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リサーチャーを育てよう(3) -ただただ愚直な言語化-

第一回:解像度を自律的に高められる人を育成したい
第二回:その「解像度」とは?なぜ高める必要が?

今回から、私が実際に取り組んだ具体的内容の説明に入っていきます。


思考を記述する

私が取り組んだ指導はこれだけです。
「とにかく書こう!言語化!」

解像度を高めるにはまず、その人が有する現時点の解像度のレベルを自身で把握しないといけません。少々乱暴に言えば、自分の解像度が低いことを自覚してもらう必要があります。

名作「SLAM DUNK」でも、安西先生が

下手くその上級者への道のりは、己が下手さを知りて一歩目

集英社「SLAM DUNK」コミックス22巻より抜粋

との名言を残していらっしゃいますね。

ここで大事なのは「初心者は謙虚に構えるべし」という精神論では決してなく、どこがどう分からないのか/できないのかを解像度高く把握することです。
安西先生は指導対象である桜木花道へ、精神論でどうにかしろというのではなく、ビデオを活用してフォームの矯正をはかっていましたよね。
要素としてどこが悪いのかを把握するための取り組みです。

初心者の最初期段階は「分からないことを自覚できない」。
少し筋がよくなると「分からないことは自覚できるが、どこが分からないかが分からない」。
ひと皮剥けると「何が分からないのか分かる」。

「何が分からないのか分かる」状態とは、ある事象に対してある程度の要素分解と、その関係性の把握を自力で成した状態です。
だから分からないことがあると、それがどの要素なのか、あるいは要素間の関係性のことなのかに目星がつくようになる。

まず目指すのはこの状態です。
分からない部分を特定できれば、そこを理解するための取り組みに入れます。
分からない部分をさらに要素分解し、その関係性を把握し…と、より解像度を高めることができるようになっていきます。

そこで、威力を発揮する取り組みが「言語化」です。

言語化は、自分の解像度が追いついているところまでしかできません。

解像度が高いものならば、過不足のない言語化ができる。
逆に言語化できないものは、自分の解像度が低いものです。

言語化できない原因に語彙力もあるのでは?と思う方がいらっしゃるかもしれません。
それは間違いありません(従って育成の内容には語彙力を増やすことも入ってきます)が、経験上それよりも圧倒的に多くのケースを占めるのは、解像度が低いから書けないということです。

「ある事象について本当に理解が深い方は、素人にも平易な言葉で説明できる」という話はよく聞くと思います。
裏を返せば、その事象を解像度高く理解できているのなら、社会人として普通に仕事ができる程度の語彙力があれば、問題なく言語化ができるということです。

それでは、どのような機会で言語化を進めるのか。
実はあらゆる機会だったりするのですが、特にトレーニングの初期から中期では大まかに以下の三つです。


ミーティングの議事メモ

ミーティングの議事メモはトレーニングとは関係なく必須ですが、まずはこれに取り組んでもらいます。

そもそもミーティングとは、ミーティングすることで達成したい状態があり(=目的/目標)、そこに辿り着くために幾つかの要素をすり合わせていくものです。
つまり、解像度の訓練をするのに極めて相性が良い。

なお、ここではトレーナーとの1on1は除き(1on1は超大事なので後に項目を抜き出します)、リサーチを依頼してくる他部門や調査会社などお取引先様、あとは上長とのミーティングなどを対象としています。

特に大切なのはリサーチ依頼のミーティングです。

リサーチは、ある事業において何か問題があるから依頼されてきます。

その問題とは何か。
目標と現実に、どのようなギャップが生じているのか。
そもそも、何を根拠に問題と認識しているのか。
その問題はどのような要素から構成され、原因はどこにあると思っているのか。

リサーチ依頼のミーティングでは、このようなことを聞き出していきます。
それは、事業の解像度を高めることに直結します。

実は、このあたりのことを漏れなくダブりなく、ロジックを必要十分なレベルまで要素分解して完璧に話せるリサーチの依頼者はほとんどいません。

依頼者は、担当事業においてある程度の熟練者であることがほとんどです。よって、話の内容には大なり小なり「暗黙知」が混ざります。
この場合の暗黙知とは、その場で言語化はされないが、理解を前提とされている知見のことと思ってください。

