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リサーチャーを育てよう(4) -もう少し、1on1-

第一回:解像度を自律的に高められる人を育成したい
第二回:その「解像度」とは?なぜ高める必要が?
第三回:解像度を高めるトレーニングとしての言語化

前回の最後に、解像度を高めることを通じて「思考」のやり方を教える場としての1on1についてお伝えしました。
1on1はとても重要ですので、今回は前回お話しできなかったところをもう少し掘り下げてお伝えします。


実施スパンと回数

まず「1on1は週/月に何回やればいいのか?」ですが、多ければ多いほど良いと言えます。
ただし、トレーナーから設定するのではなく、トレーニーの希望を受け取る形にすることが前提です。

というよりも、トレーナーが必要な回数を予め見繕って回数を設定するのは、なかなか難しいと思います。
なぜなら、1on1はトレーニーの解像度を上げる過程で思考力の向上を促すものですから、トレーニーの解像度の上がり方しだいでその必要性はどうにでも変わるからです。

従いまして、トレーニーが疑問を覚えたことや、言語化しきれずにもやもやしたものを抱えたタイミングで声をかけてもらい、何度でも素早く場を設定する…という形式が望ましいのです。

ちなみに育成上、特に大切なのは後者の「もやもや」です。これは言語化しにくい盲点に気づき、しかし気づいたことを自覚しきれず、疑問にまで昇華できない状態です。よく「気持ち悪い」という表現をされます。

ここを言語化しきるかしきらないかはリサーチャーとして大きな分岐点になります。

「もやもやしたことを言語化しきる」という解像度を高める経験を積み重ねると、思考力の向上に繋がる…ということを身体で覚える絶好のチャンスです。トレーナーはその兆候を絶対に見逃してはなりません。

この形式ですと、1on1は毎日はもちろん、1日に何度でも発生し得ます。
トレーニーの力量が上がるに従い、声をかけられる回数は自然に減っていきますが、初期は一日1on1ばかりになることも珍しくありません。

このように声をかけてくるトレーニーの方が伸びやすいです。わからないところ、もやもやしたところを自覚するから声をかけてくるのですから。

私個人としては、トレーニング初期は1日に一回は1時間以上のまとまった時間を置き、それ以外にもミーティングの合間に10〜15分程度のものを何回か実施する、という形態に落ち着くことが多いです。

むろん、トレーナーの時間をトレーニーが気軽に取れるような関係性を築くことは大前提です。
トレーニーは基本的にトレーナーの時間を奪うことを気にしてきます。「こんなことに先輩/上司の時間を使わせてしまっていいのか…」みたいなことですね。「自分なんかに時間を使わせるのは忍びない」とまで思う人もいます。

この考えがトレーニーの成長にとっては百害あって一利なしなのは言うまでもありませんが、1on1におけるトレーナーの態度によってはそれを促進する危険があります。このことはいくら気にしても気にし過ぎということはありません。
私自身、トレーニーとの関係性が深まった段階で傲慢な態度になり、他メンバーから諌められて冷水をぶっかけられたような感覚になったことが何度かあります(あってはいけないのですが)。


「思考」への動機づけ

とは言っても、自分の解像度が低いことに気づかないメンバーほど、1on1を設定してくる回数は少なくなります。
本来はこのようなメンバーほど多くの1on1が必要ですが、放っておくと時間の経過とともにますます回数が減り、成長しないままの停滞期間が続くことになります。

ただ、最初のうちは誰しもこのような状態です。
トレーニーが「わからないことがわかる」状態になると質問が自律的に生産されるようになり、1on1の回数もそれに連れて増えていきますが、「わからないことがわからない」状態であれば質問が生まれてきません。

このような状態では、さすがにこちらからの投げかけが必要です。

この場合は、なんでもいいので抱えている質問を聞きましょう。
初期の段階でまったく質問がないことは、さすがにほぼありません。というのは、新しい分野の仕事にはわからない言葉が必ずあるからです。
マーケティングリサーチの分野ならば「代表性」「サンプリング」などは、初期によく意味を質問される言葉です。

