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海が好きな夫

 振り返って 

 夫の名前は藤沢周平と言います。「僕の名前は有名な歴史小説作家と同じなんだよ」と夫はよく笑って言いました。私は藤沢周平という人を知らず、いつも曖昧に笑ってごまかしてしまいます。
 
 夫と結婚して、十一年が経ちます。思えば長い年月ですが、私にはごく短い期間に感じられます。
 
 夫と私は、三浦海岸の裏の一軒家に住んでいます。がらんとした一軒家で、建物が古い為にごく安く買う事ができました。なんでも築50年だそうです。「地震が来たらぺちゃんこだね」 夫はそんな、冗談にもならない事をよく言います。その度、「笑い事じゃないのよ」と私は窘めます。それでも夫は「綺麗にぺちゃんこになればいいんだけどね、生き埋めなんて困るなあ」とその話をやめようとしない。夫はそんな、真面目とも冗談ともつかない話が好きな人です。
 
 家の裏手には三浦海岸があります。綺麗な砂浜があって、冬には大根を干したりしています。観光客もやってきます。三浦海岸には、家から五分もかからずに行く事がでます。
 
 三浦海岸は、左右に陸地が見えて、半円状になっています。どこかこじんまりとしているようです。夫はこの海岸が好きなようです。「僕はこの眺めが好きだ。できれば、江ノ島みたいに沢山の人が押しかけないで欲しいな」 そんな事もよく言っておりました。
 
 …忘れていました。私と夫との出会いから話す事にしましょう。もっとも、私はこうして話す事が苦手ですから、訥々とした語り口になってしまうでしょう。それは読者のみなさまに我慢していただきたいと思います。
 
 出会い

 夫と私が出会ったのは私が二十八才の時でした。夫は二つ年上ですから、三十才だったと思います。
 
 私達はごく普通の職場で出会いました。私が先に事務で働いていました。夫はドライバーとして後から入ってきました。夫ははじめはアルバイトでしたが、後に正社員になりました。といっても、その職場は社員も社会保険に入れるのを渋るような吝嗇な会社だったので、正社員になったからといって、大した違いはありませんでした。私はと言えば、やめるまでパートタイムで働いていました。
 
 夫が職場に入ってきた時、みんなの前で自己紹介をしました。その時、私は(随分おとなしそうな人だな。こんなのでドライバー務まるのかな)と心配になったのを覚えています。ドライバーの仕事は、運転だけでなく、荷物の上げ下げもあって、荒っぽい人が多かった印象があります。その中でも、夫は随分とおとなしそうで、どこかぼんやりした感じでした。
 
 しかしその印象は、間違っていたと私は後から知る事になりました。夫は意外にも、他の職員と明るく話すようになりました。最初の二週間ばかりは、新人の為か、神妙な感じでしたが、すぐに打ち解けて、仕事にも慣れていったようでした。夫は、他のドライバーともすぐに冗談を言い合うような関係になりました。それは私には意外でした。
 
 最初に私は夫とどんな事を話したでしょう? あまりよく覚えていませんが、たしか、私が手首に絆創膏を貼っていた件だと思います。「それ、どうしたんですか?」 随分と気軽な感じでした。私は「ちょっと怪我してしまって」と当たり前の事を言いました。
 
 「怪我をしたから絆創膏貼ってるんですか?」
 
 「そうです。怪我をしたから絆創膏を貼っています」
 
 私が答えると、夫は急に笑い出し、「ハハハ、面白い人だ」と言って、どこかに行ってしまいました。私は(変な人)と思いました。その時には、彼に好感を持つなんて少しも考えられませんでした。
 
 交際 

 私が夫と付き合い出したのは、奇妙なきっかけでした。あるいは、それは私から見ると奇妙に見えるだけで、夫からすると普通の事なのかもしれません。
 
 私はその頃、ある人と付き合っていました。以前の職場で一緒になった人でした。彼は、私より一つ年下でした。その頃に、彼の浮気が発覚して、私は悩みましたが、どうしても彼への嫌悪感が拭えず、別れを切り出しました。
 
 彼は、私をなだめようと色々な事を言いました。私も随分と悩みましたが、結局は別れる事になりました。あとから知りましたが、私と別れ話をしている間も、彼は浮気相手と会い続けていたようです。あとから友人が教えてくれました。
 
 そんな事があって、私は、一人になりました。私は職場の仲のいい子に彼について色々と愚痴りました。その子はごく普通の穏やかな性格だったので、話を聴いてくれる相手としては格好の相手でした。
 
 その子は、夫と仲が良かったようです。それで、夫に、私が彼氏と別れたという話がその子経由で伝わったのでした。ある休憩時間に、休憩室で、たまたま夫(ここでは未来の「夫」ですが)と一緒になった時に、夫は次のように私に話しかけました。
 
