頃、夏の甲子園を目指す県大会は、悪天候に振り回され、順延を重ねた中で行われた3回戦。相手はシード校、自校にとっては一つの関門だった。日曜日の午後帯、一応自校もその2年前に県大会準優勝、甲子園まであと一歩というところまで行っており、3回戦としては盛り上がるカードだ。両校多くの観客が動員していた。試合は7回裏相手高校の攻撃、3対8の自校劣勢の中で、自分はリリーフとしてマウンドに上がった。

センターの奥、バックスクリーンを望む。竣工したばかり、太陽光でピカピカに輝く電光掲示板には、紛れもなく自分の名前が掲載されていた。せっかくの舞台、一歩一歩、いや、一球一球、噛み締めたいと思う。正直、マウンドに立った時点で勝負あったと感じた。皆には申し訳ないけど。

これが高校野球最後のマウンドかぁ。もう終わりかぁ。終わるのが嫌なのか、開放される気分なのか、いろんなことを思い出す。

1年時、入部して早々に特待生待遇を受け、Aチームの遠征に帯同、硬球に慣れるとともにピッチングは良くなり、同級生、また先輩を差し置いて試合に出ていた。鼻を伸ばし天狗になっていた秋にへし折られ、肩を壊し、本来のピッチングができなくなり、周りからは「ほら見ろ。」と言われ、ああ、もう野球やめよう。と思いつつ、チームメイトとの付き合いや、スピードが出なくてもこうやれば、抑えられる、最後は神頼みで、というピッチングスタイルを確立し、のらりくらりここまで来て、最後に半ば記念登板的な感じで、このマウンドを迎えることができました、有難うございます。

周りを見る、キャチャーでしょ、ファーストでしょ、セカンド、サード、ショートに、外野は、、、皆、彼女いるやんけ。なんでマウンドの自分だけ彼女がいないんだ。一番目立つポジション、「野球といえば」のポジションなのに、自分は何故モテないんだ。おそらく、自分の性格、いや、容姿が良くないからだろう。オシャレな服を纏っても、体型がゴツいし、今は坊主だし。野球部って、よっぽど活躍しないと、モテないのかなと、勝手にヒステリックになり、それをアドレナリンに繋げようとする。どんなエネルギーサイクルか分からないけど、パワーにするのだ。その頃、付き合っている、付き合っていない、の微妙な関係値の女の子が居た。その子に「次の試合、日曜日だから観に来てよ。」とメールしたけど、良い回答がなかった。その子に正式にフラれる夏休みを目の前に、「一日でも長い夏を」と掲げた真夏の小冒険は、間もなく終わりそうだ。

試合再開までの時間を目一杯使い、いろんな事を思い出しながら、審判の「プレイ」の合図とともに、相手バッターに集中する。その回は下位打線ということもあり、ストレートとスライダーを投げ分け、7回の裏、0点に抑え、ベンチに戻った。

8回表、自校の攻撃が始まった。5点差、ううん、あまり逆転は現実的ではないが、この8回、9回で5点を取らないと、負ける=終わる、という追い込まれた中で2アウトながら2塁、得点圏にランナーを進めチャンスとなった。ここで、バッターは、自分であった。

おいおい、こんなところで回ってくるなよ、それが非高校球児なる感情だが、正直なところだ。堂本剛くらい正直しんどいわと思いながら、バッターボックスに入った。相手ピッチャーは、何度も書いて申し訳ないが、県選抜でチームメイトだった、県内屈指のサウスポーエース。初球は、変化球から来るだろう、と捨てた初球にド真ん中にストレートが来て、「しまった。」と感じながら、相手ペースに飲まれることになった。2球目のスライダーはストライクゾーンからボールになる球で、空振りしてしまった。うん、このレベルの球は、県大会なら確実に勝ち進める球だと思いながら、追い込まれた後はよりバットを短く持ち、食らいついた。食らいついてはみたものの、最後はボールゾーンからストライクゾーンに入ってきたスライダーに見逃し三振。トボトボとベンチに戻り、裏の回のピッチング、マウンドに走った。

8回の裏、この回も0点に抑え、最終回の攻撃に繋げよう、もうそれしかないから。

その回、対戦校は1番からの好打順だった。先頭の左バッター相手に投げた、高校時代、いくつもピンチを乗り越えてきた、魔法のチェンジアップ、その球が真ん中に入ったが、タイミングは崩し、ライトフライになる打球だった。よし、1アウト。と、思ったのだが、ライトが目測を誤り、ライトオーバー、3ベースヒットになった。これで、自分のペースが完全に崩れた。続く2番、左バッターにはボールカウントを悪くしてしまい、カウントを取りに行ったストレートを、打ち返され、これまた3ベースヒットとなった。
スコアは3対9、6点差となり、更に0アウト3塁、ここで、守備側がタイムを取り、伝令の口だけ番長なるチームメイトがマウンドに来た。内野陣も集まった。

ピッチャーをやっている人なら分かると思うが、自分はこの時間が一番嫌だ。最低限話は聞くし、指示も受けるが、それ以外は、流すようにしている。間を取ることはとても大事だが、自分はなるべく一人で居たいのだ。

