見出し画像

さて、何をするか。

ボチボチと職探しを始めている。来年4月には無職になるのだ。まずはwebのハローワークでアカウント作成。プロフや希望条件などを登録するとマッチングする求人が出てくる…はずなのだが、まぁそこは石巻なので、これまで考えたこともない職種ばかり。精密機械の組み立てや水産加工の仕事は想定内だが、いちご農家での摘み取り、ワカメの仕分けなんてのがある。いいなぁ、魅力的だなぁ。夢の第一次産業。歳が歳だから、昔のようにガテン系でバリバリ働くのは無理だが、自然とふれあいながら働けるのには憧れる。本格的に探してみてその時もあれば話だけでも聞いてみたい。昼はイチゴやワカメを採り、夜はのんびりBAR営業。最高だね(笑)。

なぜBARを始めたかは、前にも少し書いたけれど、そこに書かなかった大事な理由がもう一つある。石巻の“手触り”を感じたかったからだ。津波で流され帰る家がなくなりアパート暮らしを始めた途端、よそ者風情に落ちぶれた。デラシネ(根無草)というやつだ。前からデラシネを気取る奴が大嫌いだったが、まさか自分がそうなるとは。石巻(郷里)を捨てた奴が失意の裡に出戻ると、このデラシネ感だけを頼みにヤクザな商売に手を染める、そういう手合い。あーやだやだ。

門脇に残った土地に家を建てたいと考えていたら、思いがけず店を借りることになった。この小さな店が俺の拠点。風に吹かれてあちこち飛ばされていた草が植木鉢を与えられ、BAR主人という“根っこ”を手に入れた。「あなたはどこの誰?」と石巻の人に訊かれて答えようがなかった10年を経て、「小柳町でBARをやってます」と堂々と答えられるようになった。名刺も作った。ここでなら対等に話せる。よそ者とか被災者とか、石巻での妙な色づけをされずに、自然に溶け込めると考えた。


いや、それは1年やってみての後づけ(結果論)に過ぎず、当初はそんなことは考えていなかったように思う。ただただ、石巻で生業(なりわい)が欲しかったのだ。それはそれで成功しているかもしれない。
だが本来の意味での「生業」たりえていない。山小屋では食えないのだ。今は会社から給料をもらっているから、多少の出費は賄えるが、来年4月以降は無収入となる。本気で生業を見つけなければならない。食える仕事であればいい。今さら出版をやるとかライターになるとか、夢みたいな考えは持たない。そういう戻り方、大嫌いです。周りにチラホラいらっしゃるようですけど。
まぁのんびり探そう。店のお客さんが紹介してくれるかもしれない。もちろん、山小屋で食えればベストだが。それはそれで別途考えてみたい。