 「なんでも彼氏と別れたんだって? 聞いたよ」
 
 夫はとても軽い感じでした。夫とはそれほど仲が良いというわけでもなかったのに、いきなりそんな事を聞いてきて、私は少しは憤ってもよかったのですが、そのあまりの自然な質問に、素直に答えてしまいました。
 
 「ええ。彼が浮気してしまって」
 
 私は言ってしまうと、口に出すと、改めてそれが"事実"だというのを痛感しました。というのは、私の心の奥では未だに、彼が実は浮気していなかったのではないか? 全ては嘘だったのではないか?という一抹の希望が残っていたからで、改めて口に出すと、やっぱり事実だったと、自分でも何故かがっかりした気持ちになりました。
 
 「そうなんだ。それは残念だったね」
 
 夫は言いました。ですけど、それほど心情がこもっているようにも感じませんでした。ですが、夫の次の一言は私を驚かせるものでした。
 
 「…残念だったね。それだったらさ、"僕"と付き合う?」
 
 私は唖然としました。たいして話してもいないのに、どうしてそんな事を言うのだろう? 私をからかっているかしら? 私は不思議に思って、夫の目を見たら、夫は口元は笑っていたものの、目は比較的真面目に見えました。
 
 「藤沢さんは、私をからかってるんですか?」
 
 「からかってないよ。僕はいつだって真面目だよ。冗談を言っている時も、僕は真面目さ。…いや、冗談を言っている時が僕は一番、真面目なんだ」
 
 私はもう一度、夫の表情を見ました。目は真剣だけれど、口元は笑っている。(この人は何を考えているんだろう?) 私には不思議でしたが、不気味だとは感じませんでした。私は咄嗟に、次のように口走りました。
 
 「考えさせてくだい」
 
 どうして私がその時、即座に断らなかったのか、あとから考えてもわかりませんでした。私は、夫に微かに好意を持っていたのでしょうか? …いやいや、どう考えても、そんな気はありませんでした。ですが、咄嗟のその言葉に、私は断る事ができませんでした。
 
 「わかりました」
 
 夫は、笑みを止めて、真面目に言いました。夫は「それでは、仕事があるんで。また」と言って、立ち上がって、部屋を出ていきました。私はその背中が、はじめて大きな意味を持つものに見えだしました。(どこまで本気なのだろう?) 私は考えてみましたが、夫は底のないような人で、結果としては、私の手に負えるような人ではありませんでした。
 
 
 最初から

 それから、私達は付き合いはじめました。何度かデートに行って、思っていたよりもずっと優しく、良い人だったので、付き合う事にしました。
 
 もしかしたら、この文章を読んでいらっしゃる方は、私をとんでもない尻軽女だと思うかもしれません。ただ、私は夫に対して、最初から、ある種の雰囲気を感じ取っていたのだと思います。それは何と言えばいいかわかりませんが、ある誠実な、真面目な、あるいはどんなにふざけていても、その底は覚めているというような…うまく言えませんが、そうしたある感触が、私にとってそれほど嫌なものではなかった、というのは彼と出会った当初から私の中にあった感覚です。私はいってみれば自分のその感覚を信じて、彼と付き合いだしたのですが、これはなかなか、人には伝わりづらいものかもしれません。
 
 とにかく、私は夫と付き合いはじめました。一年後に私達は結婚するのですが、結婚したあとに、夫に気になった事を質問してみました。付き合うにしても、どうしてあんな変な、ぶっきらぼうな、唐突な言い方をしたのか、と。夫はへらへらと笑ってまともに答えようとしませんでした。それで、私は次のように聞いてみました。
 
 「私の事、もしかして最初から好きだったの?」
 
 「うん、まあ…そうだよ」
 
 夫はそう言いました。夫は大の照れ屋ですので、それ以上は言いませんでした。それでも、その時の私は十分嬉しかったと、ここではそっと書いておく事にしておきましょう。あのぶっきらぼうな呼びかけは、実は深い感情から来たものだと、夫の私に対する態度はそういうものだと、私は思い込んでいたいのです。
 
 結婚

 私達は結婚しました。その少し前に同棲していましたから、生活はあまり変わりませんでした。
 
 夫はおとなしい人でした。夫が既に借りていたアパートに私が転がり込むという形を私達は取りました。夫は自分の部屋で静かに読書をしたり、インターネットを見たりするのが好きな人でした。私は時折、寂しい気持ちを抱いた事もありました。
 
 夫の部屋には本が沢山積んでありました。私のまわりには読書家はいなかったので、少々新鮮でした。ですが、夫が読んでいる本をちらっとめくってみても、何が書いてあるか、さっぱりわかりませんでした。
 
 「ねえ、これ何が面白いの?」
 
 分厚い哲学書を指して私は聞いた事があります。夫は笑いもせず
 
 「いや、面白くないよ」
 
 と言いました。私は笑って、
 
 「面白くないなら何で読むのよ」
 
 と言いました。面白くない本を一生懸命に読む夫が私には少し、可笑しかった。夫は、「なんでだろうね」と真面目な顔をして言っておりました。
 
 それと、夫から聞いた話ですが、夫は昔、小説を書いていたそうです。小説家を目指してもいたそうです。ですが、それはもうとっくにやめてしまって、小説を書く気はないとの事でした。
 
