羽田と成田を間違えたときに、あなたならどうしますか?
「ご自分だったらどうなさいますか」というのは、心理的安全性を醸成するテクニックの一つだなと感じた。
責任って不思議な言葉だと思ってて。
それこそ「無限責任」というトートロジーな言い回しがいちばんそれを表していると思うのだけど、この「責任」という言葉が持つ暗黙的な暴力性(だから、責任という言葉というか、この言葉を安易に持ち出す人を好きになれない)をうまく飼いならすことが、心理的安全性を確保するひとつの方略だと思う。
責任という言葉は、上記のように予防的に用いられるのであれば、胃がキュッとなるような感覚は受けない。
しかし実際は、このように、呪詛の言葉として使われている感覚。
「わたしはどうすればいいですか」という聞き方は、責任という言葉が孕む呪詛的ニュアンスによって相手を縛り、結果として《答えにくい》状況を生み出してしまう。
一方で、「ご自分だったらどうなさいますか」という聞き方は、相手を呪詛的ニュアンスから解放し、それがすなわち心理的安全性を担保することにつながっているのだろう。