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極めて小さな疑問とバラバラ道中記。

夫にはお気に入りのパン屋さんがある。

夫は夜勤のある仕事をしており、頑張った週、癒されたい週、そして過酷な仕事をやり遂げた週の夜勤明けには晴れやかな朝日を浴びて隣の市にあるそのパン屋へ私を連れて彼は向かうのだ。

人気店だからか早朝からオープンしているにも関わらず、パン屋はいつもお客さんでいっぱいだ。

隣の市という事で歩くにも少し遠い。車で15分。彼は途中コンビニで勝利の美酒ならぬ勝利のドトールコーヒー(214円)を買い、彼はあいみょんの名曲「マリーゴールド」を流しながら乾いた喉にそれを流し込み車を走らせる。

そんな朝っぱらからええ感じの朝を迎える雰囲気に酔う五十路のおっさんの横を無表情で座っている私。

朝っぱらから私を連れ回すなッ……!!!

そんな時間があれば優雅にニ度寝…いや、朝の掃除の一つでも終わらせたい私である。
そんな私の声を夫は知ってか知らずか。そもそもこの夫、パン屋に行きたいのならひとりで行けばいいのに、小洒落たマダムや若夫婦で溢れるおしゃれパン屋にひとりで入る勇気がないのだ。

私はおっさん達がひしめく牛丼屋だって一人で入れる自信があるぞ。(49歳 女性)


…まぁ、ここまでなんやかんやと書いたが本題に移ろう。

私は私でそのたまに行くそのパン屋の道中にちょっと気になる像がある。
車で通り過ぎる時に一瞬お目に掛かるその像。

それがコレ。

いつぞやに車から撮ったやつ。

あなた誰?何者なの?

何かの会社か工場の出入り口にあるこの像、恐竜と思しき物体。恐竜の何かを扱っているわけでもなく、かといって石材を扱う会社でもないようだ。
見通しも良く何の変哲もない道路を走っていて、いきなりこの恐竜が出現するのだ。目につかないわけがない。

ちょっと可愛いその様相。何ザウルスなのか全く分からぬ。インターネットや手持ちの恐竜図鑑でこの容姿に近しいものを探すもとんとヒットしない。
まぁ、恐竜なんてあの有名なティラノサウルスだってモスグリーンの肌に小さな手、頭が大きく、剥き出しの大きな歯、誰もが思うT-Rexの姿を長く信じていたのに、
"実はモヒカン姿!"
"ふさふさの体毛生えていた!"
"肌は赤かった!"
だなんて発表されたり驚いていたら、しばらくしてまた違った姿に更新されていたりと、まだまだその姿は不確かなものなのだ。
最近何かで目にした記事には、あの剥き出しの鋭い歯が隠れる位の唇があったとかナントカ。…本当に…?
……クチビルて。想像不可の域である。

まぁ、そもそも確実に形として残っているのが骨しかないから仕方がないんだろうけれど。

まぁ、それはさておき、この謎恐竜の像、気になる大きな特徴が2つ。

↑この丸のパーツと。

咥えているこの何か。


特にこの咥えたものが気になる。
葉っぱなのかしら。しかし、デロリとした重さを感じるところを見ると…生肉?
仮に生肉だとしたら、恐竜というお子様が喜びそうなモチーフのくせに、いきなりリアルグロをぶっこむのは感心しないし、考えにくい。

君は草食なのかい。肉食なのかい。どういう生物なんだい。

頭の上にある丸いものだって、最初はよくありそうなモヒカンのような、かまぼこみたいな半月型みたいなものなのかと思っていたのだが、毎度目を凝らして見てみるとどうやら円形お椀型のようだ。

…コブなのかしら?
しかし、現代でこんな個性的過ぎる配置にコブを携えた生き物を見たことがないからか違和感が拭えない。
もう、気になり過ぎていつもこの像に続く道に差しかかると、一瞬で通り過ぎるこの謎を見逃すまいと変な緊張が走るのだ。
まぁ、一枚目の写真ぐらいの距離で、しかも近眼のワタクシ。結局毎度「よく分からん。」で終了するのだが。

そんな喉に魚の小骨が引っかかったような小さな疑問をこのパン屋を知ってから10年ほど持ち続けている。

夜勤明けのある朝、「歩いてパン屋に行かない?」と、夫が言い出した。

私は元気に「いいよ!」と答えた。
いつもなら朝っぱらから連れ回される事に憮然とする私だが、しばらくお天気に恵まれず私の唯一の運動、ウォーキングもサボりがち。そして、何よりあの像が真近で見られる絶好の機会である。
WIN-WINどころか、WIN-WIN-WINじゃないか。

しかし、前述通り歩くには少し距離のあるパン屋。
夜勤上がりの夫はウォーキングとはいえ、疲れた身体に負荷の掛かる運動を行って大丈夫なのかと少し心配した。
しかし、夫はそんな夫婦愛麗しい私の気遣いを他所に、"そんな事よりもサービス開始からやっているドラクエウォーク(ウォーキング系スマホゲーム)の期間限定クエストが終わるから歩数を稼がなければならない。"とかナントカ抜かしやがった。
夫は生粋のゲーム好きなのだ。