 私はそこでも質問しました。
 
 「どうして書くのやめちゃったの? …名前が「藤沢周平」なんだから、才能あったかもしれないじゃない?」
 
 「どうしてだろうね? …ただ、もうやめようと思ったんだ。作家になるのなんて、本当は望んでいない事がわかったんだ。後から、ね。僕は何者にもなりたくなかった」
 
 「ふうん、変なの」
 
 「僕はね、芸術を作る側じゃなくて、人生を芸術にしようと思ったんだ。ある時にね」
 
 …夫はそんな事を言いました。その言葉は、私には全く理解不能で、今も、理解ができません。それに夫の人生のどのあたりが"芸術"なのか、それは芸術に疎い私にはさっぱりわかりません。今も、わからないままです。
 
 子

 結婚生活は順調でした。特に問題のない生活でした。ですが、ただ一つだけ問題がありました。
 
 子供ができないのです。結婚した後、私達は相談して、子供を作る事にしました。できれば二人、できればいいなと、以前から私は思っていました。男の子と女の子がいれば、最高だなと思っていました。しかし子供は一人もできませんでした。
 
 夫はそれほど子供が好きな人ではありませんでしたが、私の提案に乗るような感じで同意しました。
 
 「ま、子供がいてもいいかもな。"未来"が感じられるかもしれないね。僕らは老いていおく一方なのだから」
 
 夫はそんな言い方をしました。どこまでも、哲学的な物言いが好きな夫です。…しかし、子供はできませんでした。
 
 …結果から言えば、私達は子供を作るのを諦めました。流行の「妊活」に取り組んだり、病院に通ったりしましたが、あまりに高額な治療費がかかる事がわかって、私達は諦めざるを得ませんでした。
 
 「今の時代は、金次第で子供が作れるか作れないのかも決められる。そういう世の中なんだね。僕ら、貧民だものね」
 
 夫は薄く笑いながら言いました。私は泣き出したい気持ちでした。
 
 それと、どうしても言っておかなければならない事があります。病院で検査した結果、子供ができない原因は、私にあると判明しました。私は、昔の言葉で言えば「石女(うまずめ)」だったのです。
 
 検査結果がわかった日、私は泣きました。涙が止まりませんでした。私はそれまでの人生、自分自身に問題があるとは思いませんでした。私は、自分は「普通の女」だと思っていました。ですが、そうではありませんでした。私は、「普通の女」から漏れていました。
 
 私は泣きました。毎日のように泣きました。夫はしまいには怒って、次のように言いました。
 
 「泣いたってなんともならないや。いいから、もうめそめそするな。子供なんていたって、騒がしいだけだ。逆にいなくてさっぱりするさ」
 
 夫が私を慰めようとしてそう言ったのがわかりましたので、私も悲しむのはやめようと思ったのですが、そうはいきませんでした。
 
 私は夫に言った事があります。ぼんやりと、オブラートに包んだ形でですが。「私と分かれて、別の女(ひと)と付き合ったら」 そういう意味の事を言いました。
 
 夫は、私の意見をすぐに撥ねつけました。
 
 「馬鹿を言うな。気が動転しているからそんな事を言う。よく寝て、ちゃんと飯でも食う事だな。そんな馬鹿を二度と言うなよ!」
 
 夫は語気を強めました。夫がそんな風に、本気で怒った事はめったにありません。私も、その話はそれ以来、二度としませんでした。
 
 運命

 私はあの日以来、「運命」というものについて考えるようになりました。それまでの私は、どちらかと言えば何も考えていなかった。私がぼんやり考えていたのは「普通」であって、「運命」ではありませんでした。
 
 私は普通の女として、普通の幸福を手に入れられると思っていました。子供を産み育てる事もその一つでした。ですが、それが無理だとわかった時、私の「普通」は壊れました。
 
 代わりにやってきたのが「運命」でした。(これは運命なんだ) 私はそう考えました。運命という言葉の意味はわからずとも、ともかくそう決められているから、そうするしかない。私にとって「運命」という言葉の意味はそういうものです。
 
 夫と二人で生きていき、そして死ぬ。私はそれを「運命」と捉えた。私は、そうなるしかないから、そうしようと思った。そうです、私は、そう思ったのです(私が何を言っているのかわからないにせよ)。
 
 それからの私はおそらく、以前以上に夫に優しくなっただろうと思います。でも、ぶっきらぼうな夫の事ですから、それについては何も言いませんでした。夫は、得る事のできなかった子供についても、あれから一言も言いませんでした。夫はごく当たり前のように生活していました。あるいはそれが、彼の哲学だったのかもしれません。
 
