【連載 第2回】下がるテンション、上がらない脚。そこに救世主が舞い降りる。アルタイ山脈・ユキヒョウ探索の旅。
ユキヒョウの新しい痕跡がない。個体数の少ないユキヒョウを探すのは情報がすべてだ。地元ガイドが固定電話を駆使して情報を集めるものの…。果たしてユキヒョウに会えるのか? 残りはあと3日だ。「とある編集者の日々の観察」特別編第2回。
第2回 削られる体力と精神力
結局、地元ガイドの電話攻勢によって、ユキヒョウのいい情報(家畜襲撃というよくない話だけど)を得られたのか、そうでなかったのかはよくわからなかったのだが、翌日はとりあえず近所の通称レッドマウンテンに入ることになった。いや、もしかしたら有力な情報があったのかもしれない。わたしが疲れていて、ただ呆然としていて聞き逃しただけかもしれない。そろそろ疲れが溜まっている。
いや、本当はそうじゃない。単にわたしが理解してないだけだ(笑)。同行しているガイドのメンディは、普段はヨーロッパやアメリカからのお客さんを相手にしているのですばらしい英語を話しているだが、肝心のわたしの英語力は…彼の話の5、6割程度しか理解しておらず(!?)、だいたい「アーハー」とか適当に頷いているだけなのだ。若いころ、海外旅行に行くたびに「もっと英語ができるようにならないとな」と思っていたのだが、結局いまでもそんな感じなのだ。
モンゴル語に関してはもっとお寒い。ユキヒョウノートを見ると、「こんにちは」「ありがとう」「トイレに行きたいです」「寒い」の4つの言葉のメモがあった。それだけで乗り切るつもりだったのか!? スマホの翻訳アプリは電波がないからそもそも使えない。我ながらひどいと思うのだが、まぁ、しょせんそんなやつだということだ。
あと3日しかない
当初の予定では、国立公園にいられるのは今日を含めて3日となった。疲れもあって、焦りとあきらめがない交ぜになり、なんとも言えない精神状態になってきた。
朝一でロシア製四駆ワゴン「ワズ」でどんどん山奥に入る。通称レッドマウンテン。山全体が赤いのだが、それは岩の種類で赤いのではなく、地衣類で赤く見えるようだ。確かに主峰として赤い三角の山があったのだが写真は撮っていない。そもそも、全体的に写真をあまり撮っていない。56歳、体力・気力の問題か。確かに定年してからだと、こんな旅はできないから一念発起をしたわけだが、もう無理だったのかも…と弱気になる。
また山へ突っ込むのだ
現地に着いた頃は、まだ晴れていた。まずは双眼鏡で山をチェックしつつ、雪面に怪しい足跡がないか探してから歩くルートを決める。二手に分かれて稜線を歩き、ひとつの大きな斜面を囲うように探索する。今日は、地元ガイド2名は馬ではなく歩きだ。わたしとガイドのメンディは目の前の稜線を直登して、地元ガイド2名は反対側の稜線から大回りで登り、ピークで合流する予定となった。
まぁ、率直に言えば(また登んのかよ…)という気持ちだ。しかも、モンゴルに来てからずっと快晴だったのに、奥に見える山々が雲に覆われていてやな予感がした。
とにかく今日も登るのだ。登る登るひたすら登る。ユキヒョウは基本的に岩稜を移動するので、岩稜をたどりつつ、厳しくなると岩を巻きながら稜線を目指す。しかし、雪が激しくなって視界も悪くなり、途中でトラバースして稜線を目指すのだが、意外と雪が深くラッセルが厳しくてなかなか進まない。
やっとのことでピークについたのだが、2名の地元ガイドがいない。無線で確認していたのだが、どうやらわたしたちが隣のピークに登ってしまったらしい。あのトラバースがまずかったのだ。なかなかうまくいかない。わたしたちの昼食も彼らが持っている。
(出会えなかったらどうなるんだよ。雪がもっと降ってきたら遭難じゃないか…)
そもそも登るので精一杯で、ユキヒョウの痕跡探しどころではなかった。
しばらくすると、雪の中を2名のガイドがやってきた。雪を避けられる岩陰を探してようやく昼食。彼らのよると少し新しいユキヒョウの足跡を見つけたらしい。下山しながらその足跡を見に行く。
それがまた…ガイド諸氏がスタスタ降りていくのでついていくので精一杯でしんどい。下れば下るほど中途半端な雪の量で、岩がゴロゴロして足元が悪い。引き続き雪が降っていて、先を行くガイドたちの姿が視界から消え、不安が募る。
(登山ガイドなら顧客をちゃんとフォローすんだよ?)
