価値循環とビジネス・エコシステム

こういうテーマは論文として書くべきなんだけど、ワーキングペーパーがわりに。以下の内容については、堅苦しいですが、著作権を留保いたします。もちろん、引用や参照はご自由にどうぞ(笑)

最近、ビジネスのみならず、公共の領域においても価値共創ということに注目が集まっています。これは、ひとえに単一の活動主体(=Betrieb:経営 / 協働態)だけで価値創造が難しくなったからに他なりません。もちろん、実は昔から価値創造を単一のBetriebだけで実現することなどできません。なぜなら、価値は交換において成就するからです。ただ、そのような原理的な点のみならず、最終的な価値交換に到るまでのプロセスにおいて協働=価値共創が必要になっていることは確かです。もっと言えば、単純な取引的交換だけでなく、協働的交換が欠かせなくなってきたということでしょう。

このような事態を踏まえて、ビジネス・エコシステムという発想が重視されつつあるようです。この概念自体はそれほど新奇なものではありませんが、昨年であったか『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー』でも特集されていたくらいだから、実践的な関心が高まっていることは容易に推察できます。

さて、このビジネス・エコシステムという事象は(というより、ビジネスにかかわる事象は基本的にすべて)、本来、動的です。しかし、ややもすると、システムという言葉ゆえにであろうか、静的なものとして捉えられてしまいかねない危うさも持っているように思われます。

しかし、ビジネス・エコシステムなる事象は、時間的推移のなかで変容します。仮に、それが維持されるとしても、構成要素や関係性、その関係性の強さや方向性などは変容します。むしろ、動的に維持されるというべきでありましょう。

そもそも、バーナードが組織と協働体系を概念的に分けたのも、協働体系を構成する要素は入れ替わりゆくのに、関係態としては動的に維持されゆくという“組織”なる事象を捉えようとしたからに他なりません。

さて、ビジネス・エコシステムという事象を動的なものとして捉えるために、私は価値循環という概念を摂り入れたいと思うのです。これはニックリッシュによって盛んに主張された概念枠組です。

ニックリッシュは価値循環を内部価値循環と外部価値循環に分けました。簡単に言えば、前者がBetrieb内部での財(有形・無形を問わない)の転態を通じた価値の創造であり、後者はBetrieb間での財のやり取りとして現れる価値の交換です。ニックリッシュはもっとも素朴な価値循環として、欲望を抱くBetriebとそれを充たそうとするBetriebとのあいだでの価値循環を描き出したうえで、それらが複雑に絡み合う複合的な価値循環をも描出しているのです。

彼は、今で言うところのステイクホルダーどうしでの協働について、いくばくの理想像を抱きながら想定していたように思われます。しかし、それを理論的に説明しきれているかというと、残念ながらそこには到達していないのが現実です。

そりゃ、もう100年も前になろうかという議論です。そんなことを求めるほうが酷です。そこを難詰しても、実りはありません。

しかし、価値循環という補助線を引くことで、ビジネス・エコシステムをより現実に近い動的な姿で捉えることができるのではないか。そのビジネス・エコシステムを構成するBetriebたちが質的な変化をともないつつ循環を形成し続けるとき、そのエコシステムは動的に維持され、それぞれのBetriebも発展への可能性が高まる、という仮説を立てることができるのではないか。その際、外部価値循環としての価値交換を単なる取引的交換にとどめてしまうのではなく、協働的交換に拡張することで、よりこの仮説を験証できるのではないか。

そんなことを考えてます。
ちなみに、サービスデザインって、こういう考え方を実践に移していくためのフレームワーク(&ツール)ではないかなってのが、私の現時点での見立てです。

そして、今述べてきたことを可能にするのが、企業者職能(Unternehmertum / Unternehmersfunktion / entrepreneurship)であり、ビジネス・リーダーシップではないか、と。ちなみに、ニックリッシュはBetriebを構成するメンバー全員にそれを求めたのではないかという節があります。それが「他者、あるいは全体との関係を理解したうえで、自己という存在を捉え、行為する」という良知(Gewissen)をあらゆる人に求めたからです。ここに、彼の学説の規範性を見出すことができます。ただ、最近では、従業員一人ひとりにアントレプレナーシップを求めるようになってきています。その当否は別個に論じる必要がありますが、その点でもニックリッシュを読み返す意義はあるでしょう。

以上、取り留めもなく書きましたが、価値創造×価値交換としての価値循環という概念枠組によってビジネス・エコシステムを把捉・描出することで、よりよくその実態を摑むことができるのではないか、そう思います。

#研究雑記
#経営学史
#ニックリッシュ
#価値循環
#ビジネスエコシステム
#サービスデザイン

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?