また、レベル感の差はありますが単純な抜けや漏れ、論理の飛躍もあります。

議事メモを取ってもらう狙いは、まさにその部分に気づけるようになることです。

ミーティングで依頼者は「AがBである」と話していた。
その場ではスーッと受け止めてしまったが、書いてみるとなぜAがBなのか理解できない。
AとBの間には何があるのか。

AとBの間には正しいロジックがあるかもしれませんし、ただの思い込みかもしれません。正当な暗黙知かもしれませんし、盲点にハマっているのかもしれません。盲点にハマっているのが依頼者だけではなく依頼部門全体の認識で、事業全体がワナに落ちているのかもしれません。

こんなことを考えられるようになるには、まずは「AがBである」という話に疑いを持てるようにならないといけません。
書くことで話全体が可視化され確認しやすくなりますので、そのことを認識しやすくなります。

そして、このような単純な議事を書いている間や見直して確認した際に生じた疑いなど、自分の思考内容も書き起こしていきます。
これらは、以下のような形になることが多いです。

・分からないところ
・分からないとまでは言わないが、何かモヤモヤしたところ
・話の前提はこうではないか?という仮説

なお、これらはマーケティングリサーチにおいて最も大切な、リサーチの背景と目的を明確化する取り組みを兼ねています。


リサーチの各フェーズでの判断内容

しばらく議事メモを書いてもらい、背景と目的を把握することの大切さが身についてきた段階で、このステップに入ります。

ここでいう「各フェーズ」とは、概ね以下のものが該当します。
通常は私(トレーナー)が単独で実施したり、リサーチ依頼部門の担当者と協働する内容です。それらをトレーニーも同席のもと話し合いながら一緒に作成する、作成し終わったものについて事後に私から説明するなどしています。

・リサーチの企画作成/確認
・調査票作成/確認
・インタビュー調査の対象者選定
・集計表の確認とストーリーづくり
・報告書の作成/確認

「リサーチの企画作成/確認」フェーズでは、例えばなぜアンケートやインタビューという手法を選んだのか、なぜ対象者属性を○○としたのか、なぜサンプルサイズを○人としたのか。

「調査票作成/確認」フェーズでは、例えばなぜその設問を入れたのか、なぜ設問のワーディングを○○としたのか、なぜ選択肢に□□を入れて✖️✖️を入れなかったのか。

「インタビュー調査の対象者選定」フェーズでは、例えばなぜAさんは対象に入りBさんは外れるのか、なぜCさんの優先順位はDさんよりも高いのか。そもそも属性条件の優先順位付の根拠は何か。

トレーニングの初期はトレーナーが言語化し、トレーニーがメモを取りつつ質問し、それにトレーナーが答え、それをまたトレーニーがメモをし…という繰り返しです。
これで解像度が低いところを潰していきます。
中期に入る頃にはトレーナーの成果物をもとにトレーニー自身が言語化することにチャレンジします。さらに後になると、それぞれの作業をトレーニーが自力でやってみてトレーナーにレビューする、という段取りになります。

トレーナーと対話をしていく過程で、理解できた箇所はそこに「こういうことだったのか!」と書いていく。
付随して出てきた「分からないところ」「モヤモヤしたところ」は、トレーナーと対話する間に思いついたならばはその場で解消をはかります。
メモを事後に確認して思いついたものもどんどん書き加えていきます。これは後述する1on1行きです

この過程を経ると、リサーチの対象となる事業の暗黙知が形式知化されていきます。事業の解像度が上がり、ついでに(!)リサーチ業務の理解も進みます。

次の「集計表の確認とストーリーづくり」フェーズを経ると、顧客の解像度が上がっていきます。

最初にGT(グランドトータル。クロス集計していない単純集計表のこと)を見ます。
全体として大事なところはどの要素で、それらを組み合わせると仮説としてどのようなストーリーが描けそうか、その仮説を検証できるようなクロス集計軸は何か、ということを検討・言語化していきます。