その言葉の意味を、必要となる背景も含めて説明していきます。
「代表性」を質問されたならば「サンプリング」と抱き合わせて、もしもサンプリングを恣意的に行った場合にどうなるか…など、こちらからの質問を交えると効果的です(前回、トレーナーはしゃべりすぎるぐらいでちょうど良いと書きましたが、このような場合もあるためです)。

決して、言葉の意味を辞書的に答えて終わりにしてはいけません。それでは、後述の対話を通じたトレーニーによる発見に繋がらないからです。

質問を起点にした対話の過程で、トレーナーとはどんな質問にも快く答えてくれる人だとの印象をつけつつ、トレーニーが「思考して気づいたこと」があれば驚きましょう
「代表性」ならば、調査会社のパネルを使ったリサーチは回答が早い者勝ちだが、それで代表性をどう担保しているのか…などの質問がトレーニー側から出たら、驚くのです(ちなみにこれは実際に私があるトレーニーから受けた質問です)。

驚く?
褒めるではなくて?
と思われた方、ぜひshinshinoharaさんのnoteをご覧ください。

「できた/できない」「わかる/わからない」という、ある意味での結果を評価するのではなく、そこに辿り着こうとする意欲が産んだ「発見」に驚き、喜ぶのです。

これが解像度を高めること、「思考」して自分なりの答えを導き出すことの快という身体感覚に繋がってきます。

それとは別に、トレーニーが「わかったつもり」でスルーしているところがあれば、こちらから聞いてみましょう。
そこが理解できていれば驚けばいいですし、理解できていなければ「これが盲点ということだよ」と伝えるのです。
ここのイメージは前回記載した通りです。

このプロセスを何度も何度も繰り返すことで「わからないところをわからないと感じる」感性を養い、それについて自分なりの答えを出すようになっていきいます。
自分が盲点に陥っていることを自覚し、盲点に陥っているときの感覚を味わい、それを解明して答えを出していく…と言い換えてもいいでしょう。

繰り返しの中でトレーニーがコツを掴めば、盲点に自力で気づいたりと「思考のタネ」につながるような質問を自律的にするようになってきます。
トレーナーはトレーニーからの「質問の質」を常に推しはかる必要がありますが、きちんとトレーニングを重ねれば徐々に「高い質の質問」の量が増えていきます。ここが頑張りどころです。

なお、いちど「高い質の質問」ができるようになったメンバーが、ある日の1on1では単純な質問ばかりしてくるときがあります。
リサーチのオペレーション手順に関してトレーナーの指示を仰いでくるケースが典型です。「次はどうすればいいですか?」という類の質問。

これは思考に手を抜いた表れです。やっつけで質問を考えてきたのですね。
「思考の手抜き」はリサーチにおける自殺行為です。しっかりと指摘して、繰り返しを防ぎましょう。


振り返りによる成長の可視化

このシリーズでお伝えしているトレーニングの最大の弱点は、成長実感が持ちにくいことです。

これは、鍛える対象が「解像度」「思考力」という極めて根本的かつ抽象度が高いものであるために、上達の度合いを計測することが難しいということです。
英語や数学ならテストを受けてもらえればすぐにわかりますが、そうはいきません。

テクニカルスキルのトレーニングを後回しにしたことの弊害でもあります。テクニカルスキルは、身につけたことが外からわかりやすいですからね。

成長実感がないトレーニーを放置すると、当然育成にはマイナスです。
例えばトレーニーが新卒であれば、他部署に配属された同期と比較して「◯◯さんは既にあんなことができるようになっているのに、自分は…」という思いにとらわれることもあるでしょう。基礎ばかり教えられているときの桜木花道のような感覚かもしれません。