ただ、この時は違った。あと1点取られたら、7点差がつき、その時点でコールドゲームとして試合が終了するのだ。そのルールはもちろん知っていた。厄介なことになった。最終回の自校の攻撃ができずに、試合が終わってしまう。それは避けたい。

1点取られたらその時点で負け、試合終了、0アウト3塁、犠牲フライでも、スクイズでも許されない中で、満塁策を取ることにした。0アウト3塁から、3番、4番を続けて敬遠で歩かせ、0アウト満塁、5番バッターと勝負することになった。この時、「申告敬遠」なるルールは無かったから、ムダにでも4球、ボールを投げる。それを2人続けてだ。自分は冷静では無かった。県内高校野球特集雑誌の自分の紹介文に、「変化球と度胸が売り」と記載されていた。いやいや、度胸なんてありませんわ、ビクビク震えて、敬遠用に投げた球がフラつき、あやうくワイルドピッチをしそうだった。また、ひとつあの時に戻れるなら、1人歩かせた後、ランナー1、3塁時に3塁へ偽投で牽制をするべきだった。ここは反省。偽投した際、もしかしたら1塁ランナーが牽制は無く、満塁策を進めるだろうと感じ、飛び出す可能性があったから。そこの反省もその当時はできず、0アウト満塁の作戦を敷いたところまでたどり着いた。あとはバッター集中、なんでもいいから、1点を与えるな。それだけだ。内野手がいつも以上に前進守備を取る。外野手3人も前進守備体制だ。定位置の外野フライでは、タッチアップで1点が入ってしまう、リスクを背負っていた。そして、マウンドに自分。とんでもないところまで来てしまった。投げる前に、一口でいいから水が飲みたいと思ったが、そんな事できず、もうキャッチャーのサイン信じて、思いっきり腕を振るしかなかった。相手は右バッター、カウント1ボール2ストライクと有利に進行し、そこからキャッチャーのサインはインコースへのツーシーム。低めに決まれば、バッターは詰まり、ショートゴロ、サードゴロになり、ホームベースでフォースアウトが取れる。それを意図して投げた球は高めに浮き、相手バッターを仰け反らせる形になったが、カウントは平衡になった。2ボール2ストライク。

ここからは、外にスライダーを投げるしかなかった。サイン交換後、セットポジションから投げる前に、一度、プレートを外し、聞こえないくらい小さな「ふぅ。」と呼吸をする。ショート、セカンドがすぐ後ろにいる守備体制、改めて外野を見るが、ここも極端な前進守備体制だ。

「よっしゃ、いくわ。」

自分の中で決め、再度行われたサイン交換から、自分は右バッターのアウトコースにスライダーを投げた。その一球は、ストライクゾーンからボールゾーンへ落ちる、狙い通りの一球だった。

ただ、相手バッターは左手を伸ばして拾ってきた。その打球は、本来のショートのポジションであれば小フライになるところ、前進守備体制のため、ショートとレフトの間にポトリと落ちた。

試合終了。自分は、自身の3年前の夏、中学3年生の最後と同じように、サヨナラ負けで終わった。そのボールを拾われた時のバッターの体勢、何故か3年前の県選抜時に打たれたヒットと似ていた。

試合終了時のホームベース前に整列、自分は直ぐにはできなかった。打球が落ちた瞬間から、マウンドで両手を膝にやり、動けなかったなぁ。チームメイトが引きずるように自分を整列位置に連れて行ってくれた。もう、鬼泣いていたんでしょう。ごめん、9回の表、最後の攻撃まで、繋げること、できなかった。ってのもあるかな。

この高校野球最後の夏の話をする際は、「最後の夏は惜しくもサヨナラ負けでした。そのマウンドに居ました。」と摘んで話している。サヨナラって言っても、サヨナラコールド負けだけどね。

試合が終わり、これは今も伝統としてあるのか分からないけど、千羽鶴を相手校に渡す儀式なるものがあって、球場の外でチーム皆で対戦校、勝利した高校に渡しに行ったの。「俺らの分もがんばれよ、甲子園行けよ。」的なメッセージを込めて。その時、対戦校のエースと話したけど、やっぱり自分は鬼泣いていて、何を話したか覚えていない。だって、高校野球最後の夏、サヨナラ負けをしたのだから。

その涙も母校のグランドに帰った際には乾き、その日の夜には、保護者会の方々がセッティングした慰労会なるものが、小さな居酒屋で急遽行われた。今日の敗戦で引退となる高校3年生約20名と集まれる親御さんたち。その時飲んだコーラ、ウマくてお代わりしたなぁ。本当はカクテルパートナーでもいいので、チューハイが飲みたかったというのは、ここだけにしておく。

明けた月曜日、自分は夏期補修として学校に通っていた。また、その夏休み、正式にフラれた。そして、その夏、なるべく甲子園、高校野球から離れようとした。テレビの中継、速報、ニュース他近づきたくなかった。別に、悔しいわけじゃないけど。

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