続いてクロス集計を実施・確認し、仮説を検証するとともに、クロス集計したことで初めて見えてくるものを確認・言語化します。

また、集計しても検証できないこと、分からないことは必ず残ります。
「なぜ○○の集計結果が✖️✖️%という結果なのだろう」という疑問について、集計を重ねても理由が見えてこないことは多々ありますよね。

ここで大切なのは、第一回に少し書いた内容ですが、リサーチ結果を自分の「引き出し」と接続する基本動作を身に付けることです。

集計を重ねても分からないなら、自分を回答者に置き換えて考えてみます。

「自分が回答者の立場だったら、○○に✖️✖️と答えるのは□□だからではないか。自分は過去に△△という経験があるから、そういう気持ちもわかる」
想像するのです。

「えっ、それに何のエビデンスがあるの?」「ただの妄想じゃないか?」という疑問が浮かぶと思います。
それはまったく健全なものです。実際、エビデンスはありません。

ただ、エビデンスがないならないなりに、筋の良い仮説を出さねばなりません。そのためには顧客の解像度を高く持っておく必要があるのは先にお伝えした通りですが、そもそもこのような想像自体が許されるという発想を身に付ける必要があるのです。

マーケティングやリサーチに真面目な人ほど「何かを言うにはエビデンスがないと…」という発想に強固に取り憑かれてしまいます。
それは正しいのですが、エビデンスがないと何も言えませんというのでは実務において役に立たない場面も多いのです。

もちろん、最終的な報告の際は「すいません、エビデンスはありませんが、個人的な見解としてはこう思います」という位置付けにしなければなりません。

これは当然、報告相手から突っ込みを受けやすい部分になります。
だからエビデンスとなる設問を最初から準備しておいた方がよいのは間違いありませんが、仮に突っ込みを受けたとしても、そこから有益なディスカッションが生まれ、顧客のことをよく考える機会にもなり得ます。

独りよがりにならないよう顧客解像度を上げる不断の努力は必要ですが(この集計表の読み込み自体、そのための取り組みです)、その上で個人の見解をまとめることは躊躇うべきではありません。

このような自分の想像も含めて言語化し、書き起こしていきます。

なお、顧客の人物像をざっくり捉えるためには自由回答を読み込むのも有力な手段となります。
私自身はGTの確認の前に自由回答を読むことが多いですが、育成の際はGTの後、クロス集計の前に実施するよう指導しています。

「報告書の作成/確認」フェーズでは、「リサーチの企画作成/確認」から「集計表の確認とストーリーづくり」までで捉えた内容を、ロジカルにしかも刺さるように表現していかねばなりません。

これは各フェーズにおける大事なところをチョイスするところから始まります。細かいところは思い切って捨て、大事なところを拾う。
その上で並べていく。

なぜ○○のパートを報告書に取り上げて、□□のパートを捨てるのか。
言語化するのはこの判断部分ですが、これには「そのリサーチを実施すべきと判断した理由」や「これから事業が進むべき方向性」といった意思、価値観、哲学といった要素も入ってきます。

もちろん、全体的なストーリーラインは全てファクトベースでつくられるべきであり、大事な部分の隠蔽などは絶対にやってはいけません。
また報告する相手に気を遣うのは構いませんし、そもそものリサーチ目的に沿った報告は必要ですが、忖度してはいけません。

このバランスを取るのは難しいですが、その塩梅もまたトレーニングの対象と捉えてください。

これはビジネス上の倫理観というかプロフェッショナリズムが強烈にインプットされる機会としても機能してきます。


1on1で振り返り、復習

今までお話ししてきたことを、やりっぱなしで済ませてはいけません。
トレーニーが書いてきたことを確認し、質疑応答をしながら深堀していく時間です。

上で書いてきた「分からないこと」「モヤモヤしていること」などを解消し、周辺要因も含めて説明していくことで解像度を高めていきます。

トレーナーの側からは、トレーニーの思考を確認する場となりますので、1on1は絶対にやらねばなりません。

ここでトレーニーから何も質問が出ない(トレーニーが単純な議事しか書けず、分からないことなどを書けていない)としたら、それは危険信号と感じるべきです。思考が働いていない疑いが強い。