 急に 

 ここで、夫について、ちょっと変わったエピソードについて話しておきたいと思います。何といっても私は、私の事ばかり話しすぎました。私ばかり、変わった人間だと思われるのも嫌ですので、ここはフェアに、夫の話もする事にしましょう。世間的に見れば私より夫の方がよっぽどの変わり者でしょうから。
 
 そのエピソードとは、ほとんど動機も、原因も不明で、ヒステリーのようなものですが、とにかくその一件があったが為に私達は海の側に住む事になりました。
 
 それはある日、突然訪れました。本当に突然訪れたのです。夫は職場から帰ってくるなり、リュックサックを玄関にドサッと置いて、迎えに出た私に向かって(帰りは大抵、私の方が早かったです)、吐き捨てるようにこう言ったのです。
 
 「もう嫌だ。辞めるよ、僕は、仕事」
 
 夫は深刻な顔をしていました。いつも冗談ばかり言っている人ですが、その時はいつになく深刻でした。私は、何かあったのかと尋ねましたが、夫はまともには答えようとしませんでした。
 
 私と夫は同じ職場ですから、何か異変があれば気づいたはずです。あるいは、ドライバー間でトラブルがあったのかもしれません。それならば、私の耳に入っていない可能性もありました。ですが、夫は不思議な怒りをぶちまけました。
 
 「何にもない。何にもなかったさ! …ああ、僕はもう嫌気が差したんだ。この世界にね! 俗物共! アイドルの身長が一センチ高いか低いか、三万するバッグをプレゼントするかどうかで延々と、延々と、そして"永遠"に議論しているあいつらに嫌気が差したのさ! それだけさ! 何もなかった。本当に、何もなかったよ。何かあったら、少しは気が楽だったのに! 誰かが死にかけるとかね。そしたら、僕は懸命に我を忘れて救命活動に邁進できる。そりゃあもう、僕は自分の命を捨ててもいいくらい、その人の為に尽くせただろう。そうすれば"自分"を忘れらるし、少しは退屈を紛らせられるのに! …だけど、忌々しい事に何一つ起こらない! 何にも、何にも! …その事に僕は腹を立てたんだ。ああ、腹を立てた、腹を立てたね!」
 
 そう言うと、夫はリュックを玄関に置いたまま、ずんずんと歩いて自分の部屋に入って、ぴしゃりと扉を閉めてしまいました。私は全くなす術ありませんでした。
 
 ところが、翌日にはもう普段の夫に戻っていました。…いえ、完全に戻っているとは言い難かったですが、少なくとも、常識的な判断は取り戻していました。その証拠に夫は「昨日は悪かったね」と私に一言、声をかけてくれました。
 
 私は職場に行くと、仲のいいドライバーや、事務の子に、何かトラブルがあったか、聞いてみました。ですが、いくら尋ねても何もでてきませんでした。夫が暴れたり、おかしな事をしなかったか尋ねてみても「何も。何かあったの?」と逆に心配されたぐらいでした。
 
 私は、夫がどうして怒ったのか、さっぱりわかりませんでした。ですが、その日、つまり夫が怒った翌日、彼は私に不思議な提案をしました。
 
 「海の近くの家に住まないか?」という提案でした。最初、私には何が何だかわかりませんでした。夫は、夕飯の際にその話を持ち出しました。
 
 「なあ、突然だけど、海に近いところに引っ越さないか?」
 
 味噌汁をすすっていた私は、あやうく味噌汁を噴き出すところでした。
 
 「どうしたの? 急に?」
 
 「いや、これは前から考えていたんだ。いつか、海の側の家に住もうって。そこで生きていこうって。僕は三浦海岸がいいと思うけど、どうかな? 江ノ島は、賑やかで嫌だよ。もっと、辺境の海岸でも構わないけど。とりあえずは三浦海岸かな」
 
 「そんな…すぐに引っ越すの? いつにするの? 遠い話?」
 
 「いや、すぐだよ。すぐに引っ越したい」
 
 「仕事。仕事はどうするの?」
 
 「仕事は辞める。もう辞めようと思ってんだ。正直、堪えられないよ。馬鹿馬鹿しくて」
 
 私は、口をつぐみました。夫がどれくらい本気で言っているかわからないから、ここは様子見をした方がいいだろう、と考えました。
 
 ところが、一週間経っても、二週間経っても、夫の決意はゆらぎませんでした。何だったら、私と離婚しても、引っ越すぐらいの決意だったので、私としても折れないわけにはいきませんでした。
 
 そんなこんなで、私は三浦海岸の裏手の一軒家に引っ越す事になりました。子供ができない事は、引っ越すよりも前に判明していたので、もう二人だけと決意していたさなかの引っ越しでした。私達はそうして海が見える家に住むようになったのですが、それにしても、あの時、夫に何があったのか、それは今もわからないままです。おそらく、私が死んでも、わからないままだろうと思います。答えは、不思議な(学生時代からそんな風に思われていたそうです)夫の内面にしかないのだと思います。

