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秘境・椎葉村で猪猟に同行したら、釜から出てきた驚きの〆料理

山で働き、暮らす人々が実際に遭遇した不可思議な体験を、取材・記録した累計30万部突破のベストセラー「山怪」シリーズ。今年の初めには、シリーズ4作目となる『山怪 朱 山人が語る不思議な話』が刊行されました。noteで始まったこの連載は、著者の田中康弘さんが、山怪収集のために全国の山人の元に赴き、取材するなかで出会った人や食などのもう一つの物語です。

【連載第3回】宮崎県椎葉村の猪猟

 私は二度椎葉村を訪れているが、なぜかそのたびにナビが妙なことになる。一度目は福岡空港で借りたレンタカーで訪れた時だ。取材を終え、椎葉村からさらに都城方面へと移動し始めた。村内の中心から離れると、
“次を右です”
 山の中なので道は単純である。 丁字路交差点を右折して橋を渡り、狭い山道をぐねぐねと登っていく。途中に例の〝民俗学発祥の地〟があったので見物してからさらに進んだ。
“しばらく道なりです”
 確かにそうだろう。急斜面にへばりつくような林道に別ルートなどありはしない。走りつつメーターを見ると、ガソリンがあまり残っていないことに気がついた。
「う〜ん、山越えは出来ると思うが・・・・・・」
 ナビで到着時間を確認すると妙だ。出発して二十分以上経つはずなのに、到着予定時刻はまったく変わっていないのだ。

『山怪 山人が語る不思議な話』
Ⅲタマシイとの邂逅「椎葉村にて」より一部抜粋

九州の秘境でお粥を食べて子供時代を思い出す

 お粥が嫌いなんですよ。どーもね、好きになれない!
「何で嫌いなの? お粥美味しいじゃない」
 っと妻は言うんですがやっぱり嫌い。自分でも何故お粥嫌いなんだろうと考えたんですが、ありましたねえ理由が。

 私は御幼少のみぎり体が弱くてしょっちゅう熱を出していたんです。月に3、4回の頻度で高熱を発する訳でその度にお粥を食べる。つまり体調不良の不快さとお粥が完全にリンクしてしまってその結果のお粥嫌い。「高熱+辛い=お粥」という方程式が完全に成立したのでしょう。

読めない……
あっという間に私は取り残された。ここは何処? 多分椎葉村

椎葉村で猪を食したら驚きのあれが!!

 今回のお話の舞台は宮崎県の椎葉村です。民俗学に興味のある方ならご存じでしょう。柳田国男が役人時代に立ち寄って民俗学の発想を得たという所で”日本民俗学発祥の地“なる碑があります。ちなみに民俗学発祥の地を名乗っている地域は国内に複数存在しています。

 私が椎葉村を訪れたのは或る年の11月半ば過ぎでした。狩猟関係の取材で入りましたがこれが寒いのよ! 九州とは言え。猟場は40センチ位の積雪でカンジキは不要だけど山歩きにはかなり辛いという状況でした。

「ああ〜温泉入りたい……」
 そんな事を思いながら犬の後を追っていると急に電源がオフに、いやカメラじゃないですよ。私の体が突然ブラックアウトに陥ったのです。今まではヘロヘロになりながらも何とか猟師の後を追っていたのに……。
 これには驚きました。朝もしっかりと食べたはずが何故ガス欠?? いやもう焦りまくりです。犬の声はどんどん小さくなるし、猟師はとっくに見えなくなっているし。でも体が動かない。初めて入った山でいきなりの事態に”念彼観音力“を七度唱えます。(うそうそ、この頃はまだそれは知りませんでした、てへ)

 結局小一時間掛けて山を降り猟師に再会、非常に冷たい目で見られました。ああ、情けない。これ以降、山へ入り込む取材は止める事にしたのです。仕方がない、爺だもの……みつを。

 脱力感と無力感に満ちた体で尾前集落へ戻ります。犬が活躍してくれたおかげで手に入れたのは小振りながら二頭の猪。個人的には一番好みのサイズですね。肉が柔らかくて臭みも無いし美味しいんですよ。しかし、なかには臭みがある方が猪らしくて美味いという人もいますから好みの問題ですかねえ。
 猟師の家で猪の解体が始まります。各地で猟師の解体は色々見てきました。細かな手順は省きますが、詳しく知りたい方は『完全版 日本人はどんな肉を喰ってきたのか?』をご覧ください。(宣伝してもうた〜)

これですよ、これ! どうです、美味しそうでしょう? 皮付き猪肉

 解体された猪は内臓と肉、そして骨に分けられます。これは熊でも鹿でも小動物でも同様でそれぞれの料理が出来上がるのです。
 今回は小ぶりな猪なので簡単に焼肉にして先ずは乾杯!! ああ、寒いけどやっぱりビールは美味いなあ。そして、目の前には炭火でじゅうじゅうと焼ける猪、舞い上がる煙がたまりましぇん。脳まで入り込むこの香り、はああ、もう美味いに決まっていますね。
”じゅうじゅじゅじゅじゅ、ぼわ“
 煙とたまに滴る脂に火が踊ります。いやこれも野外料理の醍醐味ですよね。人のすぐ横では、山で活躍してくれた犬達が一緒に火にあたりながらおこぼれを待っています。ふふ、可愛い奴ら。

