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山を知らなかった長野県民の話⑪~伊吹山~

まだ登山にハマっていなかった頃、

私は若干の乗り鉄だった。

関東に住んでいる私は、青春18きっぷを片手に、和歌山に住む友人の家に行くべく、総乗車時間11時間を超える鉄道旅を行った。

岐阜の大垣駅からは京都線新快速に乗車。豊橋駅で買ったあんまきを片手に、新快速のスピードに酔いしれ、「最っ高の旅じゃん!!!」とテンションも上がっていた時、岐阜と滋賀の県境をちょうど過ぎたあたりのこと。

私は車窓から、ふと一つの山を見つけた。

これは登山にハマる前、山の良さに気づく前のこと。にも関わらず、私はその山の美しさに目を奪われてしまった。

「あの山はなんていうんだ???」

そうして慌ててGoogle MAPを開き、スクリーンショットを撮った乗り鉄の女。

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これが、私と伊吹山との出会いだった。



それから時は過ぎ、私は登山動画をきっかけに山に登るようになった。

いくつかの登山動画を観る中で、「あぁーこの山、登ってる最中の雰囲気も、山頂からの景色もとっても良いなぁー。いつか登りたいなー。」と思う山があった。

ジッとその動画のタイトルを見る。

”伊吹山”

山の名前に見覚えがある。絶対どこかで見た。

琵琶湖……滋賀……山………


思い出した。

鉄道旅のとき、その外観に惚れこんだ山だった。

これぞデスティニー



「外観も好きで、道中も山頂からの景色も好きな山なんて、

登るしかないのでは??????」

そういう結論に至るのに時間はかからなかった。


とある夜勤明けの日。私は登山道具と宿泊道具をザックに詰め込んで、新幹線に飛び乗った。

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米原で普通列車に乗り換える。コロナで遠出などしていなかったから、全然馴染みのない地域の列車に乗るなど、大学生の頃の電車旅以来だ。

懐かしくて、電車のアナウンスを聞いているだけで少し鳥肌が立った。


長浜エリアで少し観光。夕方になると、琵琶湖へ向かった。夕景が美しいと聞いたから。

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想像以上に広大な琵琶湖。人々が座り込んで夕陽を眺めている様子は、もはや夕方の海岸のようだった。

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そして琵琶湖沿いのさざなみ街道。ここを運転したらすごく気持ちよいだろうなあーと思いながら少しだけ道に沿って歩いてみる。

琵琶湖を見つめている時、常に後ろには明日登る伊吹山がそびえ立っている位置関係になる。

憧れていた山の気配を感じながら、久々の旅に胸躍らせる。

米原まで戻り、ホテルで一泊する。なかなか寝付くことはできなかった。



朝、なんとか、なんとか早起きして、予定していた時間に近江長岡駅に降り立った。

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伊吹山は総コースタイムは7時間程度。休憩なども含めたら8時間以上になる見込み。バスの始発は8時半に山の麓に着くが、登山では15時に下山する前提で計画を立てた方が良いと言われている。

自分の脚力にそれほど自信がなく、疲れやトラブルがあればもっと時間がかかる可能性もある。となれば、バスの始発よりも前に麓に行った方が良いのではないかと考えた。

そこで、事前に乗合タクシーを予約。バスよりは高くなってしまうが、まともに一般タクシーを使うよりは安く済む。

運転手さんから「よく伊吹山に登る人が乗るんだよ~~」というようなお話を聞きながら麓へ向かう。今のところ、真っ白な雲に覆われている。ただ、天気予報を見る限りでは今日は快晴の予定。後々晴れてくることを願いながら、窓の外を眺めていた。

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登山口に到着。
神社があったので登頂を祈願する。


ビジターセンターには、落石注意などの不吉な情報が書かれていた。
何も知らずに山の中へ突っ込んでしまうより遥かに良い。

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こういう施設は本当にありがたい。
山の安全と楽しさを守るために働いてくださってる方々に、いつも感謝を忘れずにいたい。

そして、私もいつか、山と山を愛する人たちに貢献できれば。
そんなことを最近思う。


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準備体操を済ませ、登山口をくぐる。
あの憧れた山についに足を踏み入れたのだと感慨深くなる。

伊吹山は、1合目までは樹林帯である。
ここ数日の間に雨が降ったのか、地面は濡れていた。
木の根や岩が多数あり、傾斜も少しあるので、「これは下山で苦労するかもしれない」と思いながら登った。

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動画でこそ観ていたが登るのは初めての山。それも、見通しの悪い樹林帯。しかも早朝で人もほぼいない。


それによる若干の緊張が、私を日常生活から切り離していく。

目の前で起きる出来事に、集中するようになる。
"今を生きている感覚"、登山はそれを思い出させてくれる。


1合目までたどり着くと景色が開ける。

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先ほどタクシーの中から見た厚い雲。その上に出てきたようだ。

目の前に雲海が広がっていた。

振り向けば朝日の気配を感じる明るさ。今日一日が良い登山になることを予感させるような爽やかな光。

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滑りそうで怖かったけれど、伊吹山頂が待っていると思ったら、留まってはいられない。

晴れろ!雲海!!

