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山を知らなかった長野県民の話⑤~木曽駒ケ岳からの360度~

 丹沢の大山で手痛い経験をしても、登山をやめようとは思わなかった。装備を新しく購入したり、荷物を軽くする方法を考えたり、疲れにくい歩き方を学んだり……とにかく次に登る時のことを考えていた。

 私のスキルではまだまだ雪山なんて登れない。ということは、冬が来てしまえば山には行きづらくなるモタモタ悩んでいる場合ではない。「行きたいところにはどんどん行かなければ!!!」と私はとにかく前を向いていた。

 就活もだいたいカタがつき、心おきなく地元長野へ帰省できるようになった。だったら、せっかくなら長野の山へ行くしかない。

 初心者でも登れる長野の山………

 真っ先に思い当たったのは、木曽駒ケ岳だった。ロープウェイで2612mまで上がることができる。木曽駒に登っている登山動画も度々見て「いいな」と思っていたし、知人もそこに登って良かったと言っていた気がする。調べてみると、乗鞍岳の時と同様、実家から電車とバスで行くことができる。行き先は決定。

 登山当日。

 早朝から飯田線に揺られる。その乗車時間の長さや停車駅数の数、ひたすら山と川が続くその車窓などからキングオブJRとも言われ、乗り鉄の間で有名なこの飯田線。
余談だが、実は大学時代に、友人と飯田線走破の旅をしたこともあったり。ちょっと懐かしいなと思いながら、登校中の学生だらけでギュウギュウになった電車に揺られる。

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 ようやく駒ヶ根駅に着く。カラっと晴れ渡っており、「これは良い登山になるのでは」と期待が膨らんだ。駅前で待っているとバスが到着。このバスに乗って、しらび平のロープウェイ乗り場まで行くことができる。

 グネグネ曲がる道をバスが上がっていく。「ひぃぃぃぃ…なんでこんなとこでこんなデカい車両を運転できんだこの人……」とバスの運転手に尊敬の念を抱く。荷物を詰め込んだザックを腕に抱えながらこれからの登山に思いを馳せる。この時間がとても好きだった。

 ロープウェイに乗り込む。窓の外に見えるのは山の木々やその間を流れる滝。高山が持つスケールの大きさに「すげー…」と思わず声をもらしてしまう。

 私が乗ったのは10月の2週目。普段私が住んでいる関東ではまだそこまで紅葉は見られない。しかし、ロープウェイを上がるにつれて見えてきたのは…

「葉っぱが黄色い……?!」

 ロープウェイの終点・千畳敷駅に着き、外に出た瞬間目の前に広がった景色がこちら。

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 下界とは違い、もう紅葉が終わりそうな勢いの千畳敷カール。標高が上がるとこんなに季節の流れが違うのかと驚いた。そして、駅舎を出るなりこんなに迫力のあるものが目の前に現れるのだ。剥き出しの岩、真っ青な空。

 事前にてんきとくらす見晴らし予報を見た際には、そこまで眺望は良くなさそうだった。先日の乗鞍登山でも、雲一つなかった山頂がたちまちに雲に覆われていたのを思い出した。だから、なるべく空が青いうちに山頂へ行ってしまおうと、私は速攻出発した。

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 カール内の遊歩道を歩いてみると、思っていたよりも足場が不安定で歩きにくかった。登山靴や、最低でもスニーカーでなければ、バランスをとるのに結構苦労するかもしれない。
遊歩道はカール内を周遊するもので、駅舎から見るよりもより山々を近くで見ることができる。動画や写真だけでは伝わってこなかった迫力がビシビシと伝わってくる。

 遊歩道と登山道の分岐地点に着く。登山装備を身につけていない人は登山道へ入らないよう促す看板も建てられていた。ここからいよいよ始まるのだ。そう思って気持ちが昂った。

 木曽駒ケ岳の千畳敷カール経由ルートにおける核心部は、この遊歩道から分岐してすぐに始まる、八丁坂(はっちょうざか)と呼ばれる急坂だと私は思う。

カールは、すごく雑に説明すれば、半分に割ったお椀のような形になっている。つまり、上へ登れば登るほど傾斜が増す。登って疲れが増すにつれて、角度は緩くなるどころかどんどんきつくなるのだ。

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 しんどくなり思わず上を見ると、まだまだ続く階段に心が折れそうになる。無理なペースで登らないことを心掛けているのに、こまめに立ち止まっているのに、異常に息が切れる。あまりにもすぐに疲れる。自分が年齢の割に体力がない人間にしても「さすがにおかしいな」と思い、他の登山者の邪魔にならなそうな場所で岩に座り込んで休憩をする。

 ボーっとする頭で高山を登っていた方達が投稿していた登山動画を思い出す。それらの中でたまに出てきた単語を思い出した。

高山病

 あくまで自己診断だが、この時に軽い高山病になっていたのだと思う。「晴れているうちに頂上に行きたい」と、高度順応を大してせずに、さっさと登り始めてしまった。

 木曽駒ケ岳のようにロープウェイであっという間に高い標高まで上がってこれる山は、気軽に行けるという点では最高だが、短時間で一気に標高を上げるため身体が付いてこれないことがしばしばある。しばらく休憩して体を慣らしてから登ることによって、その症状を回避あるいは緩和することができるが、そのことがすっかり頭から抜けてしまっていた。

