感情に優劣はない。正誤もない。


演劇に出会ってから持ち始めた観点なんですが、「人の行動の根っこには、その動機となる "感情" がある」と思っています。


大学生くらいまでの僕はどちらかというと感情のことをバカにしていて、人間が人間としてスマートに行動するためには、理性や倫理や正義みたいなものが重要だと思っていました。

「感情的になる」みたいな言い方で使われる「感情」というものは、不完全で、ソフィスティケートされてなくて、人前には隠しておくべきもの、みたいな認識をしていました。


いまは、そんなのは人間という存在を軽視した考え方だったなと反省しています。

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演劇、特に、西洋的な演劇の方法論なんかを学んでいくと、演劇と心理学の切っても切れない関係に気がつきます。

演劇を学ぶことは、ほぼ、人間の心理について学ぶことと同義だな、みたいなことに気づきます。

僕はまだ、心理学をきっちり心理学として学んだわけではないので、胸を張った主張のようには言い切れませんが、人の行動や言葉の裏には、理性的な計算などがあることはもちろんですが、その根本にはやはり、感情というものの強い影響があるなと思うのです。


人間にはそれぞれ、行動や言動の癖みたいなものがあって、それも、その人が固有に持っている感情のパレットに影響を受けていそうです。

演劇のなかで役を演じるときには、自分が演じるその役がどんなタイプの感情のパレットを持っていて、それが場面ごとのセリフや行動にどう影響を与えているのかを捉えることがとっても重要だと思います。


人間はさまざまな感情を持っていますが(喜び、悲しみ、怒り、憎しみ、愛、安心、不安、満足、嫌悪、嫉妬、期待 etc...)、どの感情が表出しやすいかとか、その混ざり方のバランスとかは人によって千差万別です。

Aさんは人から褒められると喜びと満足の感情が出てきやすいけれど、Bさんが同じ状況で褒められると羞恥や緊張の感情に支配されやすい、とか。本当に人それぞれ。

そういう、

・もともと持っている感情の多彩さ
・持っている感情の出てきやすさの違い

みたいなのを、上では「感情のパレット」って言い方をしてみました。さっき思いついた言い方なので、もっといい表現の仕方があるかもしれないけど。

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よく僕たちは、「ネガティブな感情を持つのは良くない」と考えます。

「妬み」なんて持ってるべきじゃないし、「苦しみ」からは脱却すべきだし、「不安」は忘れた方が良くて、人を「嫌う」なんて良くないことだ、みたいな。

逆に、「ポジティブな感情」は手放しに承認されていて、

毎日を「幸せ」で満たしましょう、とか、日々ちいさな「喜び」を見つけましょう、とか、心いっぱいに「愛」を持ちましょう、とか。


そこには無意識的に、ポジティブは良い/ネガティブは悪い、っていうジャッジが介在しているんだけど、このジャッジって何も考えずに受け入れちゃうと、けっこう危険だなって思っています。


たとえば、僕という一表現者からすると、良くないとされるネガティブな感情も、ポジティブな感情と同じくらいに素晴らしい宝物なわけです。

「ネガティブ」とされている感情たちは役に人間的な奥行きや深みを与えてくれて、ドラマをよりドラマティックにしてくれます。ネガティブな感情を抱えているからこそ、観客がその役を「愛おしく」感じたりすることもあるわけです。

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人の行動は、その人が持っている「感情のパレット」の状態によって、大きく影響を受けています。

僕は、「さみしい」という感情や「認められたい」という欲求に、強く影響されていることが多いです。

で、僕の場合はその「さみしさ」や「承認欲求」が、「人を助けたい」とか「人を楽しませたい」という行動に結びつきます。

自分が歌ったり、芝居をしたりすることや、人に何かを教えたり、物を書いて発信する根底には、こういう感情の影響があります。

あと、山梨の文化市場を救いたい、みたいなのも、「山梨での高校時代、音楽のある空間が欲しかったのに、県内ではなかなかそういう場所がなかったというさみしさと喪失感」が行動の原資になっているように思います。

あのときの僕みたいに思う学生が、いなくなるようになったらいいな、みたいな。

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ときどき、愛が溢れた振る舞いや、知性と自信に満ちた行動をとるような人の向こう側に隠された、恐れや不安や焦りを感じ取ることがあります。

表に出てきている行動は、とっても他人を思いやり、人に希望や夢や喜びを与えるような働きをしているのに、どこかその人の向こう側に、うっすらとした「恐れ」を感じたり。

そういう人に会うと、僕はちょっとだけ、切なくなります。

けれど同じように、とても愛のある振る舞い、知性と自信に満ちた行動をしながら、自信の中にある恐怖や不安や焦りにも真正面から向き合って、そんな自分の側面を受け入れてきた経験もあるんだなっていう人に会うこともあります。


恐れや不安や焦りを感じない人間なんて、きっと世界中どこにもいないでしょう。高度に複雑化した社会を持つ日本では特に。

だから、そういった、いわゆる「ネガティブ」と言われる感情を持っていたって、ぜんぜんおかしいことじゃないのに、僕たちはそれを隠そうとしがちです。

人間の心理の仕組みから言えば、「ネガティブな感情」は「ポジティブな感情」とおなじ「感情」であって、その間に優劣の序列や正誤の対比はありません。


でも僕たちは、行動の原資になっている感情のうち、ポジティブなものだけをスクリーニングして認め、ネガティブなものについてはは排除したり、蓋をしたり、なかったことにしたりします。


僕の個人的な目標は、自分の中にあるすべての感情について、その存在を認めてあげて、自分のなかにその感情が「いる」ということを受け入れてあげられるようになることです。

なかなか難しいことだけど、そうしたら、もっと楽に、もっと人間らしく生きていけるかなと感じています。

そしてこの目標は個人的なものであると同時に、表現者としての使命でもあると思っています。


なんか、今日の文章はうまくまとまらなかったや。笑

そんなかんじです!



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