いや、往々にしてトレーナー側が「ポイントだった」と感じる箇所はトレーニーにスルーされるものです。
そうでなければ、このようなトレーニングは必要ありません。

質問になるべき箇所が質問として出てこない場合は、こちらから水を向けます。

(うーん、このAがBになるロジックがミーティングのポイントだった)
(このロジックは○○に関する暗黙知がないと理解できないはずだ)
(でも質問が出てこないな…ちょっと確かめてみよう)

「A→Bについてミーティングで話した部分、どうメモを取ったか教えて」
「議事以外に、自分がわからなかったとか、何か感じたとかはあった?」
「ミーティングでは、確かに✖️✖️さんはA→Bとサラッと言っていたね」
「なぜA→Bになるか説明できる?」

という感じです。
こうして「分からないところを分からないと感じる」感性を養っていきます。
考えるというのはこういうことだよ」と教えること…言ってもいいかもしれません。「思考」ですね。

解像度を高める訓練とは、リサーチャーにとって最も大切な「思考力」を養うことに繋がるのです。

このときに質問がガンガン出てくるならば差し当たりは安心です。
この段階での質問にくだらないものはありません。誠意を持って回答していきましょう。

個人的には、トレーナーからの回答はしゃべり過ぎるぐらいでちょうどよいと思います。過不足のない回答よりも、周辺情報も含めた豊かさを感じてもらうことの方が益が大きい実感があります。
理解の対象をより広い現象から、あるいは時間的な流れを入れて捉え直すことで解像度が上がるのだと思います。

なお1on1の形式として望ましいのはリアルでの実施です。
リアルの方が、トレーニーが書いたことを確認しやすい。

Wordなどで書き起こした内容を、ビデオチャットツールで画面共有すればいいのでは?との疑問があると思いますが、あまりお勧めしません。

ここで大事になるのは、トレーニーには極力紙とペンを使って書き起こしを行うよう指導することです。

トレーニーによる言語化は紙に書いてもらう方が圧倒的に効果が出ます。
なぜなら、紙の方が発想の自由度を高める書き方ができるためです。

トレーニーには発言録を作成して欲しい訳ではありません。
話の内容を理解した上で、言語化しても可視化できないポイントを探して欲しいのです。それが解像度を高めることに繋がります。

極論すれば、議事内容や私の指導内容を書き起こすのは「作業」に過ぎません。
トレーニーには、それを材料にして「思考」に移って欲しいのです。

そのためには、自由度の高い形式でメモを挟んだり、図を使って発言の要素を関連付けたりしやすい紙の方が優れています。

Wordを使ってメモを取る必要がある場合は、そこに分からないポイントなどを書き込むためにプリントアウトすることを勧めています。
また「集計表の確認とストーリーづくり」などでは、集計表をプリントアウトし、そこに思考過程を書き込んでいくよう指導しています。

繰り返しますが、紙とペンを使って思考を可視化し、その内容をリアルでやりとりすることが解像度を高めるには最も効果的と思います。

そして、1on1の場で話したことをまた書くのです。
それが次回の1on1のアジェンダになってきます。解像度を高めるための、対話の無限ループをつくります。

なお、あるテーマがひと区切りついた段階では、必ず「ひとこと/三行でまとめる」ことを指示しています。

解像度を高める取り組みは、基本的に抽象度の高いものを具体的な要素に分解という形で進みます。

分解した要素とその関係性を理解したところで、もう一度統合・再構成してみる。
個別要素とその関係性という「集まり」を、あらためて「塊」として捉え直すことが、解像度を高める仕上げとなります。

分解する前と再構成した後を比べて、解像度が高まった感覚をトレーニーが持ってくれれば成功です。

ちなみに、これらが具体と抽象を行き来する訓練を兼ねることは言うまでもありません。


次回予告

1on1をやる上で注意すべきところは多くあります。
ただでさえこのような地味で地道なことを課しているいるのですから、下手をするとトレーニーを潰すことにもなりかねません。

次回はそのあたりに触れたいと思います。

続き


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