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PK戦の練習をすべきか否か!? ~研修転移というフィルターで眺めると~

クロアチア戦でのPK負けをきっかけに、PK戦に特化した準備をすべきかどうかという話が出ている。

PK戦に特化した準備には2種類ある。1つは、PK戦に特化した練習をするというもの。上記の記事はこれに当たる。もう1つの準備が、実際のPK戦の数を増やす、いわゆる場数を増やすというもの。

Jリーグの野々村芳和チェアマンのこちらの動画は場数を増やす議論にあたる。

チェアマンの発言は、《場数を増やす》ことから始まり、次第に《PK戦に特化した練習》に移っていく。

だからルヴァンカップを大会方式変えることで
トーナメントでの1発ノックアウト方式になるから
再来年にはなるけどPKは自然と増える
そこでPKに慣れていくというか
さっき場数ってあったけど
それは大事かなと思う

でもねPKは
もちろん技術的なこともあると思うけど
120分戦った中での疲れている中での
技術と精神状態と
本当にしんどいと思う
あの選手がそんな外し方するみたいな時
たまにあったりするわけじゃない

普段PKの練習してんのかしてないのか
みたいな話とかもあるじゃない
もちろんみんなしてたりする
ちっちゃい頃から
PKなんて1000本2000本
蹴ったりするわけでしょうきっと

でも120分やって
あのプレッシャーとかストレスの中で
蹴ったことある人なんて
ほとんどいなかったりするから

PKのための特別なトレーニングは
必要とも思うけど
そんな状況ってなかなかない

PK戦の導入について多くのお便りをいただいたのでお話しします。ののチャンネル #10

発言の背景を少し補足しておく。

チェアマンを長に据えるJリーグ(という組織)は、大きく2つの大会を主催している。ひとつが、J1、J2、J3と呼ばれる、(リーグ戦としての)Jリーグ。そしてもう一つが、ここで取り上げられているルヴァンカップという大会。

クロアチア戦をきっかけに起きているPK戦の議論とは別の観点から、(組織としての)Jリーグはルヴァンカップの大会方式を2024年から変更することを発表している。

チェアマンの冒頭の発言の

だからルヴァンカップを大会方式変えることで
トーナメントでの1発ノックアウト方式になるから

はこの2024年からの大会方式変更のことを指している。話を本線に戻そう。

チェアマンは〈PK戦に特化した練習〉ついて懐疑的だ。

でも120分やって
あのプレッシャーとかストレスの中で
蹴ったことある人なんて
ほとんどいなかったりするから

PKのための特別なトレーニングは
必要とも思うけど
そんな状況ってなかなかない

特にPK戦のように、センセーショナルかつ、敗因が目で見てわかりやすい負け方をしたときは、「(その負けた場面を)もっと練習しろ!」という声が出てくる。

だけど、その〈特化した練習〉というのが、試合での勝利という本来の目的に本当につながっているのか、という議論は忘れてはいけない。練習と試合の合理的な接続についての議論が抜け落ちると、それはただの精神論/根性論に成り下がるから。

ことPK戦については、〈練習と試合の合理的な接続〉が難しいということが、現役のゴールキーパーである北海道コンサドーレ札幌の松原修平選手も書いている。

正直な話、練習でのPKはあまり当てにならないのかな、と思ってます。
どれだけ自分にプレッシャーかけたとしても、公式戦や、国を背負って蹴るPKの緊張感などは、味わえないと思っているので。
まぁ練習は90%入ります。プロの選手達は自分の狙ったコースや、GKの動きを見て蹴る事が出来ますよ。なので、分かってても止めれない事が多いんですよ。
でも試合になれば、どうなるかわかりません。練習で、どれだけ良いコースにシュートを打てる選手でもです。
普段の練習を見る限り、外す訳無いだろうという選手達が、公式戦で何度か外したのを見てきました。
全然違うんでしょうね。環境、声援、疲労、プレッシャー、相手GKとの駆け引き等々…
いかに平常心で蹴れるかが、大事ですよね。鍛え方はわかりません笑

質問返事コーナー!

この〈練習と試合の合理的な接続〉というのは、人材育成における研修転移の考え方に他ならない。

研修転移とは、「研修で学んだことが、仕事の現場で一般化され役立てられ、かつその効果が持続されること」を指します。

研修開発入門 「研修転移」の理論と実践

野々村チェアマンと松原選手が、もちろん研修転移という言葉は知らないであろうにもかかわらず、同じ研修転移の観点で考えているのが興味深いなと思ったのだ。

研修転移という考え方は、今回の議論に次のような問いを投げかける。

〈PK戦に特化した練習〉という研修で学んだことは、ワールドカップの決勝トーナメントのような現場で本当に役立てられるのか?

今回のPK戦に関する議論において、研修転移の考えがなぜ重要なのか。

研修転移には、近転移/遠転移と呼ばれる概念がある。

学習した内容と近い状況への転移は「近転移(Near transfer)」と呼ばれ、より生じやすいとされていますが、異なる状況への転移「遠転移(Far transfer)」は起こりにくい。
端的に申し上げれば、研修で学習した内容と、職場での状況が似ているほうが、より転移しやすくなると考えるということです。

研修開発入門 「研修転移」の理論と実践

野々村チェアマンと松原選手の発言に共通しているのは、〈PK戦に特化した練習〉というのは遠転移であり、研修転移が起こりにくい、すなわち、本番のPK戦には、思っているほど役立たないのではないか、ということだ。

研修転移という考え方を知ると、〈PK戦に特化した練習〉をするべきか否か、という二項対立を抜け出すことができる。ゼロサムの二項対立から、グラデーションのある建設的な議論へ。ワールドカップの決勝トーナメントのような本番にとって、どういう〈PK戦に特化した練習〉が効果的なのか、言い換えると、より近転移にするにはどうしたらいいのだろう、という議論をすることができる。

物事の発展に寄与するのは、ゼロサムの二項対立ではなく、グラデーションのある議論だと考えている私は、今回のPK戦に関する議論を研修転移というフィルターを通して眺められたことで、サッカーをより楽しむことができるなと思い嬉しくなった。

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以下、関連する過去の記事たち。

スポーツにおける練習と試合というメタファーは、ビジネスパーソンの学びに様々な示唆を与えてくれます。

研修転移は、研修の中身(内部設計)の問題であるのはもちろん、研修と現場の接続(外部設計)の問題でもあります。

人材育成に関する議論が《ただの精神論/根性論》に堕しないためには、今回のように研修転移について知ることに加え、精神論/根性論についてちゃんと考えてみることも必要です。




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