【戯曲】SXXしないと出られない部屋

男  大丈夫。大丈夫。落ち着くんだ。いや、わかるよ、君がパニックになるのも仕方ない。どうして、今、こういう状況になってしまっているのか、意味が分からない。本当に。こう見えて僕も今、とても混乱しているんだ。でもパニックになったって仕方ないだろう。深呼吸をして。とりあえずは、落ちつこう。大丈夫。今すぐ何がどうなるわけでもないんだ。君がそこにいて、僕はここに居たらいい。大丈夫、何もしないよ。

 『女』と男がいる

男 説得力がない、と言いたげだね。そう思われても仕方ない。なぜ僕が今、こうなっているのかを説明するには、少し時間をもらうことになる。それでもいいだろうか。いや、その方がいいかもしれない。どうか僕の話に耳を傾けながら、パニック状態にある君の内側を落ち着かせてくれ。大丈夫、僕はここにいるから。

男 君は、卵をふ化させたことはあるかい。鶏の卵さ。ないか。僕は、ある。あれはまだ僕が小さいころ、夏休みに、田舎のじいちゃん家に遊びに行ったときのことだ。じいちゃんは畜産をやってたらから、家の敷地内には、牛小屋や鶏小屋があった。耳鳴りみたいに蝉が鳴く暑い暑い日、じいちゃんはまだ小さな僕に、鶏の卵をひとつ手渡した。じいちゃんは言った。大事に温めたら、そのうちヒヨコが孵る。そのヒヨコを大事に育てたら、鶏になる。立派な鶏になったら、一緒に食おうって。まだ小さな僕にとんでもないことを言い出すクレイジーなじいちゃんだった。でも、今ならじいちゃんの気持ちはわかる。あの頃僕は、わがままばかり言ってて、好き嫌いも多くて、そのくせ根暗で、ひ弱で、陰キャだった。だからきっとじいちゃんは、命の大切さとか、儚さとか、食べること、生きることのたくましさを教えようとしてくれたんだと思う。ありがとう、じいちゃん。でも考えもみてくれ、まだ本当に小さい子供だったんだ僕は。大事に育てた鶏を殺すことなんてきっとできないし、ヒヨコから育てることも、そもそも卵を孵化させることなんてできるわかけない。やり方もわからないんだ。そんなの当時の僕でもわかりきったことだった。だから僕は最初からあきらめて、卵を温める前にそのまま土に埋めたのさ。どうせ死なせてしまうだろうからね。

男 落ち着くどころか怖がらせてしまったかな。今のは忘れて。ちょっとわかりにくいエピソードをチョイスしてしまった。そうだ、何か飲むかい?冷蔵庫に何かあった気がする。遠慮しないで、ほら、こんなにある。いらいない?いらないの?そう。

男 とにかく、そういうわけだから、なんていうか、頭の回転が速いんだ。状況をすぐ理解して、結論が出たらすぐ行動してしまう。先走ってしまうんだ。でも、わかってるよ、僕だけが先に進もうとしたって今の状況を変えることはひとりではできない。そう、ひとりでは、出来ない、から。いくらでも待つよ、大丈夫。どう?少しはおちついてきた?

男 そういう話は、したくないな。僕は、聞きたくない。でも、君が、聞きたいのか。君が僕の話を聞くことが大事なんだろうね、きっと。そりゃそうだ。だって僕たちはまだお互いのことを何も知らない。信頼関係を気づくには、互いをもっと知る必要があるのだね。わかるよ。じゃあ、話そう。僕の、初体験の話を。

男 あれは、高校生の頃だ。ウロコ雲が空の高いところでゆったりと流れる秋の日の放課後、グラウンドの野球部たちの声を遠くに聞きながら、僕と彼女は校舎裏で二人きりだった。僕たちは秘密の恋をしていた。彼女はクラスの人気者で、若い教員までもが彼女に夢中だった。僕は当時とても地味で、彼女とはまるで不釣り合いだったから、みんなの前では彼女に近づくこともしなかった。彼女はとても寂しがってくれたけれど、僕はそれでよかった。でも、その日はたまたま、校舎裏の掃除当番がいっしょになったのさ。僕も彼女も幸せな気持ちでいっぱいだった。僕たちは沢山おしゃべりをして、ふざけあって遊んだ。彼女はまじめだったから、掃除がすすまないとちょっと怒ったりもしながら。しばらくして、突然大粒の雨が降り出した。夕立だ。僕らは急いで雨宿りのできる場所に非難した。僕たちはびしょぬれだった。彼女はポケットから小さなタオルようなハンカチを取り出して、顔を拭いた。彼女の濡れた髪の毛束から雫がポタポタと滴り落ち、雨水を一杯に含んだ白いセーラー服が彼女の肌にピタとはりついて、みずみずしい白くて細い足はいっそう艶やかにうるおい、それは、とても綺麗だった。彼女は僕の視線に気が付いて、はにかんで目を伏せた。そして、自分の顔をぬぐったハンカチを、そっと 僕にわたしたのさ。あれは、もう SEX だった。