夫よ。貴方のゲームに対する熱意と執着は確実に寿命を削っていましてよ。
寝ろ。

考えてみりゃ、夫はどんな事でも決めた事には絶対揺るがない人だった。
別名「頑固者」ともいうが。

でもまぁ、片道4キロほどあるのだ。普段ウォーキングなんてしない人は何か理由なり楽しみがなくちゃ、歩くってだけじゃやってられないとは思う。

私は私であの像の真実が知れる事にウキウキが止まらない。
雨上がり曇り空の下、足取り軽く歩く。
夫はその後ろを時々立ち止まってはスマホを取り出し何かチェックしている。マイペースと頑固者のバラバラウォーキング道中である。
まるで私たち夫婦そのものを表したような。

そうこうしていると、遠くに雨に濡れ黒く光るアイツが見えてきた。

キタキタキター!!
10年来の謎が今解ける!真実はいつも一つ!


いざ!ご対面!!


は、葉っぱだーー!!

ああああー!!すっきりした!
小骨が取れた所じゃない、一週間汚れを放置したコンロを磨き上げた時並みにスッキリした!!
でもやっぱり葉っぱの表現もうちょっと何とかならない?生肉と紙一重よ。

加えて、この距離から見なければ分からなかったこともある。

この恐竜…肋骨なのだろうか、筋肉なのだろうか、皮膚の皺なのか分からないが筋のような物が彫り込まれている。よく見れば足下の作りも細かい。

本物の恐竜を見た事はないが、決してリアル路線では無いのは確かだ。
またそれがダビデ像やニケ像ではなくお地蔵さまのような佇まいを感じさせるのである。そもそも大理石でもなく御影石だけど。100%愛嬌。

結局、何の恐竜か分からないままではあったが、全体の特徴から取り敢えず(多分)イグアノドンで有名な鳥脚類なのだろう。因みに鳥脚類はクチバシを有し消化器官が凄ぶる強いそうだ。「どんとこい食物繊維!」とか言いながら食べてそう。
コイツはクチバシらしき物は皆無だけれど。
あと、パトカーの赤色灯みたいなコブは一体何なのかやっぱり分からん。
でも、見れば見るほど妙な味わいがある。

そして、今まで全く気付かなかった真実。
尻尾の部分が結構な感じで壊れた跡がある。しかも丁寧に修理されていた。車に乗って遠巻きに一瞬見ているだけだったら絶対気づかなかった。

この恐竜、めっちゃ大事にされてるやん。

私ならどないしようかと悩んだ末に横にそっと放置しているか、その辺りの畑にぶん投げているだろう。

夫としばしこの恐竜を観察した。
もうこの恐竜の周りを二人でぐるぐる廻った。

朝っぱらから怪しさ満点の中年夫婦である。
夫はいつも運転をしながら横目でちらりと見るくらいなので、それはもう興味津々だ。
思い込みや、あやふやな記憶を排除して、良いも悪いも近くで自分の目で確かめてみるから分かることが沢山ある。

ひとしきり見た後、この恐竜の正体、細かい足の爪の作りや、謎のシワ、頭のこぶ、色々と意見を交わすべき事項を差し押さえ、まず二人で一番に出た言葉は、


「物事は、なんでも飛び込んでみないと分からない。」


こんな所で夫婦して物事に向き合う基本を再確認する事になるとは思わなかった。
人間、いつどんな所で、教えを戴く機会があるのか分からないものである。たとえその師が石の恐竜だとしても。

その後、無事おしゃれパン屋に到着し、美味しいパンを買い、来た道を歩いて帰った。

石の彫像で思い出したが、生活圏内にある墓石専門の石材店にはサンプルとして動物やキャラクターの作品(?)が置いてあるのだが、その中にタチの悪い呪いに掛かったとしか喩えようのない闇深いモノが存在している。(作者の人ゴメンナサイ。)

笑顔が素敵な猫と椅子のキメラ

家族はこの椅子を「見ていると不安になる椅子」と、評しているのだが、舐めちゃいけない。
こんなインパクトのあるモノを作ろうったって人間中々作れない。一撃で記憶に残るその姿、私を含め我が家族の心に喰らい付いている時点で、これはもう立派な芸術作品だと私は思っている。何ならルソーの絵を彷彿とさせる味がある。

私は推す。


家に帰り、パンの袋を開けた。焼きたてだったパンは湯気で少ししっとりしていた。時間が経ってしまったから仕方がないけれど。それでも夫は嬉しそうに「疲れた。」と言いながらもパンを頬張っている。夫は惣菜パン派、私は食パン派。
私は食パンを薄く切って、コーヒーを淹れた。

まぁ、謎の石像だったとはいえ、久々に夫婦で一つの何かをじっくり観察するのも悪く無い。

子供が小さくてやる事なす事初めての頃は二人で子供をよく観察するかのように眺めていた頃を少し思い出した。
少し心が温かくなった。

ふと夫を見た。

……アレ、様子が変…?
よく見ると、完全に咀嚼が止まっている。首も傾いていて、ちょっとユラユラしている。

……。

………。

夫、とっとと寝ろ。


ワタシの心がスッと冷めた感覚がした。

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