 「高山病かもな……ちょっと休むか…」そう思い、座ったままザックを下ろし、意識して深呼吸をしながらやや長めに休憩をとった。無理をして、もっと症状がきつくなるのを避けたかった。

 息も落ち着き、「そろそろ登ってみたいな」という気分になったため行動再開。ゆっくりゆっくり、一歩を踏みしめ、景色を楽しみながら登る。そう、この日はとにかく天気が良かったから、景色が本当に最高だったのだ。

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【(余談)写真右側の山、宝剣岳の山頂に人が一人立っているのが見えるだろうか…?実はその人が立っているのは人一人が立つのがやっとの岩の上。ある程度技術がある人でないと誇張でもなんでもなく落っこちてしまう…】

 登れば登るほどに、カールを形成する山々の稜線がはっきり見えてくるようになる。いや、カールを形成する山々どころではない。その奥まで、どこまでも見える。

 そして振り向けば、

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 南アルプス、そしてその奥にある富士山までハッキリと見えた。

 「もしかして今日、マジな快晴か…………????

 見晴らし予報に良い意味で裏切られた。どうやら絶好の日を引いたらしい。それまでの登山は、なかなか快晴には恵まれなかった。頂上に着いたら辺り一面真っ白なんてこともザラだったものだから、遂に快晴の青空が自分にも巡ってきたかと震えた。

道のりはしんどかったが、もう行くしかなかった。


今日は私のための日だ。私のための青だ。


そんなポエムを脳内でつくりながら先へ進む。

八丁坂を登り終え、乗越浄土(のっこしじょうど)へ着く。
今までカールに遮られて見えなかった山々も顔を出した。

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 乗越浄土を左へ進むと宝剣岳・中岳・木曽駒ヶ岳へ、右へ進むと伊那前岳へと向かうことができる。
伊那前岳は、千畳敷カールの北側の稜線を歩くことができる。この時は時間の関係で行けなかったが、いつかは歩いてみたい道の一つだ。


 目的地・木曽駒ヶ岳を目指すと、途中で宝剣岳への分岐がある。宝剣岳はヘルメット必須。岩場経験がある人でなければ動けなくなるか、最悪落ちてしまう危険な山だ。
「行けるようになれたらなぁ…」そんなことを思いながら、今回は写真を撮るだけに留めた。

どんくさい自分でも行くことを諦めたくはなかった。
今は無理でも、いつか。

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 木曽駒へ行くには、中岳の山頂を経由する。つまり、一旦登って下る必要がある。この中岳の下りが個人的には少し怖かった。岩がゴロゴロあり、その上を「この岩なら足場にして大丈夫かな?」と探りながら進む。ちょっと乗鞍岳を思い出した。

 ちなみに、中岳は山頂を経由しない"巻き道"も存在するが、結構危険なルートらしく、初心者が通ることは推奨されていない。

木曽駒ケ岳2

【「巻き道(危険)」という直球な看板】

 なんとか中岳を降りきると、あとは木曽駒ヶ岳への登りだけ。先ほどの高山病らしき症状もどこかへ行き、はやる気持ちを抑えて、努めて慎重に登る。

木曽駒ケ岳

【中岳から見た木曽駒ケ岳】


そして、

登頂!!!!!!!

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見事なまでの360度快晴だった。

 残念ながら私は瞬時に山座同定できるほど山の形や位置を把握していなかったため、スマホのGPSをONにしてGoogleマップで時間をかけて山を見分けていく。

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周りの人が「あれが御嶽ね!」「すご~~い!穂高もくっきり!」と言っているのを盗み聞きして、「なるほど…あれが穂高連峰か…」と学んでいた。

 結局、どれが何という山か分からないものもたくさんあったが、今日がかなりの当たり日だということはよく分かった。

山に登るならと、母がお弁当を作ってくれた。
程よい疲れと絶景と心地よい風、そんな中で食べるお弁当は最高だった。

いつまでもここにいたい。
名残惜しさを隠せず、色んな角度から写真を撮った。

事前に提出した登山計画よりもやや長めに山頂で過ごしてしまい、「うぅぅぅ~~~帰りたくないぃ~~~~」と思いながらも、生還のために下山を始めた。

 登りで苦しめられた八丁坂は、下りでも私を苦しめた。むしろ、落ちるかもしれない恐怖を考慮すれば下りの方が大変だったかもしれない。後ろから何人に追い抜かされたか分からないが、プライドよりも命の方が大事なので、道を譲りながら慎重に降りていく。こうしてなんとか千畳敷カールの遊歩道へ戻った。

 ロープウェイの千畳敷駅には千畳敷ホテルが併設されている。ここでは、宿泊はもちろん、グッズや登山道具の売店、レストランもあり、宿泊客でなくても利用できる。この日私はコーヒーを購入し、南アルプスを眺めながら一息ついた。(この記事の見出しの画像参照)

心底来てよかったと思った。


恐る恐る、だましだまし、一歩一歩

そんな風に始めたはずの登山に、いつの間にか前のめりになってハマっていく自分を感じた。

こんなとき、ほんの些細なきっかけから、次なる目標の場所ができたのである。

舞台は、屋久島。


続く

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