そもそも登山ガイドじゃないガイドたちについつい不満をもってしまう。思考がどんどんネガティブになっていく。
稜線でガイドたちが待っていた。
「これが2日前ぐらいのユキヒョウの足跡だ」
新雪が乗って何が何だかわからない。
「ああ、2日前ね」
「こっちはおしっこの跡だ。わかるか? ここでちょっと休んだんだよ」
そうか。そうなんだね。テンションが上がらない。
そこからの下山がとにかく長かった。我らがワズでも超えられない場所があるのかお迎えの車は来ず、里に近いところまでひたすら降りた。この日の行動時間は約8時間。心身共に疲れた1日だった。
しかし、ガイドのメンディは「これはビッグチャンスだ。新雪が積もったから明日は本当に新しい足跡だけが見えるよ!」と前向きだ。
(確かになー)とは思ったが、(もうユキヒョウはあきらめて、アルタイナキウサギとかじっくり見たい…)という気持ちか湧き上がってきたのは、グッと我慢して口にはしなかった。
救世主現る!
夕方、疲れて地元ガイドの家でぐったりしていると救世主が現れた。なんと国立公園の現役のレンジャーがやってきたのだ! しかも、回収したトレイルカメラと一緒だ。第1回で紹介した親子のユキヒョウの動画を見せていただき、テンション爆上がりだ。
夜、レンジャーにいろんな話を聞いた。
まず、ムンフハイルハン国立公園を管理するレンジャーの数は3人とのことだった。5000㎢を越える広さの国立公園にその数だ。ユキヒョウは18頭だが、レンジャーはもっと少ない3人…。日本の環境省レンジャーの数を嘆くことが多いが、それどころではない状況だ。
前から聞きたかったことをずばり聞いてみた。
「日本でもWWFがユキヒョウ保護のための寄付を募っているけど、彼らの援助はどう?」
「とても助かっているし、日本でキャンペーンをやっているのはとてもいいアイデアだと思う。このトレイルカメラやデジカメはWWFから寄贈されたもの。双眼鏡はドイツのNGOからの寄付だったな」
【みなさん、WWFに寄付しましょう!】
「ただ、基本グローバルな援助だし、国に対する寄付なので、現場としては充分とは言えないかな。3人のレンジャーにカメラは2台しかないし、カメラトラップ(トレイルカメラ)の数も足りないのが正直なところ」と少し言いにくそうに答えてくれた。
調査のための移動手段、馬のエサやバイクのガソリン代などは自腹だという。メンディによると、レンジャーの給料はモンゴル全体の平均よりも低いとのことだった。
いま、何が必要かと聞いたら、「カメラ、カメラトラップ(トレイルカメラ)、双眼鏡、ノート、コンピュータかな」と。装備全部じゃんと思いつつ、「確かにノートコンピュータも必要だよね…」と返したら、そうではなくノートとコンピュータだった。本省に報告するのにノートでもいい…ということのようで、それが現実なのか、こちらの言葉の理解の問題かどうかわからないが、とにかくノートも必要なのだ。個人的になんらかの直接寄付を約束して、その日は終わった。
明日はレンジャーもユキヒョウ探索に同行してくれるという。いや、彼の調査に我々が同行するのか。明朝、暗いうちから行動することが決まった。
残りあと2日だが、テンション爆上がりである。
(つづく)
第3回はこちら→
【おすすめのユキヒョウの本】
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