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融合 サイコシンセシス

マズローやグロフたちがトランスパーソナル心理学を創設する半世紀以上前、彼らの考え方とほぼ同じ方向性を持って、こころの理論を体系化した精神科医がイタリアにいました。
ロベルト・アサジオリRoberto Assagioli(アサジョーリ1888-1974)です。
アサジオリは素晴らしい生き方をした人間たちとその心理を研究し、1910年の精神分析学会で「サイコシンセシス=統合心理学」という、精神の発達や可能性に関しての新しい学問体系を発表しました。

精神分析医からスタートし、フロイトやユングとも交流があったアサジオリは、無意識という人間の地下室だけを見るのではなく、「意識の全てのフロアをつなぐエレベーターを作って、テラスを解放し、日光浴や星空を眺められるように」したいと考え、フロイトの限定的な精神分析の世界から抜け出しました。
「地下室に何が眠っているのかを探ることも大切だけど、我々はただそれだけの存在ではない」とアサジオリは語ります。
サイコシンセシスはヒトという建物全体をその対象とし、グラウンドフロアのパーソナリティ(人格)の成長発達と2階3階にある上位意識、さらにテラスの外にあるトランスパーソナルセルフにも興味を注ぎます。

サイコシンセシスの考え方は、パーソナリティに加えてスピリチュアリティやハイヤーセルフを含めた、ホリスティックな人間観をベースにしています。
そして人間の内面の成長を「自己実現へのプロセス」であるとして捉え、自分自身に対する分析(アナリシス)と、意志を発揮して個別の自己を統合(シンセシス)することの繰り返しによって、真の自己へとダイナミックにアプローチしていく、動的な方向性を持つものであるとしています。
さらに個人のサイコシンセシスは、人類全体のサイコシンセシスを導くための第一歩であると位置づけます。
「科学やテクノロジーの発達が人類自身を滅ぼす原因になるのではないか?」という危機感を持つアサジオリが、それを回避するためには人間が本来持っている素晴らしいポテンシャルを解放させることが必要であると考え、真の自己に至るための探究法を理論化したものがサイコシンセシスです。

サイコシンセシスでは、人間のアイデンティティをサブパーソナリティ(仮の自己)、パーソナルセルフ(自己)、トランスパーソナルセルフ(真の自己)の三つのレベルで捉えます。
社会生活の中でヒトは、「〇〇である自分」や「△△である自分」という複数のサブパーソナリティを無意識的に使い分けて生きています。
この「内なる群衆」はそれぞれに別々の欲求や恐れ、希望を持っているため、そこには当然、葛藤があり、お互いへの引っ張り合いが繰り広げられます。
ヒトとの関わりの中で目立っているサブパーソナリティは、他のサブパーソナリティを覆い隠し、しばしばその人自身と同一に見られます。
特定のサブパーソナリティの意志を自分自身の意志であると勘違いし、本当にしたいことではないことをしなければならなくなって、自己が分裂してしまうことも、パーソナリティ社会では多々起こる出来事です。
現実社会で起きている問題のほとんどは、個人個人が「自分のアイデンティティをサブパーソナリティと同一化していることが原因」であるとアサジオリは言っています。

サイコシンセシスのプロセスは、パーソナル・サイコシンセシスから始まります。
まずサブパーソナリティの存在に気づき、それらに「完全主義者」や「無責任」「お調子者」などと名付けることで脱同一化します。
普通に生活していては気づかない無意識に光を当て、「自分について徹底的に知る」のです。
そしてサブパーソナリティ同士の不調和をなだめ、パーソナルセルフに同一化させ統合するという段階へと進みます。
パーソナルセルフが指揮をとって下位や中位のサブパーソナリティに対処することで、自律的でユニークな個人としてのアイデンティティを確立させていくのです。

個人としての自己実現を達成した後のプロセスが、トランスパーソナル・サイコシンセシスです。
このレベルでは、上位無意識や超意識(スーパーコンシャス)からのエネルギーや素材を統合していくことが目指されます。
トランスパーソナルな領域は、直観や芸術、科学、哲学などのインスピレーションの宝庫で、利他的・博愛的な愛、善なるものへの意志、英雄的行動への衝動、神秘的な啓示などの源泉です。
個人の思考を超えた大きな意識の中で、様々なインスピレーションが湧き出で、自己や他者、自然との「生命のつながり」を感じ、全体性の中で「やすらぎ」や「思いやり」、「愛」がもたらされる世界へと至るのです。

高次の無意識とトランスパーソナルセルフの開発に着目したアサジオリのサイコシンセシス理論は、心理学の歴史の中で長らく忘れられていましたが、ヒューマンポテンシャル運動(人間性回復運動)と連動して人間性心理学が生まれ、さらに個を超越した意識を対象とするトランスパーソナル心理学が登場すると、再注目されることになりました。
パーソナリティの成長・発達と、トランスパーソナルな成長・発達の両方を重視し、それらの統合を試みたサイコシンセシスは、人間性心理学やトランスパーソナル心理学の先駆けであったと今では目されています。
アサジオリは心理学の第一勢力である精神分析学からスタートし、第二勢力の行動主義的アプローチを取り入れながら、第三勢力第四勢力の人間性心理学、トランスパーソナル心理学まで、草創期から現代に至るまでの心理学の発展をたった一人で辿り、開発実践してのけた天才心理学者だったといえるでしょう。

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