見出し画像

読書録:精霊の王

中沢新一『精霊の王』(講談社学術文庫)
入浴中に読んでいた本。何度か書いている、投薬のせいで過鎮静状態になっていた頃は入浴もやっとで、シャワーのみで済ますことも多くなかなか進まなかった。
本書は能楽者・金春禅竹が残した『明宿集』という書物を軸に、謎の神「宿神=シャグジ」の正体を考察する。縄文時代に遡るとされる諏訪のミシャグチ信仰、芸能者が祀る謎の神「守宮神」、密教寺院の本堂裏「後戸」にひっそりと祀られる摩多羅神、これらはすべて翁に集約される。
金春禅竹は『明宿集』の中で翁について説き、独特の宇宙観を展開する。それは非常に深遠で、一種のめまいを引き起こす。翁とは能の演目で最も重要視されるものだが、これは翁が能の一キャラクターではなく神そのものであることによる。禅竹によると翁とは神であり、万物の根源であり、宇宙の真理である。そう、翁=宿神は世界の王たる神なのだ。したがって一面を見るだけでは捉えきれない。となれば、必然的に翁=宿神を巡る謎解きは壮大なものとなる。時代を超え、地域を超えて明らかにされる翁=宿神の正体。それを巡る謎解きは非常な酩酊感を与えてくる。
できることなら勢いに任せて読みたかった。間に半年近い空白ができてしまったので、内容がうろ覚えのところがあったりして、うまく語れないのがもどかしい。
本書の巻末には、付録として『明宿集』の現代語訳が収録されている。文庫本で35ページ程度と非常に短い(実際はもっと長いが、後段は他の書物の引用なので割愛されている)。章割などがないためやや読みにくいが、この短いテキストの中に翁=宿神の本質が凝縮されている。ここには非常に深遠な宇宙観が展開されており、禅竹が当時稀に見る偉大な哲学者であったことが垣間見える。
本書によって、長らく謎とされていた宿神=シャグジの正体がようやく明らかにされた。後戸に日の目を見ることなくひっそりと祀られ続けたこの神は、実は宇宙の根元を司る偉大な神だったのだ。能における翁とは、この神を舞台上で具現化させたものなのである。
入浴中という短い時間で読んでいたため、なかなか進まなかったが、非常に濃密な読書体験であった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?