オペラの"台本"を読むときに知っておきたいこと

オペラを勉強しようと思ったときに、かならず直面する作業がふたつあります。

ひとつは、楽譜を読むということ。

もうひとつは、台本を読むということです。

ほとんどのオペラ歌手は音楽大学などで、専門の音楽教育を受けています。なので、能力値の差はあるかもしれませんが、一様に一定以上のクオリティで、楽譜を読むことができます。

ただ、台本を読むということはそうはいかないようです。

これは僕の実感も伴った上での話になりますが、音楽大学ではオペラの台本を読むための方法を丁寧に教わるという経験は稀です。少なくとも、僕が通った時期の東京芸術大学では、そのような機会は一切ありませんでした。

声楽の専科のレッスンでは主に声のことと、その曲を音楽的にどのように完成させていくかという点に焦点を絞って指導を受けていました。オペラの基礎的な約束事を学ぶ授業もありましたが、「台本のセリフをどのように言うか」や、そのセリフが歌になった場合、その「音楽の中でどのように振る舞うか」ということしか教えてもらいませんでした。

「スザンナは女中なんだからもっと機敏に動いて!」

「バスの役なんだからもっと威厳を持って」

「そこ、愛し合ってるように見えないよ!」

演出家や指揮者の先生から、このような指示は受けますが、

台本を読み解く方法を丁寧に与えられた上で

「女中という職業とその振る舞いについて考えてみようか」や

「なぜ作曲家がこの役にバスという声種を当てたのだろう」や

「この時代の文学などの潮流から考えたときに、この主人公2人がこれほどまでに詩的な言葉で愛を語るという場面は、どんな意味を持つのだと思う?」といった

建設的な質問と解説は、ほとんど受けた記憶がありません。

(もしかしたら今の音楽大学の状況は変わっていて、そういうことを丁寧に教えてくれる先生もいるかもしれません。そうだとしたら本当に素晴らしいし、僕もいまの時代に教育を受けたかったなと思います。)

なぜ僕がこんなことを書き始めたのかといえば、僕が学生時代からずっと感じていた、ある疑問の存在がここ最近もその存在感を増してきたためです。

その「疑問」について書いてみます。

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大学時代、オペラ基礎やオペラ実習といった授業を履修していました。オペラのある場面を割り当てられ、同級生と一緒にその場面を演奏するのです。もちろん演技つきで。

授業の時間は指揮者と演出の先生が指導をしてくださり、自分たちで考えた動きをよりよく改善するアドヴァイスをくださったり、音楽的な問題を指摘してくださったり、学生が知り得ないような知識を与えてくださったりします。

学生たちはオペラを演じることに関して、ずぶの素人に毛が生えたような存在ですから、授業の時間だけでは自分たちのやるべきことを消化することはできません。なので、共演者同士あつまって、練習をすることになります。

その練習の中で、場面の解釈や作品の主題、登場人物のその行動の理由とかを、お互いのアイディアを持ち寄って話し合ったりすることがたびたびありました。オペラというのは、現代に生きている僕たちの感覚に照らし合わせれば、突拍子もないような筋書きだったり、登場人物の行動が過激だったりすることが多いです。そうするとたとえば、共演者からこんな言葉があがってきたりします。

「この役のこの行動、ぜんぜん理解できない」

「なんでこんなにくだらないことをグダグダ言いつづけるんだろうね」

「このセリフ、大げさすぎるよね?笑 普通に好きって言えばよくない?」

「私はこの役、ぜんぜん共感できないわー」

こういった言葉に対して、「そうだよねー、あははー」で済んでしまうような空気がありました。僕はそれに、とても強い違和感を感じていました。いまも感じています。

名作と呼ばれるオペラの多くは、いまから100〜300年前に書かれたものです。いま生きている僕たちとはまったく違う時代に生まれたものですので、そこに描かれている価値観や倫理観に、即座に共感できないことは当たり前だとも言えます。なので「理解できない」という第一印象はけっして間違いではないのです。

問題なのは、その「理解ができない、共感ができない」という問題を、「まあ、オペラだからしょうがないよねー(共感も理解もできないままやっちゃえ)」というスタンスが、まかり通っているように見えるという空気感がある、という現状。

そしてより危険なのは、オペラは「演劇」ではなくあくまで「音楽」なので、歌が上手に歌えて、違和感がない程度に舞台上で動けていれば、歌手がその役に没頭していないとしても、なんとなくそれらしくみえてしまうという性質をオペラが内包しているということです。いや、これは正確には違いますね。そういった性質をオペラが内包しているのではなく、僕らがそれでもよいと許容してしまっていることが、問題なのです。