 私達はそうして、海の側の家に住んでいます。おんぼろの一軒家ですが、夫は気に入っているようです。
 
 夫は前と同じドライバーの仕事を見つけてきて、また同じ事をしています。私はまた、あのヒステリーが始まらないか、ハラハラしていましたが、そんな事はありませんでした。それとなく、同僚とはどんな関係か聞いても「別に、いい人達だよ」と軽く返すだけです。まるで、以前にあった爆発はなかったかのようです。
 
 私も近くの小さな医院で医療事務の仕事をしています。患者さんはそれほど多くないので、仕事もそれほどきつくないです。
 
 私達はそんな風に生きています。私達は、他人からは仲睦まじい夫婦に見えているかもしれません。それほど問題のないような生活を送っているように見えているかもしれません。しかし、現実にはそういうものではないーーというより、そのように理想的な夫婦や、理想的な家族関係なんて、この世には一つもなく、そういうものはテレビドラマや映画の中にしかない、というのが私には本当であるように思われます。
 
 どうして私がこんな事を言いだしたかと言えば、最後にあるエピソードを付け足したいからです。そのエピソードで、この小さな話は終わりにしようと思います。思えば、私はつまらない事を多く語りすぎたのかもしれません。しかし、次に語る事だって、別に大きな事でも何でもないーー誰も死んだりしないし、生き返る事もない。奇跡の存在しないシナリオ。それでも、私達はそんな奇跡のない人生を生きなければならない。
 
 そしてその事を誰よりもよく知っていて、それに一番心の底で堪えているのは夫の周平だ…もしかしたらと、そうなのかもしれない。そんな事も、私は考えます。…少し混乱してしまったようだけど、私は最後に、夫の小さなエピソードを付け加えて、この話を終わらせる事にしましょう。

 疑惑

 私と夫が三浦海岸に越してきて、四年の月日が経っていました。私も夫も三十代半ばになっていました。
 
 もう子供ができる事は諦めていましたので、淡々とした日々でした。私達は共働きで、慎ましくとも、静かに生きていました。
 
 私は死ぬまでそうした日々が続くだろうと思っていました。あたかも、海の波が寄せては返すような…そこには穏やかなリズムがあります。静止しているように静かですが、しっかりとした運動とリズムがあって、たしかに「生の鼓動」があります。私は日々をそんな風なものとみなしていました。
 
 日々が波の寄せては返す運動であるなら、そこに嵐や津波はないのか。私はそんな事をすっかり忘れていました。…いや、夫の「あれ」は果たして、嵐や津波と言っていいのか。正直言って、私にはあの日から時間が経った今でも、夫のあの行為が一体何であるのか、はっきりとした解釈はできないのです。
 
 それは突然でした。私達、夫婦は別々の部屋で寝ていました。私達は普段は別の部屋で寝ています。夫の要望で、隣に人がいると寝られない性質らしいのです。それで普段は別々の部屋で寝ています。
 
 その日、私はなかなか寝付けませんでした。一時間、二時間経ってもなかなか寝られません。仕方なく私は起き上がり、とりあえずお手洗いに行こうと思いました。お手洗いを済ませたら、キッチンで水を飲もうと思いました。
 
 パジャマ姿のまま、部屋を出て、廊下のお手洗いに向かおうとした時、微かな違和感に気づきました。それが何であるのか、理解するのに数秒かかりましたが、すぐに正体が判明しました。夫の寝室のドアが少しばかり開いているのです。
 
 私はそこに何となく不審なものを認めました。夫は、私と分かれて寝室に入る時、いつもバタンと音を立ててドアを閉じる癖があります。夫がドアを開けて寝るとは考えられません。私はそうっと夫の寝室に近づきました。
 
 ドアの間から、小さな声で「周ちゃん?」と呼びました。返事はありません。もう一度呼びました。「周ちゃん?」 やはり返事はありませんでした。
 
 私はドアの隙間から、寝室の中を覗きました。ベッドには夫が寝ているはずですが、もぬけの殻でした。夫の姿は見えませんでした。
 
 「周ちゃん、いるの?」
 
 私は、もう怖くなってきていました。おそるおそるドアを開けて、寝室に入りました。夫に怒られてもいい、と思っていました。その時には何か良からぬ事、私にはわからないけれど、何か非常に良くない事が起こっているような気がしました。
 
 寝室には誰もいませんでした。誰も隠れていませんでした。ベッドは、夫が布団から抜け出したその跡がわかるくらいに盛り上がっていました。私は、恐怖しました。(どこへ行ったんだろう?)
 