特に最近の若い人は真面目というか自罰的というか、また良い意味できちんとトレーナーを疑う感覚も持ち合わせています。よって、トレーナーが「君は充分成長しているよ!」とただ口で伝えたところで信じてくれません。愛想笑いとお礼が返ってくるだけで、本人の不安はいっこうに解消されない状態が続きます。

そこで、過去にいろいろな場面でひたすら書き起こしてきたドキュメントの出番です。
トレーニングを始めて一週間とか一ヶ月とか、節目で過去のドキュメントの見直しをします。

「あ、こんなことがわからなかったんだ」
「これはいまならもっとよくわかる」
「この盲点には自力で気づいたな。以前はできなかった」

過去の自分よりも今の自分が進歩していることを、他ならぬ過去の自分自身に教えてもらうのです。

トレーナーが「褒める」としたらこのタイミングですね。いや「褒める」というよりも「トレーニーの成長を解像度高く言語化する」。
トレーニーができるようになったことが、その後の具体的な場面でどのように活かされたのかを伝えることを表します。

「解像度の低いかつてのままだったら、あのミーティングで相手の盲点を指摘できなかったのは間違いない」
「もしもそのままプロジェクトが進んでいたら、今ごろどうなっていたと思う?絶対に迷走していたよね」
「それを防いだのは間違いなくあの気づきと投げかけだったよ」

このような形で、トレーニーが確認した自身の成長を他の角度から具体化します。

覚えていられるか不安?
トレーナーがトレーニーの成長にちゃんと「驚いて」いたら、このようなエピソードには事欠かないはずです。
もしも覚えていられないならメモをしましょう。

また、このような取組は「トレーナーは自分のことを見てくれている」というトレーニーの実感に繋がります。関係性の強化に資することは言うまでもありません。

その意味では、特に節目を待つまでもなく、トレーニーが自信喪失気味になったら躊躇せずこのプロセスに入ることをお勧めします。
自信喪失を正直にトレーナーに話すトレーニーばかりではありません。トレーナーの観察眼と間髪入れずのアクションが求められる場面です。いちど折れたら再起不能になるメンバーだっているのです。

なお、トレーニーがトレーナーと自身を比較して落ち込むことがあります。
あまりの差に、到底やれる気がしない…という気になってしまう。

この状態に陥ること自体は仕方のないことではありますが、速やかに「比較の対象は過去の自分自身である」ことを示し、軌道修正しましょう。
トレーナーを目標にするのは問題ありませんが、自信をなくすような不健全な比較は有害です。

比較対象はあくまでも過去の自分自身。過去の自分と比較してほんの少しでも進歩している自身を自覚するよう促すのです。

ちなみに、ふだんの1on1でトレーナーである自分も気づかなかったことをトレーニーが言い出したときは、最大限の驚きと喜びを表現するようにしています。
この回数が増えると、トレーナーとの不健全な比較が減る感覚があります。

ひょっとしたら、トレーニーは「トレーナーにもわからないことはある」「自分が上回れる点はある」ことを無意識に刷り込まれるのかもしれません。


1on1のまとめ

1on1は「思考力」を鍛える場面であり、それは盲点に気づき可視化するという「解像度を高める」プロセスを通じて行う。
そのためにはとにかく紙に書き起こすこと。またリアルな場でやることが望ましい。
自律的に思考するようになると、1on1の回数は自然に増える。逆にいつまでも増えない、明らかに回数が少ないなどは危険信号。
「思考」への動機づけのためには、トレーナーはとにかく驚くこと。それはトレーニーが解像度を高めて思考することの快、身体感覚を身につけることを促す。
成長の比較対象は過去の自分自身。


次回予告

今までは基本的にOJTとしての育成について取り扱いましたが、次回はそれを補完する「座学」を取り上げます。

研修やオフサイトミーティング、リサーチ環境の整備などに触れる予定です。それぞれの活かし方と効果、注意点などお伝えいたします。

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