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田舎者

 山奥の村で生まれ育った私は、貝といえばタニシしか見たことがなかった。それを、中学の理科で習ったはずだが、別世界のことなのでスルーしていたのだろう。
 高校入試でハマグリの各部の名称や働きなどをたずねる問題が出され、頭の中が真っ白になってしまった。

 ☆川は眼下にあるもの
 社会科でも、腑に落ちないことがあった。
「天井川」、つまり、川底が周辺より高くなった川のことである。
「そんな川があるはずがない。この教科書が間違っているのだ」
 ずっと、自分に言い聞かせていた。
 なにしろ、最寄りの観光スポットは、あの小便小僧の像である。
 断崖絶壁に立ち、子供が小便をしている。川は、はるか200メートルも下に見える。
 子供たちが昔、肝試しにここで小便をした、という言い伝えがあるが、後世では何とでも言える。

 ☆海は広いな
 香川県にある満濃池は日本最大のため池として知られる。雨の少ない瀬戸内気候の香川県に、貴重な水を供給してきた。
 この満濃池をめぐり、本当とも嘘ともつかない話がある。
 小便小僧よりさらに奥地、秘境中の秘境から、親子が香川に旅行した。
 満濃池を見た息子が言った。
「父ちゃん、これが海か?」
 父親は息子の無知をたしなめた。
「恥ずかしいこと言うたらいかん。海はこれの倍くらいある」

 事の真偽を、秘境の住民に確かめたことがある。
 その方は笑いながら、
「修学旅行で瀬戸内海を見た時、広い川だなと思いました」
 と言っていた。
 親子の話は何倍もは誇張されていない、と感じた。

 ☆現地時間
 私の通っていた学校のあたりは、映画館もあれば郵便局、農協もあった。秘境の人たちにとっては、小都会に見えたらしい。ともあれ、秘境にも小都会にも、長くゆったりとした時間が流れていた。
 都市化・過疎化の波は、急速に社会を呑み込んでいく。その流れに抗いながら、その地特有のテンポで時は刻まれていてほしい。ハマグリ、天井川、海を見せ、過疎地の子供たちが今、どう反応するか、観察してみたい。
         (写真は小便小僧 23年5月、実兄撮影)


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