 私は、家の中を探し回りました。トイレ、キッチン、居間。それから倉庫代わりにして、ほとんど使っていない二階も見回りました。ですが、夫はいませんでした。
 
 最後に私は、玄関に向かいました。玄関の、夫がいつも履いている靴を確認しようとしました。すると、そこには靴がありませんでした! いつも履いている、コンバースの靴がないのです。私は驚きました。
 
 (浮気だ)
 
 私は直感しました。その瞬間、足元から力が抜け落ちるような感覚がしました。これほどまでに信頼し、最後の時まで一緒にいようと決めていた夫に私は裏切られるのか。以前、付き合っていた男に浮気された事を思い出しました。急速に、『男』というものが憎くなりだしました。この世の男という男は全て女を騙し、浮気する存在だと、そんな事を考え、気が気でなくなりました。『男』というものが全滅すればいいと思いました。
 
 ですが、ほんの数秒後には私は、少し落ち着いていました。単なる時間の作用のせいでしょうか、それはわかりません。ただ、私は、これがもし浮気だとしたら、わざわざ深夜に家を抜け出し、相手と会うという馬鹿な事をするというのは、あまりに非現実的に思えました。こんなやり方では、すぐにバレてしまうでしょう。私は、「浮気だ」と断言するのは早すぎる気がしました。
 
 私はサンダルを履いて、玄関の戸に手をかけました。戸には鍵がかかっておらず、するすると横に開きました。私は夫が外に出て行ったのを確信しました。
 
 (それにしても、一体、どうしてこんな時間に外に行くのだろう? 夫はどんな秘密を持っているのだろう?)
 
 私は外の肌寒さに我に帰り、一旦引き返しました。ジャケットを着て、玄関横の懐中電灯を手に、外に出ました。私は(何が出てきても驚かないようにしよう)と自分に言い聞かせました。たとえ夫が浮気相手と抱き合っている最中だったとしても、涼しい顔をしていよう。私はそのつもりでした。
 
 夜 

 何かに導かれるようにして私は深夜の坂を駆け下りていきました。海と、住宅街の間にある道路、そこには深夜だというのに車やトラックが次々に通り過ぎていました。
 
 (彼らはまだ動いているんだ)
 
 私は道路をまたいで、砂浜に足を踏み入れました。。そこに夫の影がどこかにないか、見ようとしました。しかし、夜の中で人影を探すのはあまりにも難しい。
 
 私は砂浜を歩く事にしました。最初に右に行き、いなければ左に、順に見ていこう。どうして夫が砂浜にいると思ったのか、後から考えても私にはわかりませんでした。何となく虫が知らせたのかもしれません。夫と長年一緒にいた事によって、夫の不思議な在り方が微かに、私の感覚で捕捉できたのかもしれません。
 
 夜の海はどこか恐ろしかったです。昼の海と違って、波が激しいように感じました。月の光が煌々と照って、月光を波は反射して輝きました。私はこの無限の海の向こうにも誰か人がいるんだなと考えると、何だか不思議な気がしました。海の向こう、遠くにタンカーが接岸しているように一瞬見えましたが、すぐに消えました。あれは、私の目が見た幻影だったのかもしれません。
 
 歩いているうち、私は微かに揺れ動く人影を見かけました。それが人なのか、ただの影なのか、近づかないとわかりません。近づくうちに、それが立って遠くを見ている人だとわかりました。
 
 シルエットがどこか夫に似ている。そんな事を考えながら近づいていくと…やっぱり、夫でした! 夫は、ダウンジャケットを着て、じっと夜の海を眺めていました。近づく私には気づいていないようでした。
 
 私はもう涙目でした。私はすぐに心細くなります。夫を見つけて、心から嬉しかった。それと共に(こんなところで何をしているんだ!)という怒りが湧いてきました。浮気を疑った事はすっかり忘れていました。
 
 私は音を立てて、夫に近づき「周ちゃん」と声を掛けました。ですが、夫はこっちを見すらしません。
 
 その時、月の光に照らされて、夫の顔がはっきりと見えました。斜め横からでしたが、非常にはっきりと見えました。
 
 その時の夫の顔、表情を私は死ぬまで忘れないでしょう。夫はまるで能面のような表情でした。目が、死んでいるのです。目が全部黒目になって、ただずっと見えない何かを眺めている。海の向こうにいる幻の妖精を見ている、そんな顔でした。
 
 少なくとも、夫がこの、私達が住んでいる現実世界ではない、どこか違う世界を見ているというのは私にとってほとんど確実であるように感じました。私はその時、一瞬ですが、夫が全く別の誰か、いや、この世界の他人ではなく、別の世界の別の誰か、あたかも宇宙人のような、そんな存在に感じました。それほどまで夫は忘我の表情、姿勢をしていました。
 
 私は近づき、肩に手をかけました。片方の肩に手をかけ揺さぶりました。
 
 「周ちゃん、どうしたの? どうしたの?」
 
 私は泣きそうでした。夫はそれでも海を見続けていました。数秒後になってやっと我に帰ったらしく、「どうした? こんなところで? 何をしている?」と言いました。夫は、まるで、この地球に今さっき降り立ったかのような、そんな口ぶりでした。
 
