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後藤直義、フィル・ウィックハム『ベンチャー・キャピタリスト 世界を動かす最強の「キングメーカー」たち』NewsPicks

ベンチャー・キャピタリストという言葉は聞くものの、そんな人たちとは縁遠いことから、その実態はよく知らない。ベンチャー企業へ投資しており人たちで間違いはないとは思う。本当にどんな人たちか実際に世界のベンチャー・キャピタリストなのか、会って確かめて著したのが本書である。

星の数ほどあるスタートアップから、ゲームチェンジャーとなりうる特別な会社を見つけてくる。そして世界を上書きするための資本を注いで、急激な成長に導くさまは、まさにキングメーカーと言う名にふさわしい。しかし、その泥臭いプロセスは分厚いベールに包まれている。

ベンチャーキャピタル産業の65%近くが失敗に終わる。10年間というスタートアップ投資の運用期間を終えて、その資金を目標どおり2~3倍に増やせるファンドは限られている。実はトップ1%が、この業界の利益の多くを独占している。

ソフトバンクの孫正義よれば、世界はいつも「発明家(起業家)」と「資本家(投資家)」の2つによって進化してきたという。世界の時価総額トップ10社のうち7社はベンチャーキャピタルが投資した企業である。グーグルやアップルがそうである。

しかも、産業のエンジン役となった企業価値が1000億円以上のユニコーン企業は、2021年959社に達しており、すでに半数以上がアメリカ以外の国から生れている。しかし、世界第3位の経済大国日本は、この仕組みを上手に利用できていない。

モデルナという企業は、ベンチャーキャピタルが科学者、経営者、お金の3つの要素をシステマティックに集めて合成した会社である。10年以上にわたって社内で仮想検証してきたテクノロジーであり、スタートアップ工場から生れた会社の一つに過ぎない。

ベンチャーキャピタルは単なるマネーゲームをやっているわけではなく、イノベーションを加速させるための熾烈な付加価値競争をやっている。トップの投資家たちは、自分自身もかつてスタートアップ起業で成功した経験や、ビジネスの修羅場をくぐり抜けた実務経験を持っているベテラン達が圧倒的に多い。

スタートアップ投資には、直感やイスピレーションなど、いわゆる「目利き」ではなく、無数のスタートアップのデューデリジェンス(事業調査)を行っている。また、テクノロジー業界のネットワークは当然ながら、さまざまなデータを集めて、急成長するスタートアップの兆候を見つけることが行われている。

新しいアプリのトラフィックデータや、経営幹部の転職データ、入居する不動産データ、プレリリースの内容まで自動化したプログラムによって収集したり、また、膨大な経営データを読みこんでコンサルティングのようなサービスを提供し、有望な投資先を探す投資会社もある。公になっている情報が極めて少ない世界であるからこそ、より多くのリサーチやデータなどを求める。

スタートアップ投資を行うベンチャーキャピタルは、ギャンブルではない。まずは金融サービス業でありながら、実は究極の情報産業であり、圧倒的な寡占構造を持っている。アメリカだけで8000社を超えるベンチャーキャピタルの中で、トップ1%が勝ち組としてのキングメーカーの座に君臨している。

投資金を10年間で3倍以上に増やしてくれること期待して、お金の出し手はお金を預ける。ベンチャーキャピタルは10倍から100倍を超える「ダイヤの原石」を見つけることができるかで成否のすべてを決める。お金の出し手と、リスクの仲介者(ベンチャーキャピタル)と、起業家の3者のインセンティブが歯車として噛み合うと、未来のビジネスを生み出すエンジンとなる。

毎年4000~6000社の調査・理解済みの投資先候補者から、600社ほどとミーティングをし、そのうち50社に出資条件を提示し、さらにそのうち20社の事業調査を行って、ようやく1年で10社ほどの投資先を決定する。

一流のベンチャーキャピタリストは、多くのの富を得るうえ、仕事のステータスが極めて高い。高度なスキルや専門性が求められる。また、使い切れないほどの報酬を得ても、起業家に寄り添い、新しい産業を創るために骨身を惜しまない人物も多い。

みずから投資家の仕事をしないが、ベンチャーキャピタルにお金を預けて資産を増やしたいと思う人もいると思われるが、残念なことにベンチャーキャピタル全体の投資リターンはあまり高くない。上場企業の株式投資にも勝てない。再現性を持って高い利益を続けることができるのは、限られた数のベンチャーキャピタルだけである。

ベンチャーキャピタルに必ず聞くべき5つの質問が本書に載っている。     1 実績ある過去の投資先はどこか                         2 最も信頼関係のある起業家たちは誰か                               3 運用してきたファンドの実績はどうか               4 なぜ有名スターとアップに投資できたのか                   5 フェアなルールで運用されているか

本書の3章から6章までは、30社38人のベンチャーキャピタリストたちのインタビューをまとめたものである。世界的には有名でも、日本では知られていない人がほとんどである。

勝者は決してしゃべらないという中で、インタビューに成功した著者たちに敬意を表する。貴重な内容である。ナスダックに上場するコインベースと三菱UFJ銀行との橋渡しに全力を挙げていたSozo Venturesの共同創業者中村幸一郎との出会いが本書のきっかけのようである。

本書を読むことで、新しい未来を創る現場には、アイデアを持った起業家と、そこに投資できる腕利き投資家がセットでいるということが理解できた。また、日本のスタートアップが自由に使える豊富な資金を調達できるベンチャーキャピタルの必要性も感じた。

上座にいるのはスタートアップであり、下座からプレゼンテーションをして売り込むのがベンチャーキャピタルであるという世界の常識も忘れてはならないと思う。


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