滴る脂に舞う煙。凄く良い匂いが辺りに漂ってこれはもうビールでしょ!
山々を駆け巡る猟犬にとっても猪はご馳走なんですねえ

 何時の間にか近所の仲間も集まり本格的な宴会が始まります。この冬の時期、山間部は毎週末の様に何処かで夜神楽が舞われています。一番有名なのは高千穂の夜神楽ですが、ここ椎葉村でも舞われているのですよ。いいですねえ、夜神楽は幻想的で。もっとも神楽そっちのけで一晩中飲んだくれている人もいるそうですが。

 美味しい猪焼肉を食べながら次の料理に取り掛かります。準備したのは大きな羽釜、竈でごはんを炊く時に使うお釜ですね。そこへ猪骨をドドンと入れてぐつぐつ煮ていきます。ああ、これはマタギの熊料理の定番骨鍋みたいな物かな? ぐつぐつ、お釜で煮込まれる骨。猟師がその中から大きな塊を取り出すと目の前へ差し出します。
「どがんですか、ビンタのとこば食うてみらんね」
 び、びんた? 皿の上を繁々見ると、ああ、頭ね。ビンタと言うんですか、これ。皿の上でホカホカと湯気を上げるのは猪の頭骨です。一見肉が無いように見えますが結構付いているんですねえ。顎骨外し、ほじくる様にして食べるとこれもまたオツなもんじゃありませんか。ビールぐびぃ!「脳みそも美味かもんねえ」みんなが代わる代わるビンタを手にしてほじくります。焼酎ぐびぃ!

簡易竈でぐつぐつ煮込まれる猪骨
猪のビンタ。意外に面長ですよね。こう見えても肉が沢山付いている

 お釜から全ての猪骨を出すとここでお母さんの出番です。研いだ米6合に雑穀の稗(ヒエ)を1合の割合で炊き上げます。ちなみに椎葉村は焼き畑で有名、今でも僅かですが焼き畑農法が行われているんですよ。
「はじめちょろちょろなかぱっぱ〜」
 いや疲れすぎておかしくなった訳じゃありません。お釜でご飯炊く時の合言葉ですよね、あれ誰も知らない?
 いやこりゃまた失礼いたしましたっと!! 寒気の中でお釜の蓋を開けるとぼわーんと湯気が噴き出してお母さんの姿が見えなくなります。さあ猪粥の出来上がりだああ!!

60年前なら絶対忍者ごっこが始まるのだが……誰も判らないかなあ

 生まれて初めて食べる猪粥、そのお味は……ううううううう、うっま過ぎるよ!! これは最高じゃないですか。パラっと青いネギを散らしてすすると程よい塩味に猪の旨味が絶妙のハーモニー?シンフォニー?組体操?

 これ程美味いとはびっくりですねえ。椎葉村の名物料理になるんじゃないですかねえと猟師に問うと。
「骨は捕ったもんしか喰われんと。そがんこたあせん!」

 肉は誰でも食べられるが骨は違う、誇り高き椎葉猟師の矜持が猪粥に込められているのかも知れません。いやあ、お粥って美味しいものなんですねえ。すっかりお粥好きになって帰った私です。

シンプルイズベスト! 最低限の足し算で最高の味にする

著者プロフィール
田中康弘(たなか・やすひろ)
1959年、長崎県佐世保市生まれ。礼文島から西表島までの日本全国を放浪取材するフリーランスカメラマン。農林水産業の現 場、特にマタギ等の狩猟に関する取材多数。著作に、『山怪』 『山怪 弍『山怪 参』山怪 朱』 『完本 マタギ 矛盾なき労働と食文化』 『鍛冶屋 炎の仕事』『完全版 日本人は、どんな肉を喰ってきたのか?』(山と溪谷社)、『女猟師 わたしが猟師になったワケ』『猟師食堂』(枻出版)、『猟師が教えるシカ・イノシシ利用大全』(農山漁村文化協会)、『ニッポンの肉食 マタギから食肉処理施設まで』(筑摩書房)などがある。

◉【連載第1回】秋田県阿仁区の「◯マ鍋」↓↓↓

◉【連載第2回】 高知県四万十川の火振り漁↓↓↓

◉田中さんの最新作『完全版 日本人は、どんな肉を喰ってきたのか?』↓↓↓

沖縄県・西表島のカマイから本州のクマ、シカ、イノシシ、ノウサギ、ハクビシン、カモ、ヤマドリ、北海道・礼文島のトドまで各地の狩猟の現場を長年記録してきた‟田中康弘渾身の日本のジビエ紀行”完全版!!

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