 「こっちこそ、聞きたいわよ。何してるのよ? こんなところで?」
 
 私はその時に、わっと泣き出してしまいました。感情が昂ぶって、どうしようもなかったのです。夫は私の肩を抱いて、「大丈夫だよ、どうしたんだよ」と言いました。
 
 私は次第に気持ちが落ち着いてきました。気づいたら、夫はいつもの眠そうな、おとなしい、ごく普通の目に戻っていました。さっきまでのガラスの目ではありませんでした。
 
 「何してるのよ」
 
 私は自分が泣いた事への照れ隠しで、夫に腹を立てました。ですが、夫はいつもの優しさに戻っていました。
 
 「悪かったよ。帰ろう。風邪引くよ」
 
 その時、私は夫の手に触れたのですが、驚くほどに冷たかったので、思わず手を引いてしまいました。
 
 「周ちゃん、手が冷たいよ」
 
 「手が冷たい? …ああ、冷えたみたいだな」

 夫は手を擦り合わせました。ポケットに手を突っ込んで、私に顎で前を歩くよう指示しました。私は言われた通り、歩き出しました。でもすぐに私は、歩くペースを落として、夫と隣同士になりました。
 
 その時、私は夫に尋ねました。どうしてこんな深夜に海を見つめていたのか、と。だけど夫はまともに答えようとはしませんでした。
 
 「別に、大した理由はないさ。ただ、ふと、夜の海が見たくなってね。夜の海が好きなんだ。荒涼としていて、不毛で、生命の影がなくて、虚無そのもので…まるで"人生"みたいだと思ってね」
 
 そう言う夫の口ぶり、それから夫の視線を見ていますと、またさっきまでの能面のような表情に戻っていきそうだったので、私はそれ以上、何も言いませんでした。夫の言っている意味は少しもわかりませんでしたが、私はそれ以上は何も聞きませんでした。
 
 夫

 私の夫はそんな人です。私はこれからも夫と一緒に居続けるでしょう。
 
 最後に付け加えたエピソード…夫が夜の海をじっと眺めていた事、それはきっとこの文章を読む方には、何気ない、平凡なエピソードに思えるに違いありません。ですが、私はあの時の、夫の海に対峙し続ける姿を思うとどこか空恐ろしいものがあるように思えてなりません。
 
 それはきっと、ある種の無惨なもの、悲惨なもの、現実のできごとではない、異質な、異常なもの…そういうものに繋がっている気がするのですが…ですが、私では、とてもうまく言い表せません(もっとうまく語れる人がいればいいんでしょうけど)。
 
 その事があってから、私は、一人で夜の海を見に行くのはやめて欲しいと夫に懇願しました。それだけはやめて欲しい、と。夫ははじめ、渋った態度ですが、やがて諦めました。「わかったよ、夜はやめとこう」
 
 夫はその後もしばしば、一人で海を眺めに行っているようです。近所の知り合いから聞いた話だと、わざわざ、砂浜の人のいない方へと行って、ひとりぼっちで海を眺めているそうです。そんな姿を目撃したと聞いた事があります。
 
 私は、何故夫がそんなに海を一人で見たいのか、今になっても理解ができません。「私も一緒に見るよ」と提案した事もあります。それなら、不安ではないですから。ですが、夫はにべもなくその提案を跳ね付けました。
 
 「悪いけど、たまには一人で海でも眺めなければ気が狂っちゃうよ」
 
 夫は言葉尻を冗談めかして、笑いながら言いましたが、私には何だか、冗談のようには思えませんでした。それで、私の方が折れました。
 
 夫は、そんな人で、変わった人です。変人と言ってもいいくらいです。
 
 夫はたまに変な事を言います。この間も変な事を言っていました。
 
 「世界は荒くれているけど、僕らは静かなものだね」
 
 「あら、周ちゃんは、荒れた世界に興味があるの?」
 
 「…さあ。でもさ、変だよ。お金を持ってたら投資しなきゃいけないし、生きていたら活動しなければならない。生きる事が忙しいよ。忙しすぎて、荷が重いよ、僕には。きっとこの世界はいずれ、加速のしすぎで潰れてしまうよ。速く、速くと走りすぎたせいで、童話の虎のように、いずれはバターみたいになって溶けてしまうんだ」
 
 「相変わらずわけのわからない事を言うのね?」
 
 「…僕は幸福なんだよ」
 
 …奇妙な夫であります。
 
 波

 私が話したかった事は全て話したように私は思います。さぞ、中身のない、ちんぷんかんぷんな話と思われた事でしょう。私も、そう思います。
 
 私はきっとこの町で生きて、死んでいくでしょう。そんな気がします。
 
 この町はどこか、時間が遅れているようなところがあって、私は嫌いではない。夫もおそらくこの町のそんなところが気に入っているのでしょう。
 
 私も夫も何の才能もなく、夫の言うような、荒れている世界に全くついていく事のできない、時代遅れの、化石のような夫婦なのだと思います。更に言えば、それはごく平凡な日常を全うしている、「ちゃんとした家族」「きちんとした家庭」ですらないように私には思われます。
 