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3合目手前で景色が大きく開け、伊吹山の全体が見渡せるようになる。憧れていた山が目の前に。

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伊吹山は5合目以降はほぼ樹林帯がない。つまり、5合目より上のこれから登っていく登山道はすべてここから見ることができる。だからこそ、「大変そうだな…」とも思ったけれど、それ以上のこの山の美しさに見惚れていた。

多分、どんな形の山を好きになるかは人によると思う。私は登山動画で様々な山を観てきたけれど、山の外観だけで惚れこんだ山はこの伊吹山だけ。

正直、ここから眺めているだけでもかなり幸せ。

ベンチがあったので写真を撮ったり、風を感じながら山をひたすら眺めたりして少し休憩。

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トイレに立ち寄ってから行動再開。

4合目まではあっという間。5号目までは少し樹林帯に入る。岩がごろごろしており、私は下山時にここですっ転んだ(下山苦手マンが見事発動)

ちょうどこの山行前にエマージェンシーキットを整備しておいたところだったので、擦りむいた箇所の応急処置ができました。もしもの時の備えは大事。

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5合目にはベンチやテーブルの他に、なんと自販機があった。私は前日米原で飲み物を買いこんでおいたので買わなかったが、当日の気温や体力次第ではここで買い足すのも良いかもしれない(山頂で飲み物や食べ物は十分補給可能だけれど、そこまで間に合わないと思った時のため)。

ここからは高い木はなくなり、上を見れば美しい伊吹山の山体、下を見れば琵琶湖が広がるという私にとってたまらない景色が広がっていた。

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1合目時点では厚かった雲海もいつの間にかなくなり、空にあった雲もだんだん減り、青空が広がり始めていた。

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好きな山と好きな景色が今私の目の前にあって、登っている。基本ずっとつづら折りで登り続けるのできついはず。それなのに、幸せだとしか思わなかった。

つくづく、電車旅をしていたあの時、この山に気づいて良かったと思った。

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登れば登るほど傾斜が増していく。岩もそこそこあるし、私みたいなまだ体幹がしっかりしてない人間は、慎重に歩かないと滑ってしまいそう。

日差しにジリジリ焼かれる。
これくらいなら「良い天気だなぁ!」とモチベーションになるレベルだけど、真夏の伊吹山は、日差しを遮る樹林帯がほとんどないため灼熱だと聞いたことがある。

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季節、天気、植生、体調…そんなもので、登山は内容を大きく変える。
一期一会。

だからこそ、奇跡のような瞬間を求めて何度も登ってしまうのかな。

…などというポエムを作りながら登る。
(終わらない中二病)

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そして、「こんな傾斜下山できる????」と思うくらい急坂になった頃、ついに山頂付近の遊歩道が現れた。

ここまで来ると、車で9合目まで上がってきた人たちもいる。
「下から登ってきたのかー」「すごいなぁ」という言葉を聞きながら、とりあえずは山頂を目指す。


登山動画を見ていて、投稿者が山頂の一等三角点を探すのに苦労していたのを思い出した。

伊吹山には山頂を表す標が恐らく2種類?(もっとあるのかも)あり、私はどちらかというと空に向かって真っ直ぐ伸びる一等三角点が好きだったのでまずはそちらを探した。

お店やベンチが集まっている所を過ぎ、奥へ行かなければ見つからない。

これは、知らずにスルーしてしまった登山者も多いのではないかと思った。

というわけで、お店で賑わっているエリアから少し離れた方面へ。

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遮る雲もほとんどない、遠くの山がどこまでも見えそうな絶好の日だった。



そして、

ついに山頂到着。

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憧れていた山肌を辿ってここまで繋いできた。

あの日、麓の電車から見た山の頂上にいる。

人生なにがあるか本当に分からないなと思いながら、

真っすぐに空を見上げた。

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山に登って泣いたのは初めてだった。

この青さを忘れない。



他の人にとっては何てことのない山かもしれない。

でも私にとっては、唯一無二の一目惚れした山だった。

そしてそんな大切にしていた山は、最高の景色を返してくれた。

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頂上には食事の時間も含めて一時間ほどいたと思う。無事に登頂できた喜びを噛みしめながら、いろんな場所から景色を眺めていた。

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慣れない山域なのでこの案内をガン見しながら山座同定していたが、伊吹山系、北アルプス、白山など、本当に様々な山が見える。



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帰りたくないなぁ。




それでも、なんとか自分で自分に「ほら、帰るよ!!」と言い聞かせて下山を始める。

下りは琵琶湖見放題ツアー!

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麓へ戻る。ちょうどバスのない時間だったが、かなり疲れていたので1時間でもなんでも待とうと思っていた。しかし、ほぼ同時に下山した方から「駅まで歩いちゃった方が早いよ!!」と言われ、「まぁ…せっかくだからこの辺りの街並みを楽しむか…」と歩き出した。

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なんだか雰囲気が長野の自分の地元と似ていて、少し嬉しくなった。

「ああいう土手でおばあちゃんと遊んだなあ」とか「ああいう道を友達と自転車で走ったなぁ」とか。懐かしすぎる。

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そして、振り返ると今日登ってきた伊吹山がそびえている。

伊吹山への一目惚れは電車旅中の気まぐれなどではなく、

やはり今日改めて麓から見ても、美しい山だった。


くったくたになって近江長岡駅から電車に乗った。




思いっきり遊ぶのも、旅するのも、

子どもや学生だけの特権じゃない。


本当は時間のある学生時代にもっと遊んでおけば良かったなと後悔することもあるけれど、でも、当時の自分がそれを出来なかったんだからもう仕方ない。


遊びたい、旅したい、登りたい。

今の自分がそう思うのなら、今の自分がそれをやれば良い。

大丈夫。今日の私は、こんなにもすべてを楽しんだのだから。



生きていて良かった。

また山がそう思わせてくれた一日だった。

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