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佐々木チワワ『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』扶桑社新書

「ぴえん」という言葉は、幼い子どもや若い女性が泣くときの表現としてアニメやマンガに使われた「ぴえええ」と「ぴえーーーーん」が始まりとされるが、諸説ある。今にも泣きだそうな表情をしているスマホの絵文字「Pleading Face」(嘆願する顔)が使用され、若者に親しまれていく。

歌舞伎町のゴジラビルの横の広場には、「ぴえん」系と呼ばれる少年少女が集まっている。ホストやアイドルといった存在を「推す」層にフォーカスし、そのカルチャーと価値観を社会学的アプローチで記述したものが本書である。そこには「ぴえん」という言葉を基軸に据えている。2021年12月までの丸6年間の記録でもある。

「ぴえん」はファッション用語としても浸透した。2014年~2015年辺りから「病み系」が加わった。”かわいいと病み”という相対立するふたつの要素をミックスしたスタイルだ。精神の病み(闇)を表わすためにメイクは基本青白く、目元にクマをつくる。服装は沈んだ色を中心にコーティネートする。

病み系ファッションの派生として、ぴえん系として内包されるスタイルが「量産系」と「地雷系」だ。「量産系」はファッション誌で紹介された服を着るのに対し、「地雷系」は病み系の要素をより濃くしている。

単純にMCMリュック(MCM社製のリュックで歌舞伎町のランドセルと呼ばれる。)にフリフリした服を着ているだけでは「量産系だね」と表現されるが、そこに女の子がストロング缶にストローを挿し、「推ししか勝たん!」などと言いながら地面に座り込んでいると「ぴえんだね」と呼ばれる。

ぴえん系ファッションで救われている女の子だちがいる。同じような服で街を歩くのが楽しい。似たような服の子とか髪型の子がいると、仲間がいるみたいで嬉しくなる。一体感があり、浮いているかなと心配しなくてもいいから居心地がいい。

一部のぴえん系の女子のなかには、メンヘラと呼ばれる人々の要素がある。OD(市販薬の過剰摂取)、リストカット、大量の煙草や酒といった嗜好品の消費、性的消費でさえカリチュアライズ(パロディ化)される。病んでいるわけではなくても病んでいる様子を演出することで、副次的に何かを得ているケースが多い。

2021年春以降、トー横(TOHOビルの東側路地)の知名度が全国区に拡大するととともに、未成年誘拐、管理売春などの事件が続発し社会問題化する。警備員の巡回、警察の補導があり、2021年夏には、トー横から、歌舞伎町シネシティ広場に移動する。

推しを広めたい人や誇示的消費を見せたい人がいるが、推しに大金を使う自分が好きな人も存在する。特にぴえん世代のなかには何かを投げ売り、身を犠牲にしてまで推すことが「エモい」とする文化がある。界隈ではエモいほど偉いというのが共通認識である。

ホストクラブを筆頭に、ボーイズバー、飲み/飲ませ放題のミックスバー、女性用風俗、レンタル彼氏、ヒモやママ活男子も含まれるかもしれない。推される側も、金銭を得るためには相応の武器が要る。外見、内面の面白さだけでなく、SNSの運用が欠かせない。営業時間中は接客し、店の外でも客や従業員と交流して、更にSNSの作業があるためオンとオフがなく常時労働を強いられる。

令和のホストのSNS戦略は一方的に情報を拡散しているだけでなく、興味を持ってくれた女性とは積極的に連絡を取り、ホスト側から客側の生活に入り込んでいく。色恋営業をされることで、ホストクラブに足を運ぶようになる女性も多い。ホストにハマるとホストクラブを中心に世界が回り、そこが居場所に思えてくる。ホストの発する言葉を営業として割り切ってたまに行くのではなく、その虚構を維持するために不要な人間関係を断ち切っていく。

ホストクラブには誇示消費をしたくなる仕掛けがたくさん存在する。毎日一番売り上げたホストが、一番金を使った女性の横でカラオケを歌う「ラストソング」がある。また、シャンパンコールも値段によって音楽やキャスト数など豪華さが加わる。ホストクラブが接客を楽しむ場ではなく、推しの記録を上げ、歌舞伎町の記録を塗り替えるゲームとなっている一面がかなり強い。

「若いうちに女を使って、整形してかわいくなって、ハイブランドを持ったら勝ち組っしょ!」という風潮がもてはやされる。パパ活という、一緒に食事するだけで数十万円がもらえるらしいという勘違いが生れる。援助交際の始まりになりかねない。

SNSのターゲッティング広告も問題がある。また、夜の仕事のスカウトから、インフルエンサーに謝礼が入る。ネットスカウトが「プレゼント企画」を拡散する。その結果、「高校を卒業したらたくさん稼げる!風俗をやって推しに貢ぐ!」と安直な考えに走る。

SNSによって作られた外見至上主義は、男性への影響が大きい。「美しさ」に焦点があてられ、メイクを当然とばかり行う。恵まれた容姿の「身体資本」があれば利益を生み、人生がうまくいくという信仰が生れている。男女とも他者からのまなざしにとらわれ、金という数字に自分自身の価値を委ねがちとなる。

本書は『週刊SPA!』の連載が書籍化されたものある。筆者は、「Z世代」とカテゴライズされるが、多様であることを主張する。自己肯定感や自分の価値を数字に依存し、自意識が煩雑となっている若者である「ぴえん世代」を対象に、自らの体験も重ね合わせてルポルタージュしている。

巻末には、マンガ家の真鍋昌平氏との対談が掲載されている。普段、見聞きすることもない世界について知ることで、現代の若者の一面を理解することができるかもしれない。



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