男 え?ハンカチを手渡したら彼女は走って行ってしまったよ。照れてるところもたまらなかったな。いやだな、まさかそれがそうとは本気で思ってないさ。ただ、なんていうかな、概念としてさ、あれほど愛がある SEX なんて他にないだろう。いちばん綺麗な思い出なのさ。あれが純愛だ。それに違ないない。大人になってしまうと、SEX とはそういうものじゃなくなる。愛があってもなくても、出来てしまうんだから。

 男、自殺を図る

男 何してるって、死ぬのさ・・・。僕は間違ってた。愛のない SEX ほどむなしいものはない。僕たちは、愛のある SEX なんてできない。たとえ僕が君を愛せたとしても、君は僕を愛することが出来るか?出来ないさ。だって、今までだれ一人、いや、そもそも僕が、僕自身が、僕を愛することが出来ないんだ。僕ですら愛想つかせたこの僕を、いったい誰が愛するっていうんだよ。君は言えるか?嘘でも、言葉にできるか?この僕を愛してくれるのか。そんなこと、君に、口が裂けても聞けるわけがない。君と僕が、SEX することは容易い、けれどそんな SEX、SEX なもんか。そんなもの SEX じゃない。僕たちに SEX は出来ないんだ。だから、死ぬのさ。こうなればここから一生出ることはないんだ。君も、僕も、ここからは出られない。出られないならいっそ。いや、ははは、出ても、出なくても、変わらない。変わらないじゃないか。

男 この部屋の中にも、外にも、僕の、愛なんてないじゃないか。そうか。もう大人になってしまってから、ずっと出られていないのか。道理で窮屈なわけだ。どうりで不自由なわけだ。僕はもうずっと、ずっと昔から、部屋から出られてないんだな。いつ入ってしまったのだろう。いや、ずっとか、生まれた時からか。愛を知らないんだ。僕は。

男 ねえ、君は?君は知ってるのか?愛。愛の SEX をしたことがあるかい?ないだろう。あるわけがない。君は何も考えず、受け入れ、消費されるんだ。消耗品なんだから。からっぽだ。からっぽの SEX だ。気持ちいいか。たのしいか。なぁ、なにか、言ってくれよ。何か答えてくれよ。

 ノックの音

男 時々、ノックの音がするんだ。人の声が聞こえるんだ。僕を呼ぶんだ。どうしろっていうんだ。どうしたらいいんだ。

 ノックの音がする
 男、たまらず部屋の中で暴れまわる
 おもわず『女』をふきとばし、我に返る
 『女』を座り直させる
 触れた『女』の質感に虚しくなる

男 でも、からっぽでも、ひとがいいな。ひとってだけでいい。やわらかくて、あたたかくて。

男 社会人になって、一年目、初めての忘年会。会社の上司に連れていかれた店であったあの子、名前なんだっけ。まぁそんなのあってないようなものか。あの子も新人で、お互いとても緊張していて、間抜けな時間だったけど、終わった後に笑いあって、はなしたりして。帰り道、雪が降るくらい寒かったはずなのに、なぜかずっと身体がポカポカしていた気がする。なんていうか、あれは、たしかに愛に近いものだった。また行くって約束、果たせなかったな。

男 愛に近いもの。それでも、いい。もう僕にとって、それは愛だ。愛だよ。

男 人がいる、人といる、っていうのは、愛だ。見つめあうことが出来て、触れることが出来るのは愛だ。いやそうでなくても、ただ、隣にいるだけでも愛だ。ただずっと、そこにいてくれるだけで、それは、もう愛だ。愛だ。愛だ。

 ノックの音

男 ただずっと、そこにいてくれるのは、愛・・・

 ノックの音がする
 いつもと同じノックの音がする

《終》


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