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絵本作家Sさんのこと

※画像にあるお名前のとおりだが、本文中ではイニシャル(お名前のほう)にさせていただく。
現在愛知県刈谷市の美術館で回顧展が開催中だ。これまでのSさんの展覧会にはたいてい行ってきたが、毎週末に石巻通いをしている身で西日本に行くのは厳しく今回は見送ることにした。
Sさんとは1995年からのお付き合いだ。勤めていた出版社で80年代に何冊か本が出ていて、T兄弟(双子の兄Yさんも絵本作家)の本を出している在京出版社として声がかかり、兄弟を囲む会に出席したのが最初だ。
共同制作の絵本『ふたりはふたご』刊行を記念したフェア等の販売会議とのことだった。幹事のくもん出版ほか偕成社、福音館、童心社、理論社といった児童書出版大手の幹部クラスが居並ぶなか末席を穢すことになり、大柄な体躯をひたすら縮こまらせるしかなかった。
会議はよくわからないうちに終わり、近くの居酒屋座敷で打ち上げ。先生二人が奥の上座に座ったが、誰もその隣に座ろうとしない。周りに促されるままにSさんの隣に座った。いやいや場違いでしょ? ハッキリ言うが大手出版社幹部といっても作家先生の隣は苦手なコワッパばかり。若造の新米編集者を矢面に立たせて気楽に飲みたかったのだろう。大人は本当にズルい。

双子共同制作の絵本

ここは肚を決め、積極的に話した。今の社の状況、最近出した本のことなどを話した。Sさんからは東京西多摩、日の出町のトラスト運動について話を聞いた。水源地にゴミ処分場が作られようとしていて地域住民とともに反対運動をしているという。「君も多摩に住んでるなら無関係ではないよ」と諭され、次の週末に日の出まで行くことを約束した。
いっぼうのYさんは、広島の著者Kくん(二十歳の知的障害者)が好きな絵本作家ということもありKくんの話をした。手元にあった『ふたりはふたご』の本に共同のサインを書いてもらったのが記念になった(広島Kくんに送った)。お二人ともは30年近く経った今も親しくお付き合いしている。その意味ではボクを座敷の奥に押し込んだ他社ダラ幹には感謝するほかない(笑)。
その後、日の出のSさんのアトリエに出入りし、トラスト運動にズブズブとはまっていった。ゴミ処分場予定地内に有志が地権者となり土地を購入することで収用されにくくして自然を守ろうというSさんの提言に共感し、トラストにも参加した(ハガキ一枚程度の広さが1500円程度だった)。
自分で初めて所有した土地となった日の出町大久野が身近に感じられ、毎週のように通った。車で青梅側のふもとまで行き、そこから馬引沢峠まで歩くこと30分、そこからトラスト地まで下りること30分、かなりの行程だ。コンサートや庭づくりや見学会(芋煮会)などボランティア活動に勤しんだ。土地収用の裁判も並行して行い、霞ヶ関に何度も足を運んだ。2000年10月の強制収用(代執行)では、トラスト地に寝袋を持ち込んで泊まり込みピケを張った。周りにうず高く盛られた土砂の上から都庁役員がトラメガで罵声を浴びせてくる。「早くそこから立ち退きなさい」と、今にもブルドーザーでボクら全員を潰しにかからんばかりに。その場に48時間ほどいて仲間と下山、青梅駅まで行くと夕暮れの駅前にSさんがいた。マイクを持って都収用委員会がいかにひどい裁定を下したかをアジっていた。Sさんは山から下りてきた僕らを丁重に労ってくれた。数日後には風の塔も庭もステージも取り壊されてしまった。反体制運動は学生時代からいろいろやってきたが、強い敗北感を味わったものの一つだ。
これはSさんとの接点の一つにすぎない。Sさんは70年代に从(ひとひと)展という美術グループに所属していた。日本画家の中村正義(1924-77)が作ったもので、ほかに星野真吾、三上誠、佐熊桂一郎、大島哲以、山下菊二といった実力作家を擁していた。のちに美術雑誌の編集をするようになって从展創立メンバーを知り、そこにSさん(最年少。今や唯一の生き残り)の名前を見つけて興奮したものだ。

Sさんはトラスト運動収束のあと胃がんが見つかり、術後の療養を兼ねて伊豆高原に移った。今はなかなか会えないがFacebookを盛んにやっておられるので交流は続いている。5月半ば、出たばかりの新刊『た』原画展が神保町の画廊檜ギャラリーで開催され、サイン本を入手できた。刈谷の図録も置かれていたのでこちらも購入。サイン本は広島のKくんに送るつもりだ(こちらも30年近く交流が続いている)。

Sさん最新刊と刈谷図録

Sさんは今年で82歳だが、香川の大島(ハンセン病療養所がある)や韓国などを飛び回るなど元気で活躍されている。長いだけで大した薫陶を受けたわけではないが、ひそかに師と呼びたい人だ。ますますのご健勝を祈らずにいられない。
名古屋近辺にお住まいの方は、ぜひ刈谷市美術館の田島征三アートの冒険展にいらしてください。
あ、名前出しちゃった(笑)。