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リサーチャーを育てよう(1) -前書き-

組織の人材育成という課題

リサーチャーらしく、まずはデータをお見せします。

リクルートマネジメントソリューションズ「人材マネジメント実態調査2021」より抜粋

「次世代の経営を担う人材が育っていない」
「新人・若手社員の立ち上がりが遅くなっている」
「中堅社員が小粒化している」

これらの項目に関し、それぞれ半数を超える人が「現在課題であるもの」としています。

勝手な想像ではありますが「この3ついずれかを選択した人」であれば、全体の7割を超えるのではないでしょうか。
また「人材育成の成果に課題を感じている」というもっとシンプルな選択肢であれば、さらに割合は高まると思います。

それぞれ半数程度しかないとの見方はあるかもしれませんが、私としては
「次期経営層、中堅層、若手…人材育成の悩みは尽きないな…」
と感じさせられた次第です。

リサーチャーの育成

そこでリサーチ組織に所属する皆さんへ質問です。

後輩や部下のリサーチャー育成、うまく行っていますか?

たぶん「うまく行っていない」、あるいは「何とかやっている」という回答が多いのではと思います。
マーケティングリサーチの組織だけ、育成の課題と無縁である…などということがあるわけもないですし。

私は事業会社のマーケティングリサーチャーとして10年と少しの若輩者ではあります。それでも育成が大きな課題であることは、年々強く感じるようになりました。

例えば、私が後輩から相談を受けているとき。
例えば、後輩に同席して依頼内容のヒアリングを聞いているとき。
例えば、後輩とリサーチ会社との商談結果を後から聞いたとき。

場面はいろいろですが、後輩や部下から、もっと言いますとリサーチ会社の若手リサーチャーから、共通の課題として以下の二点を感じることが多くあったのです。

・「そもそも論」に立ち返れない
・データの解釈がそのリサーチの内部で完結している

前者は企画、後者は集計分析フェーズで感じることが多いものですが、ひとつずつ説明していきます。

「そもそも論」に立ち返れない

これは「対事業」の視点です。

典型的な例としては、他部門からリサーチの相談や依頼を受けたとき、あるいは集計依頼を受けたとき。

いきなり方法論の細かいところから話し始めてしまい、相談や依頼の背景や目的に立ち返ることをしない。

相談する側は「サンプルサイズはどの程度が適しているか聞きたい」、また「○○という設問を聴取したい」「あの設問とこの設問のクロス集計を見たい」というレベルから話し始めますが、そのペースに巻き込まれてしまう。

結果、なぜその相談を持ちかけてきたのか、リサーチや集計の結果が出たとしてどのように活用されるのか、その活用方法は妥当なのか、などの確認が甘くなってしまう。

さすがに確認ゼロということはありませんが、極端に要約をすると

「なぜこのリサーチ/集計をしたいのですか?」
「やりたいから、データを見たいから」
「そうなんですね」

という内容にとどまっているケースがあるのです。

このような段取り不備で進んだリサーチや集計が迎える結末は、皆様よくご存知でしょう。
何の役にも立たない結果が多額のコストと共にもたらされ、活用しようにもどうにもならず、無理にどうにかしようとしてもリサーチャーが疲弊するだけ、依頼した側は調査という手法を役立たずと評する…という、悪夢のループです。

これは単純にリサーチャーのヒアリング能力が低いというよりも、事業におけるその意思決定の意味合いを理解しない、理解しようとする取り組みが欠如していることを表しています。

もっと単純に言うと、事業の問題や課題を意識しないということです。
意識しないままリサーチに当たっている。

なお、誤解のないように言いますと、彼らは愚直に相談相手を信じて、真面目に自分の仕事をこなそうとしているのです。
本当に素直に、相談相手の言うことを受け入れてしまっている。

ただそれだけのことであり、悪意があるとか、まして無能ということでは決してありません。

データの解釈がそのリサーチの内部で完結している

これは「対顧客」の視点です。

例えばアンケート調査では「ここが◯%でそこが□%なのは、おそらく✖️✖️ということが影響している」という分析・解釈をしますよね。

大事なのは「おそらく✖️✖️ということが影響している」の部分ですが、その部分が設問にない場合、解釈を放棄してしまう。
あるいは、まったく関係なさそうな設問を使い、あてどもなく果てしないクロス集計を繰り返して「解釈のタネ」を探してしまう。

