見せる仕事


 仕事は、誰にも見せなくていいのではないか。もちろん、“仕事”と言っても本当に多種多様で、仕事と遊びの境目もなくなってきているので、何が仕事で何が仕事でないかを定義するのは難しいが、「内なる仕事」もあっていいと思っている。
 すべての仕事は、成果を出し、他人に認められ、称賛されるべきものではない。自分だけが納得できるものでもいいし、たった1人(人間に限らず)を満足させるもの、たった1人に対して役に立つものでもいい。極端に言うと、別に誰の役に立たなくてもいいのではないだろうか。
 ネットやSNSの普及で、自分がやったことや成果を見せることが盛んだが、成果や実績を見せるためにする仕事だけが価値あるとは思えない。例えば、自分が成長し、それが後で誰かの役に立つ(立たなくてもいいが、せっかくなら)のであれば、それでもいい。稼ぐお金の多寡がすべてではないけれど、例えば誰にも知られず巨額の稼ぎを得て、税金を多く払ったり寄付したりすることも大きな成果だし、人知れず構成に何か創造物を残すでもいい。別に誰にも知られなくてもいい。
 強弱はあるが、人間には虚栄心とか見栄、目立ちたい精神がありそうだ。だから自分が恰好よくありたいというのはよくわかる。目立つ人は目立っていて、自分は全然だめだなと卑下することも別に悪いことではない。でも、別に他人に評価されたり、他人に良く見られたりするためだけに生きるのは、ちょっともったいない。
 自分と向き合い、自分を超えていき、自分を評価して自分をほめる。そのために仕事をしたり、そのために遊んだり、そのために生きていくことも大事なことではないだろうか。このような文章も、誰かに称賛されなくてもよく、10年後などに見返して、自分の成長を感じればいいと思って書いている。
 まずは自分のために何かをやってみよう。そのうえで人に認めてもらいたかったら公開すればいいし、自分だけが認めればいいというのであればそれでもいい。

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