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スクリプト体から考えたこと

最近、自分の中ではじめてのスクリプト体ブームが来ている。

スクリプト体は手書き文字をベースにした書体で、文字同士が流れるようにつながっていく字形を持つものが多い。書体化しているものの多くは名のあるカリグラファーによる書法のお手本を使用していて、それらは日本でいう書道のように各々のスタイルを持っている。
一口にスクリプト体と言ってもそこにはつくられた時代、技術、作者の嗜好が反映されている。

こういった書体は使える場面が限られる印象があるのと、どうしても和文とは合わせにくいため敬遠していたけれど、仕事で必要に迫られたのでいろいろと調べていたら、なるほど漠然と感じていたスクリプト体の使いにくさをちゃんと言葉にできそうな気がしてきた。
そのあたりを少しメモ書きとして残しておきたい。

ローマン体もサンセリフ体も基本的にその骨格のベースには手書きがあるわけだけれど、スクリプト体がそれらと異なるのは手の運動の軌跡がより直接的に現れていることだ。流麗な線の強弱からは、ペンの走るスピードや書家の手つきまで想像される。
これらは実際に手で書かれた場合にはそれぞれが少しずつ異なる形をもって記述されるのでシンプルに能書家の超絶技巧に対する感心に至るのだけど、いざ書体となると受ける印象は少し変わる。

ちょっとその前に大切な余談。ローマン体「手書き→活字」という書体の形成手順を踏んでいるのに対して、スクリプト体では「手書き→銅版→活字」と、間にワンクッション入っていることを抑えておきたい。

銅版印刷は平滑な金属板に彫刻を施し、インクを塗りつけて紙に刷るもので、その歴史は15世紀ごろまで遡る。銅が用いられたのは柔らかく加工がしやすいためで、つまりは形をつくる際の技術的な制約が少ない
そのため書字の繊細な線を拾いつつ複製することが可能であった。さらに銅版への彫刻は職人による手作業である。同じ文字であっても形が完全に一致することはなく自然な揺れも残る。(彫刻職人の果たした役割についてはモローやフルニエが大切なことを言っているらしいので今後の宿題)

しかし、書体化=活字化するということは複製可能になる反面で文字の持つ微妙なニュアンスを捨象することになる。「a」という活字を別の箇所で入力しても必ずまったく同じ「a」になる。ローマンやサンセリフはそれで特に問題はないが、手書きの味を色濃く残すスクリプト体では、手書きを志向しているはずなのに揃っている、という少し不自然な見え方になってしまうのである。これが僕の感じる使いにくさの1つ目だ。

このような、手わざと規格化の狭間については書体制作者も試行錯誤をしているようで、たとえばスクリプト体では一つの文字に対して複数の異字体(オルタネイト)が用意されていることが多い。

代表的なのが「Bickham Script」「Champion Script」で18世紀の銅版印刷で使用された文字を書体化したものだ。そこに残されていたさまざまな異字体(のアレンジやリファイン)がデジタル版でも選択可能となっている。字種にもよるけどBickhamの小文字「d」なんかはそれだけで20種類くらいあるし、大文字との組み合わせも考慮すると膨大なパターンの表情をつくることができる。

一方で、規格化されニュアンスが薄められているといってもローマン体などと比べると、どうにも書き手のキャラクター(時代性や個人的な好み)が書体に投影され過ぎている。これが使いにくさの2つ目。
書き手の見える書体は、こちらが望まなくともその人の署名が入ってしまう危険性があるし、何より「誰が、どこで、何のために」という書体の持つストーリーを正しく理解しなければ(教養がなければ)適切に使うことは難しい。18世紀フランスについて書かれた本に、違う時代、違う国の書体を使ってしまうと「おや?」と感じてしまう人もなかにはいるのだ、確実に。特に印刷物は取り返しがつかないため、時代の刻印は慎重に行う必要がある。
ヘルベチカやギル・サンのように、もはやあらゆる場面で使用されて背景と切り離された書体を選ぶ気軽さがスクリプト体には持てなくて、つまりは確信が持てずビビってしまうのだ。
この点については、ちゃんと知識をつけていけば克服できることだろう。
幸い、今回いろいろなスクリプト体を見ていて使いたいと思うものもいくつかあった。


僕は活字デザイナーではないけれど、スクリプト体のもつ人間の動きや繊細で自在な線は(制約の少なさという意味で)デジタルの時代と相性が良いように思ったし、昨今の作字ブームに重ねられる部分もあるかもしれない。

スクリプト体の世界は遠目から見ていてはキラキラでデコデコなシャンデリアのように映っていたが、寄ってみるとひとつひとつはなかなかに興味深い多面体のように感じられたのだった。


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