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ここでひとつ前提を共有します。

オペラは、演劇ではなく、音楽です。

オペラが発展してきた歴史を振り返ると、その成立の初期と隆盛期では、観客が歌手の歌を充分に堪能できるように、重要な歌唱部(アリアなど)では歌手はあまり動かず、客席の方を向き、声がきちんと届くことを優先して演じられていました。

これがひとつの前提。

もっとも、こういった傾向はシェイクスピアを含む古典演劇のフィールドでも観測できるようで、昔は修辞の多い独白などは舞台上からあまり動かず客席に向かって歌うように演じられていたようです。しかしある時代以降、特にスタニスラフスキー以降では、より”リアル”に演じられるようになってきた。

現代のオペラは、演技手法が変わったときと同じような岐路に立っていて、演出の手法に以前にも増して”リアリズム”的な要素を色濃く求められるようになってきているのではないかと感じています。オペラの、音楽としての側面はもっとも重要なポイントだし、何よりも優先して神経を注ぐべき点である。これは揺るぎない。けれどその外郭に、台本に対する理解度の高さや、登場人物に共感でき且つ舞台上で"その人物に成る"という技術、そういった音楽以外のことも求められる時代になったということです。

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さて、そう思ってあらためてオペラを見てみたとき。

いまのオペラ歌手教育があまり力を入れて育成していない能力のひとつが、「台本を読む能力」なのではないでしょうか。

オペラは劇作品である以上、そのテキストとして楽譜と同時に台本も必要とします。

この台本は大体において、戯曲や小説の形をとった原作を持っています。この原作を、オペラ上演用の台本に書き換えているのです。あるいは、まったくのオリジナルなストーリーをオペラ台本として執筆している場合もあります。

オペラ台本は、純粋なストレートの芝居のための戯曲とは、若干その書き方が違っています。

音楽が劇の進行の物理的な速さを規定するため、通常のストレート芝居のセリフのスピードより早く物事が進行することはありません。その性質によって、ひと作品の台本の分量を比べると、芝居のための戯曲よりもオペラ台本の方が圧倒的にその分量が少なくなります。

また、ストレートの芝居において舞台上で複数の登場人物がまったく別のセリフを同時に喋るというのは特殊な例ですが(平田オリザさんとか)、オペラの場合は重唱の場面で一般的に使われる手法です。なので、短い会話のなかに突如、複数人による独白がそれぞれ延々と続く、みたいなことが起きます。

台本の分量が少ないということは、そこに描かれている情報量も少ないということですから、演者が台本から情報を読み取るという作業は、芝居の戯曲から読み取る作業よりも、難易度が上がっています。また、連続する独白などは、これまた物語の進行を一旦止めてしまうことが多いため、「なんでいまそこで、これをいうのだ?」という疑問が浮かびやすい要因にもなり得ます。

オペラの台本はこのほかにもさまざまな問題点を抱えているようですが、その問題を認識した上で「ならばそれを前提に対応策を考えよう」とするのと、「オペラだからしょうがないよね、あはは」で終わらせてしまうのでは、天と地ほどの差があるように、僕には思えます。

そして、そういった問題を認識し、理解し、その上で自分がより"リアル"に演じるためには、音楽以外のさまざまな知識がなければいけないのではないかと思います。そこで必要になる知識のひとつが、「戯曲の構造について」の知識なのではないでしょうか。

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「戯曲の構造」という観点からオペラの台本を見たときに、

とっても重要になる要素がふたつあります。

それは、「メロドラマ」と「ロマン主義」という劇作構造です。メロドラマは別名「叙事詩劇」とも呼ばれます。

このふたつはそれぞれ、まったく違う世界観を持っています。
にもかかわらず名作と言われるオペラは、この「メロドラマ」と「ロマン主義」という異なる劇作構造の両方を持っていることが多いのです。

何故ならば、いま名作とされているオペラの多くが、メロドラマが隆盛を極めた時代のあとに生まれた、ロマン主義の影響下で作られた背景を持っているからです。

「メロドラマ」と「ロマン主義」の世界観の何が違うかというと、
その物語にもっとも強い影響を与える道徳観と構造がポイントとなってきます。

「メロドラマ形式」の場合は、人間は世界に影響を与えることができ、何かしらの変化を世界に生むことができるという価値観が根底に流れています。そしてその変化とはほとんどの場合、良い変化なのです。また、物語は場所や時間を超えた、さまざまな場面によって進んでいきます。登場人物も多くなる傾向があります。それらの場面はストーリーの関連性が明確な場合もあるし、まったく違うストーリーが同時並行的に進んでいく場合もあります。