 他人から見ればそんなところもあるのかもしれませんが、私達はあたかも世界の裏側で生きているように生きている。私にはどうしても、そんな気がするのです。
 
 それを、裏側から海のリズムが支えている。自然の、海のリズムが私達の人生の無意味さに、微かに拍子を与えている。そんな気もするのです。私達の情けない人生に、何かしらの意味があるように感じるのはそんな時、昼下がりの何もない時間にふと、海の音が聞こえてくる時、そうした瞬間です。
 
 私達の人生や、選択が間違っているのを私達は知っています。自分を肯定する事、競争する世界に飛び込み切磋琢磨する事、懸命に働く事、外国語を学び、世界に通用する人材になる事、新しいテクノロジーを使いこなす事、資格を取る事、動いていく世界についていってひとかどの人間になる事ーー全て、私達が手放したものです。
 
 私達はもはや"人間"ではないのかもしれません。成長しろ、自分自身になれ、自分を肯定しろ、自分の価値を高めろ、と世の中は言います。ですが、私達は、誰しもがそんな風にならなければいけない、そう思われるような「自分」というものをとうに捨ててしまいました。
 
 私達は世界についていけませんでした。疲れて、もう追いつけません。私達は諦めました。人間である事も、自分である事も。
 
 それでも私達は生きています。
 
 私達はそれでも、生きています。人から見たら何の意味もない人生でしょう。子供もできないですし、大した経済的価値を生んだわけでもありません。
 
 あるいは、人は私達を「平凡な家庭でも、立派に生きたからいいじゃないか」と言うのかも知れません。紋切型の文句で、私達の人生をそんな風に意味づけてくれるのかもしれない。だけど私はそれも拒否したい気持ちです。私達には、私達にしかわからない、そういう人生の実質というものがあります。それは容易に人に語れるものでもないし、また、紋切型の文句で片付けられるようなものではないと思っています。
 
 私達は生きていますし、何の意味もなくても生きています。ただそれだけの事です。
 
 私の夢は、この古びた町で、海の音を聞きながら年老いて死んでいく事です。死ーーそれは今の私には怖いものではありません。むしろ、昔、忘れた古い友だちと再び会うのを楽しみにする、そんなような気持ちです。
 
 私はそんなですから、幸福な人だと言っていいのかもしれない。ただ、気がかりな事が一つだけあります。それは、夫に先に逝かれる事です。これについてはいつも夫と喧嘩になります。夫はいつも言います。
 
 「お前は女だから僕より長生きだよ。先に逝くのは僕の方さ」
 
 「周ちゃん、怒るよ。それだけは、私許さないから。化けて出るからね!」
 
 冗談口調ですが、割合本気です。夫に先立たれる、それだけは私は回避したいと思っています。その為にも、夫には長生きしてもらいたい。一人でいるのなら、死んだ方がましだと私は心の中で密かに思っています。
 
 先に死ぬのは絶対に私の方です。私はいつも、そんな光景を夢見ています。皺くちゃになった婆さんを、皺くちゃになった爺さんが抱きかかえる、婆さんは爺さんの目を見ながら、息絶える。そんな姿を私は夢想します。私はきっと、そんな風に死ぬのだろうと思います。私はあの世へ先に行って、夫に少しは寂しい想いをしてもらおうと思っています。
 
 その後、もし夫が他のお婆さんとくっついたり、若い子と結婚したりしたらーーその時は、絶対に化けて出ようと思います。海のお化けとして、夫が海を見ている時に、海中に引きずり込んで、殺してしまおうと思っています。…私としては、それくらい夫を愛しているという事です。
 
 この愛が、世界にとって何の意味もなくても私としてはかまいません。私はただそういう人ですし、ただそれだけ、そうするというだけの事です。夫が、私を愛しているか、それはわかりません。もしかしたら、全然愛していないかもしれません。…その可能性は大いにあります!
 
 それでも、私はそんな夫を愛し続けるでしょう。海を見て、隣に誰がいても目をくれない、ダメな夫を。夫と私はおそらく、そういう風に生きていくと思います。そしてこうした事の全てが、全く何の意味も、価値もないのだとしても、少なくとも私達はそう生きているし、生きるでしょうし、それが私達の"人生"だという事です。
 
 そして何の彩りもないこの人生にも、海の青と、寄せては返す波のリズムが、ほんの少しばかり、いくらかの豊かさを付け加えている。私としてはそんな風に考えてみたいのです。おそらく夫もそんな風に考えているのだろうと思います。というか、その為に夫は海の近くに越してきたんじゃないだろうか?、そんな風に考える夜も私の中にはまた存在します。

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