そもそも「✖️✖️」部分を設問に入れなかったのは初期仮説が甘いことが原因です。ただ、今回話したいのはそれとは別の問題。
アンケート結果を、自分の「引き出し」と接続することをしないのです。

リサーチ結果は確かに顧客の回答であり、自分の回答ではありません。そして売り手である自分は顧客とは別の立場であり、根拠のない売り手の想像で勝手に顧客を解釈することは許されません。

とはいえ、「顧客と自分はまったく別種の生き物である」と考えてしまうのはいけません。これは真面目な若い人にありがちと感じます。
顧客と自分は、同じように喜怒哀楽を感じる人間なのです。

リサーチャーは、自分の経験という「引き出し」を使って顧客の人物像を理解し、顧客になりきり、顧客と同じシチュエーションになったときに顧客が感じることをリアルに想像できなければなりません。
リアリティある顧客人格を自分の内部に創り上げ、その顧客人格に基づいて、たとえ設問にないことでも何がしかの知見を出さなければならない。

詳しくはこちらの「顧客理解シリーズ」などで説明しています。よろしければ併せてご確認ください。

このようなことに欠けたリサーチ結果報告は、解釈の「深み」を欠きます。
決して間違ったことは言っていないのですが、ただそれだけ。役には立たないものです。

解像度を高めるという課題

この2つをさらに抽象化しますと「解像度が低い」という、共通の問題が見えてきます。
それぞれ「事業の解像度が低い」「顧客の解像度が低い」ということですね。

もう少し正確にいうと「解像度を自力で高めることができない」。

結果として、事業と顧客にブリッジをかけられず、意思決定者に刺さるリサーチ・分析ができない。
そして便利屋ポジションに位置付けられ、市場価値が上がりにくい仕事にますます従事するようになってしまう。

リサーチャーを育成するにあたり、最も注力すべきポイントはこの「解像度を自力で高められるようにすること」ではないか。

事業会社のリサーチャーとしてたどり着いた、今のところの結論です。

これからお話しすること

これではいかんと思った私は、試行錯誤しながら自分なりの育成メソッドを組み上げていくことにしました。

次回以降にお話しする内容は、そのメソッドと意図、効果です。また、育成対象者のマインドを考えた上で気をつけなければいけないことにも触れていきます。

正直なところ、相当に地味で地道なものになります。
こんな地味で地道なメソッドに、よくトレーニーはついてきてくれたと思います。

ただ、このメソッドを繰り返し施すことで、間違いなく彼らは成長しました。

彼らは上位の意思決定者とも、その「想い」を汲み取った、納得ある方向性のすり合わせを実現できるようになりました。
意思決定者が望ましい意味で喜び、顧客に価値を届けるリサーチ・分析を自律的に行えるようになったのです。

今は強い手応えを感じています。

ひょっとしたら、リサーチャー育成に限らず、企画職全体の育成にも通じることをお伝えできるかもしれません(僭越ですが、実際にそのような評価をいただいたこともあります)。

読んで欲しい方

最後に、こちらのデータをご覧ください。

労働政策研究・研修機構「人材育成と能力開発の現状と課題に 関する調査(企業調査)」より抜粋

組織の規模が大きくなるにつれて「指導する人材が不足している」の割合が大きくなり、100人以上では半数を超えています。

このことは正直、自分も強く感じています。
リサーチャーの育成に限りませんが、どこかに書いてある育成メソッドをなぞるだけで、「育てる」とはどういうことか、身体感覚としてわからない人が増えているのではないでしょうか。

このシリーズは、私がその身体感覚をどう身につけていったかの記録でもあります。

だから、もちろんリサーチ組織において後輩や部下を育成する立場にある、リーダーや管理職と呼ばれる皆様に読んでいただきたいのですが、特に「組織で人を育てる」身体感覚にあまり覚えがない人。

そういった方にこそ、ぜひ読んで欲しいと思っています。

それを活かして素晴らしい育成に繋げてもらえれば、これほど嬉しいことはありません。

続き


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