「ロマン主義の形式」では、人間は世界に影響を与えることができません。仮に何かしらの変化があってもそれは人の力の及ばぬもの、運命や宿命、社会の変動によって与えられたものです。そしてその変化によって、事態は悪化していきます。そういった価値観が支配する世界の中で、登場人物たちは、自分の情熱に突き動かされ、愛を求めることこそもっとも重要であるという行動律に沿って生きていきます。たとえその結果、死を選ばざるを得なくなるとしても。愛ゆえに死ぬことは、ロマン主義の価値観のもとでは、もっとも賞賛されるべき行為なのです。

「メロドラマ」の元となった「叙事詩劇」は、古代ギリシャの文化や、そこからの強い影響を受けているローマ文化のなかでは、正統な評価を受けてこなかった演劇形式の流派に属します。しかしローマ帝国の滅亡後、中世と呼ばれる時代の西ヨーロッパにおいて、ギリシャやローマの影響を受けない文化土壌から、この「叙事詩劇」という形式は発展をしていきます。この「叙事詩劇」または「メロドラマ」の形式を大衆演劇の重要な構造として取り上げ、現代に残るまでの名作戯曲を次々に生み出したのは、イギリスのシェイクスピアです。

「ロマン主義」は、14世紀、15世紀のルネサンスから17世紀の古典主義に続く「理性の優位性」から脱却するための強い潮流だったようです。古典主義とは、ルネサンス期に見直された古代ギリシャやローマ帝国時代の文化や思想などの価値を再認識したことにより生まれた思想です。特に古代ギリシャの哲学者たちは理性を重んじていたということが当時のヨーロッパの学者や芸術家たちに多大なる影響を与えます。フランス古典主義の代表的な劇作家であるモリエールやラシーヌは、古代ギリシャ演劇の形式と思想を踏まえて、中世時代に市民権を得ていた「叙事詩劇」とはまったく違う形式の演劇を生み出しました。登場人物は少人数、場所はひとつ、ストーリーラインもひとつ、物語は1日という時間のなかで完結する。こう言った形式は、オペラの台本にも強い影響を与えています。ペルゴレージやモーツァルトなどのの喜劇作品にその傾向を見ることができます。18世紀の後半になると、この「理性の支配」から抜け出そうという流れが生まれてきます。この運動の口火を切ったのはゲーテであり、「自らの感情や心を優先することこそ美である」という新しい考え方は、文学や音楽の世界に、たちまちに広まっていきます。

中世、叙事詩劇の発展
     ↓
ルネサンス・古典主義による「理性の時代」
     ↓
ロマン主義の台頭
     ↓
ロマン主義的な影響を受けて叙事詩劇がメロドラマに発展

この劇作の歴史のうつりかわりが、オペラ台本やオペラの音楽的キャラクターにも、多大な影響を与えているのです。

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たとえば、どうしても抗えないような運命の元で、家柄も立場もまったく違う男女が恋に落ちるとします。そして、いまの僕たちの感覚ならば考えられないような美辞麗句で修辞されたセリフで愛の苦悩を独白してたりするとします。これを、現代的なリアリズムの感覚で解釈・表現をしようとすることは困難かもしれません。何故ならば、その物語はロマン主義の影響を多大に受けている可能性が高いからです。

たとえば、いまの僕たちにとってみたらどうにもくだらないことで登場人物たちが争い、ドタバタの末に最終場面でなんらかの人生訓のようなものを歌い上げ、大団円となるオペラがあったとします。これも、現代的なリアリズムの感覚で解釈・表現をしようとすることは困難かもしれません。何故ならば、その物語は19世紀のメロドラマ的な構造と主題を持っている可能性が高いからです。

もちろん、上にあげたふたつの劇構造以外にも、オペラの台本に影響を与えている劇作の方法はたくさんあります。もし興味が出たようでしたら、現代オペラまで含めた視野で、リアリズム、不条理劇、自然主義、神秘主義、シュールレアリズムといった劇作の傾向を勉強してみることもいいかもしれません。

ただ、オペラの勉強を始める導入として、まずは「メロドラマ」と「ロマン主義」というふたつの大きな影響を持った劇作法については、声楽科の学生は誰でも理解しておくと、自分がオペラを演じる際の手助けになるのではないかなと思います。

長々と書きましたが、僕は専門の研究者ではないため、もしかしたら間違って記述している部分もあるかもしれません。その際にはぜひご指摘をお願いいたします。


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